その15 ウサギ獣人ティルシア 決着
◇◇◇◇ウサギ獣人ティルシアの主観◇◇◇◇
「では今度は私と語り合って頂きましょうか。言葉ではなくコレでね。」
階段の上から私達を見下ろしているのは、剣を手にしたヴォボルニーク三男とその手下だった。
私はマルティン様を背後に隠し、前に出てーー
紐で腰に吊ったレイピアを引き抜いて構えた。
私の姿を見てヴォボルニーク三男がその私を見て、バカにしたようにニヤリと笑う。
奴隷の獣人娘が、鞘にも入っていないなまくらな剣を手にして主人の前に出たのだ。
コイツらの目にはさぞ無謀な行動に映ったのだろう。
ヴォボルニーク三男が目くばせすると、最後に一人だけ残った手下が前に出て来た。
だんだんこの男の考え方が分かってきた気がするな。
奴隷の獣人娘、つまり私を始末するシーンは前座だ。
前座にわざわざ自分が出るまでもないので部下に任せれば十分だ。
マルティン様を自分が仕留めるシーンは、まさに今回の一件のクライマックス。
最後の味方がいなくなって絶望するマルティン様をいかに料理するべきか、正に自分の腕が試される場面だ。
などと考えているのだろう。
・・・なんだかコイツの考えが分かるのは不快だな。
最後の手下が私の前に出て来た。
私の死を確信しているのだろう。口元には嗜虐的な笑みを貼り付けている。
手下の男は無造作に剣を振るう。
私のレイピアをへし折るつもりなのか最初から大振りだ。
バカにしている。
私は後ろ足にサッと体重を移し、剣を胸元に引き付けた。大きく開いた空間に手下の男の剣は空振りする。
男は自分が空振りするとは思っていなかったのだろう。咄嗟に大振りした剣を戻すことも出来ない。
私には手下の男の背中まで見えた。
コイツ私を舐めすぎだ。
私は溜めた力を爆発させ、飛び込むように大きく踏み出すと手下の男の喉をひと突きにし、あっさりと致命傷を与える。
崩れ落ちる手下の男。
手下の男は、しばらくの間自分の喉から噴出す血だまりの中でもがいていたが、やがて動かなくなった。
私は残心を解き、剣先を下げた。
「なっ・・・!」
一連のやり取りで私の実力に気づいたのだろう。ヴォボルニーク三男が目をむいて驚いている。
・・・こんな時まで芝居がかっているヤツだ。
私はレイピアを一振り。剣についた血をふるうとヴォボルニーク三男の胸元に剣先を向けた。
「次は貴様の番だ、ヴォボルニーク三男。」
「だ・・・誰がヴォボルニーク三男だああ!!」
おっと心の中で呼んでいた名称を口に出してしまった。
まあ今更いいか。マルティン様が呆れたような顔をしているな。
ヴォボルニーク三男は叫びながら私に向かって来ると、そのままの勢いで剣を振り下ろすーー
!
イヤな予感がして咄嗟に大きくバックステップ。
階段の段差を利用して大きく距離を開ける。
ヴォボルニーク三男の剣の軌道は、振り切られる寸前で大きく切り返されていた。
変則的な二段切りのような技だ。
危ない。今のは分かっていても二段目は避けられない。
コイツ、激昂しているように見せかけてしたたかに狙っていたのだ。
今の攻撃に自分の勝利を確信していたのか、ヴォボルニーク三男は驚きの表情を見せた。
私はお返しとばかりその顔目がけ突きを放つ。首を横に倒して逃れるヴォボルニーク三男。
私は外れた剣をそのまま切り下ろすような軌道で引き戻す。
今度は後ろに下がって避けるヴォボルニーク三男。
しかしその頬は大きく切り裂かれていた。
「鞘もないなまくら剣じゃないのか?!」
「ダンジョンで手に入れたばかりなんでね。ここから出たらボスマン商会で作ってもらうつもりだ。」
私の細身の刺突剣相手に自分の幅広剣では手数で分が悪いと見たのか、ヴォボルニーク三男は一気に距離を詰めて来た。
鍔迫り合いに持ち込むつもりだ。
自分の階位に自信があるのだろう。
しかしそう簡単に相手の思う通りにさせる私ではない。
ヴォボルニーク三男は私に密着出来ないまま、至近距離で何合か打ち合う。
「その盾もただの盾じゃないな!」
「ミスリル製の装備が自分だけの物だと思わないことだ!」
「グッ! 貴様!」
盾を切りつけた際の手応えに何かを感じたのだろう、表情に焦りを浮かべるヴォボルニーク三男。
そんなヴォボルニーク三男の言葉に対し、私は頭突きで答えた。
ミスリルの鉢がねはミスリルの兜と相打ち・・・には流石にならず、鉢がねの下の私の額から血が流れる。
が、当てるつもりで当てたこちらと、不意をつかれて当てられた相手とではダメージが違う。
よろめくヴォボルニーク三男に対し、私のレイピアが防具の隙間、太ももの内側に突き立つ。
苦悶の声を上げるヴォボルニーク三男。
そのまま抉るように引き抜くと、動脈を傷つけたのか大量に出血した。
思わず膝をつくヴォボルニーク三男。丁度良い高さに下がった喉元に・・・
ズッ
吸い込まれるように私のレイピアが突き立つのだった。
「ご苦労様。」
マルティン様が声を掛けてくる。顔色は真っ青だ。
彼は本当にこういう荒事が苦手だ。
「日本は平和な国だから」と言い訳されたことがあるが、何のことだかは分からない。
そもそも言い訳なのかどうかも分からないが。
「どうしたの?」
私はレイピアを軽く振りながら少し考え事をしていたようだ。
「この男は強かったです。ピークは過ぎていたようで衰えは見えましたが、今でも十分腕の立つ相手でした。」
「うん?」
「私も捨てたものではないな。そう思うと嬉しくて。」
「あー、そういうコト。」
ハルトは出鱈目だから比べない方がいいよ。と言われたが、頭ではそう考えることができても、心が納得できないのだ。
気持ちというのは面倒なものだ。
「殺し合いは済んだのか。」
中層のモンスターを片付け終わったのだろう。ハルトが階段を下りて来た。
私が片付けた今回の件の実行者二人をチラリと見る。
ハルトは言葉では悪ぶってはいるが、マルティン様と同じで人死には苦手のようだ。
貼り付けたような無表情だ。心を押し殺しているのだろう。
甘い男だ。だがこの男はそれでいい。
ハルトはマルティン様の視線に気が付いたようだ。
「何か言いたいのか?」
「いや、さっきこの人にも同じようなことを言われたから。」
「・・・ああ、そういえば確かに。」
私の同意に、ハルトは流石にイヤな顔をすると、何も言わず振り返ると階段を上って行った。
次回「後日談」




