その16 後日談
ダンジョン協会の中は今日も雑然としている。
俺は建物の奥にある、ダンジョン夫から「依頼表」と呼ばれる壁にかけられた板を見に行く。
「依頼表」は壁に打たれたいくつもの釘に、雑多にぶら下がる手の平大の木の板だ。
柔道や空手なんかの道場にある、名札かけみたいなモノを思い浮かべてもらえればいい。
板には字の読めないヤツにでも通じるように依頼内容が細かく記号で書いてある。
・・・だが、知らないヤツにはまるで暗号だ。
昔、床屋で見たスポーツ新聞の競馬や競輪の記事を思い出す。
四角く区切られたマス目にナンプレみたいにビッシリ数字が書いていて、知らない俺には何のことだか想像もつかなかった。
「依頼表」には、主に、階層、日付、報酬、依頼主、などが独自の記号で書かれており、板の形やかけられた場所にも意味がある。
驚くべきことにこれらの記号の意味を説明してある説明書き等はダンジョン協会には一切ない。
そもそも、字が読めないヤツに向けて作られている物の説明を文字で書いても意味はないのだ。
これらの記号は全て慣習から作られており、新人ダンジョン夫は身銭をきって先輩ダンジョン夫から学ばねばならない。
俺も昔はチームを組んでいたので、金を出し合って面倒見の良い先輩に教えてもらったものだ。
もっとも、階位が上がらないことが広まってからは誰も俺とはつるまないし、誰も俺と関わろうとしなくなった。
初期のうちに教えてもらっていなかったら、今頃どうしようもなかっただろう。
今日は幸い俺が受けられる1階層の依頼があったので、それを受けることにした。
俺は手を伸ばして「依頼表」を取ろうとしたが・・・寸前で伸びて来た手に横合いからかっさらわれた。
頬に大きな傷のある男、カスペルだ。
俺の元仲間だった男だ。
「コイツは俺の所の下の奴に受けさせる。文句あるか?」
カスペルの後ろを見ると生意気そうな小僧が立っている。どことなく雰囲気がカスペルに似ている。弟か?
コイツは俺を見下しているのか、何が嬉しいのかニヤニヤしている。
俺は何も言わず踵を返すと黙ってその場を離れた。
クズの相手をしていても時間の無駄だ。
去って行く俺の背中にカスペルと小僧と、その他諸々の笑い声が叩きつけられた。
カウンターのオヤジが何か言いたそうに俺を見たが、依頼を受けない俺に話すことはない。
今日はこれまでだ。
俺はダンジョン協会の建物から外に出た。
実のところ今の俺は積極的に依頼を受ける必要はない。
仕事も受けずに金回りが良いと、クズ共が良からぬ勘ぐりをしてくるに決まっているので、アリバイ作りのために受けようとしただけなのだ。
マルティンを助けた件で、俺は結構な報酬を受け取っていた。
もちろんその中には口止め料が入っている。
ハッキリとは言われなかったがそうに決まっているのだ。
後、ティルシアが使って傷物にした装備も買い取らせた。
盾は分かるが、鉢がねまでへこんでたからな。
一体どんな攻撃を喰らったんだ?
ティルシアはマルティンから装備一式の値段を聞いて顔色を真っ青にしていた
けど、多分あれはマルティンが自分の懐から出すだろう。
日本人は獣人に甘いからな。
ヒゲの指揮官はティルシアが仕留めた。
俺が殺ってもよかったが、代官直属の部下をやるとなると、もしもバレた時に後々面倒だ。
それにマルティンに弱みを握られることにもなりかねない。
ザコはともかく、大物はティルシアに片付けてもらった方が後腐れが無くて良い。
ティルシアといえばアイツがマルティンの護衛だったのには驚いた。
まあ階位が5もある時点で気付けってコトだよな。あの時は他に色々と気を取られていたから仕方が無いが。
後、アイツ19歳だったんだな。
どう見ても中学生くらいだろう。
こんな町でも獣人くらいは何人も見た事がある。
その中にはウサギ系獣人もいたが、そいつは俺達人間とそんなに変わらなかったがなあ・・・
「ロリババアだよね。」
マルティンがティルシアに聞こえないように、こっそりと酷いことを言っていた。
お前・・・19歳をババアって、ドン引きだよ。
まあ、俺も「ロリ巨乳」とは思ったが。
そして本来のティルシアの口調にも驚いた。
結構サバサバした、ゲームに出てくる女騎士みたいな口調だった。
アイツ今までは滅茶苦茶猫被ってたんだな。
猫の皮を被るウサギとはなんとも微妙な。
傭兵をやってたとか言ってたが、どっちかというと女スパイって感じだったな。
マルティンは一旦王都の本店に戻るが、じきにまたこの町に商会の店を開くためにやって来るそうだ。
今回の一件で代官にかなり有利な条件をのませることができそうだ、とも言っていた。
ぶっちゃけこの町はデ・ベール商会というクズが支配しているので、ぜひマルティンには頑張って欲しい。少しは町の風通しが良くなることを期待しよう。
そういえばマルティンは分かれる前にティルシアを俺との連絡役によこすと言っていた。
まあ、知らないヤツでもないし、正直俺の秘密を知る者を目の届く範囲に置けるのは悪くない。
逆にアイツからマルティンの情報を得る機会もあるかもしれないしな。
俺は消費した保存食を買い足すために商店に向かう。
そういえばマルティンがマシな味の保存食を作ろうかと言ってたな。
ふむ、買い足しは最小限に止めておくか。期待しているぞマルティン。
俺は少し軽くなった足取りで大通りを歩くのだった。
◇◇◇◇ボスマン商会マルティンの主観◇◇◇◇
今回のスタウヴェン行きは最初から困難が予想されていたけど、元日本人としてはやはり殺し殺されの現場はどうしても慣れないね。
今は全てが終わってホッとしている。
この世界では知られていないことだけど、実はスキルにも階位と同様に熟練度という数値が存在する。
とはいえ、知られていないのも仕方がないことだ。
例えば僕のスキル「交渉術」だが、初期状態と熟練度を上げた後と、具体的にどう変わったのか実感するのは難しいだろう。
だが僕にはもう一つのスキル「鑑定」がある。
これは明確に、使い始めたころと現在とでは読み取れる情報量が違うのだ。
最初のころは、識別のスクロールより得られる情報量が少なかったので、パッとしないスキルだと思っていた。
けど、繰り返し使って熟練度を上げた今では、相手の経歴や相手のスキルの能力まで分かるようになっているのだ。
僕は日々鑑定のスキルの熟練度を上げるため、ヒマを見つけては目についた人を鑑定することにしている。
・・・まあ覗かれてる人には悪いと思うけど、どうせこっちもいちいち覚えないことにしているし、あまり気にしないのがお互いのためということで。
だが、スタウヴェンの町に入った時。
馬車の中から何気なく道行く人を鑑定していたところ、『ローグダンジョンRPG』という、ちょっとありえない名前のスキルに目を奪われたのだ
あまりにインパクトのあるスキル名だったので、思わずその人の詳しい情報を読み取ったんだけど・・・
まさかどこからつっこんでんでいいのか分からなくなるほど、ツッコミ所満載だとは思わなかったよ。
まずそのスキルを持っているのが、日本人というところだね。
実は僕は昔、彼に会っていたことがあるのだ。
その時も日本人ということで驚いたが、あの時は「なんて珍しい」くらいにしか思わなかった。
その後、もう長い間王都で色々な人を鑑定してきたけど、結局日本人関係者は僕の他には彼しかいなかったよ。
今では僕は、ひょっとしてこの世界には僕と彼しか日本人はいないんじゃないかとすら考えている。
そしてさすが日本人。彼も変なスキルを生やしたもんだ。
で、そのスキルの名前もそうなんだけど、熟練度が半端じゃなく高かった。
僕の鑑定を上回る熟練度って初めて見たよ。
熟練度って100を超えるんだね。
そこも驚いたよ。
そして最後に彼の装備だ。
正直、商会の人間としてこれが一番ショックが大きかったかもしれない。
プラス装備はウチの商会でも扱っているけど+99って何だよ。
しかも頭から足まで全部の装備が+99なんだよ。
しかも全部店売りの安物ってなんだよ?
スマホゲームで星1のノーマル装備にレアな強化アイテムを全部盛りするようなもんだよ。
一体どんな無駄遣いだよ。
それに全部+99ってことはそこで打ち止めなの?
プラス装備は+100にはならないの?
一度聞いてみたいよ。
この世界でその答えを知っているのは、唯一彼だけなのは間違いないからね。
今回の一件では随分と彼に助けてもらった。
・・・最終的に階位30に達していたことについては、もうつっこまない。
彼とは同じ日本人として今後も協力し合いたい。
ひょっとしてこの世界に住むたった二人の日本人かもしれないのだから。
次回「エピローグ 原初の神」




