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その2 スープカレー

 家に帰った俺はティルシアからダンジョン協会で出会った男達の話を聞くことにした。


「リーダー格の男の名前はヘールツ。ハルトのお察しの通り元軍人だ。」


 ダンジョン協会で俺達の金をプレスして使えなくした階位(レベル)5の男、ヘールツはやはり軍人崩れだったらしい。

 階位(レベル)というのは普通に生活していても20歳前には階位(レベル)2には上がる。

 だが、2から3、3から4と階位(レベル)が上がるに従い、どんどんと階位(レベル)は上がり辛くなる。


 この世界では知られていないことだが、モンスターはダンジョン内のマナが凝縮して発生する魔法生物だ。

 モンスターを倒すとそのモンスターを構成していたマナが倒した人間に吸収される。

 ゲーム的に言えば経験値が入るわけだ。

 強いモンスターの方がより高密度なマナで出来ている。つまり倒せば手に入る経験値も高い。

 マナの吸収率は非常に低いため、戦いに参加していただけでは経験値はほとんど手に入らない。

 ゲームと違って寄生プレーでレベリングすることはできないのだ。

 俺のスキル・ローグダンジョンはおそらくこのマナの吸収率が異常に高いのだと思われる。

 みんなが経験値10しか入らないところを100とか1,000とか入れば、当然階位(レベル)が上がるのも早いわけだ。


 話がそれてしまったが、要はダンジョンでモンスターと戦わない限り階位(レベル)5なんて高階位(レベル)にはならないと言うことだ。

 そしてダンジョンで戦う職業といえば軍人だ。

 奴らは定期的にダンジョンのモンスターと戦って階位(レベル)上げをしているからだ。


 ちなみに俺達ダンジョン夫は実はそれほどモンスターとは戦わない。

 階位(レベル)が低いと下の階層まで下りられないからある程度の階位(レベル)に上がるまではやむを得ず戦う。

 だがそれでもせいぜい階位(レベル)4、人によっては階位(レベル)3でも満足して階位(レベル)上げを止めてしまう。

 階位(レベル)3でも何人かでチームを組めば中層までは下りられるからだ。

 むしろチームに一人だけ階位(レベル)の高い人間が入るより、階位(レベル)の低い人間数名のチームの方が安全だし安定する傾向にある。

 少し違うが、例えばスポーツでもエース以外はザコのチームより、飛び抜けたエースはいないがそこそこの選手が揃っているチームの方が安定した成績が出せるだろう。

 エース頼りのチームは、もしエースが何らかの理由で実力を出せなかった場合にどうしようもなくなるからだ。

 いくらダンジョンに慣れたダンジョン夫でも当然何らかのミスはする。

 周りにそれをフォローできる人数がいるかいないかでは天地の差なのだ。


 もちろん頭数が増えれば一人当たりの取り分は減るし配当で揉めることもある。

 そういうのが煩わしい人間は少人数で仕事を受けるがそういう者は少数派だ。

 数は力なのだ。



 では階位(レベル)を上げれば上げるほど下の階に下りて稼げるのに、なぜ彼らはそうしないのだろうか?

 それは自分達に当てはめてみれば理解してもらえるかもしれない。

 勉強すれば良い学校に入って良い就職先を選べる。つまり稼げるわけだ。だがどれだけの人間がそう考えて勉強しただろうか?

 おそらく大抵の人間はそこそこ勉強してそこそこ良い学校に入れば良い、そう思ってそこそこの勉強しかしなかったんじゃないだろうか。・・・俺も日本にいたときはそうだった。

 ダンジョン夫だって同じだ。今でもそこそこ稼いでいるんだから、いつ上がるかも分からない階位(レベル)のためにキツイ戦闘を繰り返すのはイヤなのだ。

 

 だが軍人は別だ。彼らはいざという時に備えて鍛えておかないといけない。

 というかそれで給料を貰っているみたいなものだ。いざという時なんてそうそう無いんだからな。


 ヘールツは粗暴で野卑な男だがある意味軍人としては優秀だった。しかし彼には私生活に問題があった。

 ヤツはギャンブル依存症だったのである。

 そこからは説明するまでもない。借金をかたに取られて今では商会の用心棒である。


「用心棒とは名ばかりで、実際は汚れ仕事専門のゴロツキだな。」


 ティルシアの言葉に容赦はない。とはいうものの聞けば最もな話だ。



 ヘールツは商会に雇われると”後ろめたい仕事”を任された。

 商売相手の店に嫌がらせをする仕事だ。

 酷い時には相手の妻子に手を出したり店に火を点けたりもしていたそうだ。

 当然代官が商会に調べに行くが、その時にはヘールツはすでに素行不良でとっくに首になっている。

 商会はすでに首にした男のことは知らないと言うのである。

 ・・・というふうに代官と口裏を合わせて、実際は他の町の同系列、あるいは傘下の別の商会に移るのである。

 そしてそこでも同じような仕事を繰り返す。もちろん最後はひと仕事してまた別の町に。

 こうやって点々と渡り歩いたヘールツが今回やってきたのがこのスタウヴェンの町、デ・ベール商会だったというわけである。


「おそらく狙いはマルティン様のボスマン商会だろうな。」

「マルティンはまだ王都にいるだろう?」

「ボスマン商会が動き出してからヘールツを呼んでもマルティン様に対策されてしまうからじゃないか?」


 ボスマン商会はやはり王都で似たような輩をさんざん相手にしてきていると言う。

 そう考えるとティルシアの言うことは最もな気がするし、どこかピントがズレている気もする。


「どっちにしろヘールツを雇っているのはデ・ベール商会だ。ならいずれはボスマン商会を狙ってくるだろう。」


 俺は何か見落としているようなもやもやとした感覚にとらわれた。

 だがこの小さな暴君は俺に考え事をする時間を与えてくれなかった。


「もう話はこの辺でいいだろう。そろそろメシの支度を始めないと日が暮れてしまうぞ。」




 今日の食事は俺が作ることにしていた。

 あの時はどこかの店に食べに入るような空気じゃなかったからだ。

 というか、こっちを見ながらニヤニヤしているティルシアと二人で料理を待つ羽目になるのはゴメンだったのだ。

 だったら家に帰って料理をしていた方がまだマシだ。あの時俺はそう思ったのだ。


「なんだハルトは料理が出来るのか。」


 ちなみに俺の提案にティルシアは意外そうな顔をした。

 そういえばコイツの前では料理をしたことが無かったか。

 正直言ってこの世界のメシは不味い。

 食材も不味ければ料理もイマイチだ。

 だが考えてみれば俺達の世界のように冷蔵庫もなければ電子レンジもガスコンロも無いのだ。

 食材に気を使うという概念が未だに未熟なのも仕方がない事だろう。


 ちなみにガスコンロに関しては似たような魔道具があるにはあるが、これは結構な量の魔石を使うのであまり実用的ではない。

 魔石自体はダンジョンの上層から取れるのだが、薪を使えば済むところをわざわざ魔石を使う者はいないのだ。

 魔道具とはダンジョンで見つかるアーティファクトだ。魔石を動力として使って動く。

 要は魔石は地球で言うところの電池にあたるものなのだ。

 灯りの魔道具など簡単なモノは人間の手で再現されているが、魔道具は基本、ダンジョン産の一品モノだ。

 町で使われる魔道具が少なければ当然魔石の流通量も少なくなる。

 そして魔石の流通量が少なければ、魔石をドカ食いするような魔道具はどんなに便利でも誰も使わなくなる。


 魔石の安定供給ができれば生活に革命が起きるだろうが・・・。


 そういった事はボスマン商会のマルティンあたりに頑張ってもらう他ないだろう。



 俺はそんなことを考えながら保存食の塩抜きを始めた。

 保存食を食材に使うのを見てティルシアがイヤな顔をしている。


 まあ気持ちは分かる。メシマズのこの世界でも保存食は屈指の酷い味だからな。

 保存することに全振りしたかのような潔い不味さだ。

 だが食材を買わずに帰った以上仕方がない。

 少しでも食べられるものを作るように努力するしかないだろう。


 幸いなことに上層で香辛料が採れるためスパイスはふんだんに使える。

 俺が孤児院時代に開発してガキ共に好評を博したスープカレーもどきでも作ってやるか。

 カレーは正義だ。大抵の食材をカレー味に包み込んでしまうからな。


 食材の下ごしらえを済ませると俺はスパイスを調合した。

 あの時は十人前以上作っていたからな。二人前を美味く作れるだろうか?


 ・・・まあいいか、十人前作ってしまえば。


 ティルシアは結構食うし、明日の分も作ったと考えれば丁度良いくらいだろう。

 俺が追加で食材の下ごしらえを始めるとティルシアが眼を剥いて驚いた。

 

 心配なのは分かるがソワソワと歩き回るウサ耳がチラチラと視界に入って非常にうっとおしい。

 だが俺は、ティルシアの料理の腕前が壊滅的だということを知っているので手は出させない。

 いずれは手伝ってもらうこともあるだろうがそれは今後、時間に余裕がある時にしたい。



 結論から言うとスープカレーもどきはティルシアに大好評だった。

 ティルシアはまるで飢えた獣のように口の周りを汚しながら一心不乱にスープをかき込んでいた。

 個人的には孤児院時代の方が美味しく作れていた気がする。

 まあ今日は食材として使ったのが保存食だし仕方がないか。

 そのことをティルシアに言うと驚きのあまり手にしたスプーンを床に落としていた。

 それほどの衝撃か?

 というかコイツはどれだけスープカレーを気に入ったんだ。

 結局、大鍋に作ったスープの半分以上が無くなっていた。

 おそらく明日の朝食で綺麗に片付くだろう。

 食いすぎなんだよこのウサギ女。


 ちなみに腹をパンパンにして寝転がってうんうん唸っているティルシアはこの日のうちに復活することは無かった。

 俺はリビングにティルシアを残したまま自室に戻って寝た。



 翌日。朝からスープカレーもどきは俺には少し重かったが、相変らずティルシアは猛烈な勢いでかき込んでいた。

 ちなみに俺は小麦粉を練ったすいとんもどきでスープにかさ増しをしていた。

 せっかく大量に作ったのに飢えた野獣に二回で食いつくされるのが惜しくなったのだ。

 だが、俺はティルシアを甘く見ていたようだ。


 ・・・よもや全部食べきるとは。


 ティルシアは陸に上がったトドのように寝転がっている。

 ふうふうと苦しそうに喘いでいるが、お前昨日の夜も同じことになっていたよな?

 全く学習しないヤツである。



「お前食い過ぎなんだよ。今日は朝からダンジョンに仕事に行くことにしていただろうが。」


 昼になって、ようやくいつもの調子を取り戻したティルシアに俺は文句を言った。


「ハルトがあんな美味い料理を作るのが悪いのだ!」


 だがティルシアに逆切れで返されてしまった。


 あまりの理不尽さに唖然とする俺。俺は文句を言いたい気持ちをグッと堪えた。

 そんなことをしても話が進まないし、階位(レベル)1の俺ではどうやってもティルシアにかなわない。

 俺は日本では一人っ子だったが、姉を持つ弟の気持ちはこんな感じなのかもしれない。

 まあ俺の方がティルシアより年上なんだが。


「・・・もういい、せめてダンジョン協会には行くぞ。昨日あれからどうなったか気になるし、お前は三日も協会に顔を出してないんだからな。」


 別にダンジョン協会には「毎日顔を出さなければいけない」、というルールがあるわけではない。

 だが少しでも良い仕事を回してもらうためにはまめに顔を見せておいた方が良いのだ。


「分かった。顔を洗ってくる。」


 まだ顔も洗ってなかったのか。

 俺は顔も洗わずに朝食を食べて寝転がっていたティルシアのズボラさに呆れ果てた。


「俺はしばらく食事を作らないことに決めた。」


 俺の宣言にティルシアは絶望の表情を浮かべてこちらに振り返るのだった。

次回「カウンターの男の依頼」

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もしもこの小説が気に入って貰えたなら、私の書いた他の小説もいかがでしょうか?

 

 『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』

 『私はメス豚に転生しました』

― 新着の感想 ―
[一言] 上層で香辛料が採取できるなら保存食の味を向上させるハードルはそれほど高く無いかも知れませんね、物によるんでしょうけどコショウなんかは産地の関係で近代になるまで金と同程度の価値でしたし
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