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プロローグ フロリーナ

 俺達がダンジョンでその女ーーフロリーナに出会ったのは偶然だ。


 美人というよりは、親戚のお姉さん、といった感じの人当たりの良い雰囲気。年齢は俺より少し上。

 赤毛のストレートの髪を肩の上で切り揃えたワンレングス。元の世界だとOLによくいそうな髪形だが、フォスでは髪を短く切る女は珍しい。

 フォスというのはこの世界の名前だ。

 そう、俺、青木晴斗は10年前、日本からこのゲームのような異世界フォスに迷い込んだ転移者なのだ。




 その日俺は、最近仲間になったティルシアにダンジョンを案内していた。


 ティルシアはウサギ獣人の女だ。

 以前ちょっとした事件に関わった時に知り合い、色々とあって今は同じダンジョン夫として行動を共にしている。


 ちなみに彼女は、見た目は中学生くらいの少女にしか見えないが実は19歳だ。年齢詐称も甚だしい。

 一度、彼女の雇い主である若手商人マルティンについて王都に帰っていたティルシアだが、つい先日再びこの町に戻って来たのだ。

 ティルシアは戻ってくるやいなやダンジョン協会に登録、現在は俺とチームを組んでいる。

 ちなみに、血の気の多いダンジョン夫(クズ)共が無謀にも彼女に絡んだが、案の定その全員が彼女の暴力の前に返り討ちにされた。

 今では彼女はダンジョン夫達に一目置かれている、というより小さな暴君として腫れ物に触るような扱いを受けている。


 そんなティルシアにダンジョン夫の仕事を教えるため、俺達は中層へ採取に行っていたのだ。

 ダンジョンは多種多様なモンスターのはびこる危険な場所だ。

 それに俺達ダンジョン夫の間には、同業者とのトラブルを避けるための多種多様なルールや慣習が存在している。

 いくらティルシアが馬鹿みたいに強いといっても腕力だけでやっていけるような仕事ではないのだ。




 俺達はちょっとした採取とモンスターとの戦闘を済ませ(モンスターとの戦闘はティルシアが熱望したためやむを得ず行った)、町に帰るために上層に上がってきたところだった。


「マズイな。」

「どうした? ハルト。」


 ティルシアが頭から生えたウサ耳を揺らしながら俺に尋ねる。

 ちなみにこの耳は副耳(ふくじ)を呼ばれる、まあ何と言うか獣人の特徴のようなものだ。

 ”副”耳と言われているが彼女の頭にはこのウサ耳しか付いていない。”主”耳があるわけではないのだ。

 要は副耳(ふくじ)とは獣人を差別する者が言い出したある種の差別用語なのだ。


「外の人間がダンジョンに入っているようだ。」

「なんだと?!」


 ダンジョンは原則としては誰が入っても良い。

 だが、実際はダンジョン協会に所属している者以外が入ればトラブルは必至だ。

 利権が絡む以上、何も不思議なことじゃない。

 日本でも海は誰の物でもないが、大型漁船であちこちで勝手にトローリングをしていれば漁師に文句を言われるだろう。

 ダンジョン協会は領主に高い税金を納めているんだ。特権を認められていても当たり前だろう。



 俺達がたどり着いた場所にいたのは一人の女だった。


「ハルト・・・あの女は何をしているんだ?」

「・・・・さあ?」


 女はグルグルと回りながらダンジョンの中を歩いている。

 このダンジョンはゲームで言えば洞窟タイプのダンジョンだ。

 周囲の壁が薄っすらと光っているため、中を歩くのに松明やランプは必要としない。

 女は一見ふらふらと危うげな様子だが、ダンジョンのでこぼこした地面に足を取られず器用に歩いている。


「よくあれで目を回さずにいられるものだな。」


 ティルシアはしきりに感心している様子だ。


「あの動きをハルトのトレーニングに取り入れられないだろうか?」


 なっ?! お前、そんな事を考えていたのか?!


 俺の背筋に戦慄が走った。


 ティルシアは再会して以来、折に触れて俺にトレーニングという名のシゴキを強制してくるようになった。

 ゲームのようなこの異世界フォスには、これもゲームのような階位(レベル)というものが存在する。

 ティルシアは階位(レベル)5だ。

 階位(レベル)1の俺からすれば階位(レベル)5の彼女はフィジカルモンスターだ。

 どうやっても彼女からは逃げられない。

 仕方なく俺は死んだ方がマシと思うようなシゴキに耐え続けているのである。


 俺達の話し声が聞こえたのだろうか。

 女が謎のダンスを止めてこちらに振り向いた。


 大きく見開かれる女の目。


 ? この町では見た事のない女だ。

 もちろん町の人間を全員知っているわけではないが、女の容姿と佇まいには洗練された空気を感じさせる何かがあった。

 ぶっちゃけこのスタウヴェンの町はダンジョンくらいしか特徴の無い田舎町だ。

 住んでいる女もみんな田舎娘に毛が生えた程度だ。

 もっともそれは日本人的な感覚で、こんな町でもこの辺りでは一番大きな町らしいんだが。



 俺はその時何とも言えない違和感を覚えた。

 だがその違和感は、どこからともなく聞こえてきた男達の声のせいで形にならなかった。


「フロリーナ! フロリーナ、どこだ!」


 男達の声に女がハッとした表情でキョロキョロと辺りを見渡した。

 どうやらこの女ーーフロリーナを捜している声のようだ。

 フロリーナは一度だけ俺達の方を見ると何か言いかけたが、結局何も言わずにこの場から走り去った。


「で? あの女は何だったんだ?」


 フロリーナの姿が通路の先に消えるとティルシアはコテンと首を傾げた。

 ・・・お前、いくらなんでもその仕草はその容姿に似合いすぎだろう。

 俺はティルシアの言葉に肩をすくめた。


「さあ。連れの男達がいたみたいだから、多分そいつらと一緒にダンジョンに入って来たんじゃないか?」

「ふうん。そういうことはよくあるのか?」

「・・・無いな。少なくとも俺は知らない。ほかのダンジョン夫達(ヤツら)の中には知っているヤツもいるかもしれないが・・・」


 だが俺は他のダンジョン夫に親しい知り合いはいない。

 そのことを知っているティルシアはこれ以上この話を続けることは無かった。

 そもそも何となく聞いただけで最初からそれほど興味は無かったのかもしれない。

 なにせ今日、彼女は初めてダンジョン夫として中層に下りたのだ。

 そんなことはいいから早く家に帰って休みたい、そう思っても仕方がないだろう。




 俺達はダンジョンを出て地上に戻ると、ダンジョン協会への報告は明日にすることにして家に帰った。

 仕事としては随分いい加減に聞こえるだろうが、この世界の人間は日本人ほど几帳面ではないのだ。

 今日出来る仕事を明日に回すなんてことは平気でする。

 ましてやダンジョン夫などならず者の一歩手前のようなヤツらしかいない。

 まともな報告すらロクに出来ないような無教養な人間の集まりなのだ。

 その中にあって、俺はかなり真面目な方だと思う。


 ティルシアは道すがら今日戦ったダンジョンのモンスターがどうとか、晩飯はどうするだとか、俺に話しかけてくる。

 俺はその言葉に適当に相槌を打ちながらも、さっき感じた違和感が心のどこかにずっと引っかかっていた。



 俺の頭の中にこびりついて離れない違和感が形になったのは丁度晩飯を食っている最中だった。

 ちなみに今日の料理はティルシアの当番だった。

 今後彼女は絶対に厨房に立たせないと俺は固く心に誓った。


 ・・・いや、今はそれはいいんだ。

 ふとした拍子に俺は今日ダンジョンで見た女の目を思い出したのだ。

 あの女の目。俺はあの目を見たことがある。


 そうだ! マルティンの目だ!


 マルティンはボスマン商会という新進気鋭の大手商会の後継ぎだ。

 ぶっ壊れチートスキル「鑑定」の持ち主でもある。

 そのマルティンが巻き込まれたある事件をきっかけに俺はティルシアと知り合うことになったのだが、とりあえずそれは置こう。

 今俺が言いたいことはそれじゃない。


 あの時の女のあの目。あれは目に関するスキルを使っている者の目だということだ。

 そして俺を見た時の驚いた顔・・・


「・・・まさか・・・」

「どうした、ハルト? 私の作った料理がマズかったか?」


 料理は間違いなくマズかったし、こんな料理を平気で他人に出したことについてなど言いたいことは多々あったが、今の俺はそれどころではない。

 今日の俺はティルシアに付き合って中層で魔物を相手に戦闘を行っていた。

 当然俺のスキル:ローグダンジョンで俺の階位(レベル)は上がっていたのだ。

 確かあの時の俺の階位(レベル)は・・・


「マズい・・・。」


 ティルシアが少し悲しそうな顔になる。

 だが、それどころではない。最悪の想像に俺の顔色は真っ青になった。


 もし、俺の想像通りあの女が「鑑定」に近いスキルの持ち主だったとすれば、俺の階位(レベル)を視られた可能性がある。


 あの時の俺の階位(レベル)は12。


 階位(レベル)の限界とされる階位(レベル)10を二つも上回る階位(レベル)だったのだ。

次回「階位レベル5の男」

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 『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』

 『私はメス豚に転生しました』

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