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エピローグ 異世界の神

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは大学の学生食堂。

 男子学生が講義のノートを前にスマホをいじっている。

 どうやら何か調べ物をしている様子だ。


「よう晴斗。午後の講義は出なくていいのか?」


 晴斗、と呼ばれた学生はスマホから目を上げた。

 中肉中背、大人しそうな学生だ。

 よく言えば人が良さそう、悪く言えば地味な顔をしている。

 晴斗は自分に声を掛けて来た少し軽薄そうな男を見上げた。 


「武市こそこんな所にいてもいいのか?」

「いいわけないだろ。遅刻しちまったんだよ」


 武市は友達数人と大学の外に昼食を食べに出て、戻って来るのが遅れてしまったんだそうだ。


「今から出てもどうせ出席扱いにならないし、だったら行くだけ損だろ?」

「損ってお前・・・ 後で後悔しても知らないぞ?」


 晴斗はテーブルのノートを片付けると向かいの席を顎で示した。

 武市は持っていた缶コーヒーをテーブルに置くと席に座った。


「それでお前、就職先は決まったのか?」

「・・・まだだ。地元で就職したいんだけど、中々いい仕事が見つからなくて」

「晴斗は地元に戻るのか。俺はこっちで知り合いも増えたし、この辺の会社に就職してもいいな」


 彼らは今年卒業を控えた大学四年生。

 今は就職活動の真っ最中である。

 晴斗は手にしたスマホを軽く振った。

 どうやらインターネットで仕事の検索をしていたようだ。


「ネットで見つかるのか?」

「いや、全然。バイトなら見つかるんだけどな」


 そこには正社員採用を見込んだバイトのページが開かれていたが、晴斗が望んでいるのはそういった仕事ではないようだ。


「あっと、行動力を消費しとかないと」


 晴斗はアプリゲームを起動する。時間で回復する行動力でクエストをこなすタイプのゲームだ。

 武市が身を乗り出してハルトのスマホを覗き込んだ。


「今回のイベント、限定キャラがいないとキツくないか?」

「ああ。だからハードのエリアは回らずにイージーだけ回してポイントを稼いでる」

「配布キャラ狙いか。まあ確かに、今後何かと使えそうな性能だからな」


 晴斗は「だよな」と頷くとスマホに目を落とした。

 二人はしばらく黙ってゲームの画面を見ていたが、やがて行動力が尽きたのか晴斗はアプリを終了させた。




 武市と晴斗は中学一年生の時の同級生だ。

 高校は別の学校に進学したが、たまたまこの大学で再会、それ以来友人付き合いを続けている。


 二人の会話は自然と中学生の頃の話になった。


「あの時は驚いたぜ。突然教室で『自分は異世界の神様の生まれ変わりだ』なんて言い出すんだからな。そんなヤツなんてウチの中学じゃ初めてだったから、先生やお前の親も巻き込んだ大騒ぎになってさ」

「その話はもういいだろう」


 武市の思い出話に晴斗はうんざりしているようだ。


「お前がどこでもその話をするから、俺は知らないヤツから急に『お前ってリアル中二病だったんだろ?』とか声を掛けられるんだぞ」

「いいじゃん別に。お前だって実はおいしい(・・・・)って思ってるんだろ?」

「そんなわけあるか!」


 九年前、晴斗は自分が異世界の神の生まれ変わりだと周囲にカミングアウトした。

 今まで大人しかった少年の突然の奇行に大人達は大騒ぎとなった。

 幸いそれ以降、晴斗は妄想を口にする事が無くなったため、今では周りからは思春期の少年のかかる麻疹(はしか)のようなものだと思われているようだ。


「それにしたって神様の生まれ変わりって何だよ。しかも異世界って。色々と設定を盛りすぎだろ」

「・・・うるさいな。そういう夢を見てその気になっただけだって言ってるだろ」


 イヤそうに答える晴斗に武市は少々しつこく絡んだ。

 要は友人同士の悪ふざけなのだが、晴斗は心底うんざりしているようだ。


「分かった分かった、もう言わないって。それより今度飲み会やるんだけどお前も参加しないか?」

「お前なあ・・・ まあいい。予定が決まったら連絡を頼む。出られるようなら出るよ」


 武市は社交的で顔が広い。どちらかというと引っ込み思案な晴斗は、彼の交友関係の広さを重宝する場面も多かった。




 夕方。

 大学の講義も終わり、学内に学生の姿がまばらになる時間。

 晴斗も一人暮らしのアパートに帰るために最寄りの駅で電車を待っていた。

 時間を持て余した晴斗は、ふと昼間交わした会話を思い出していた。


「――中二病か。まあ普通そう思うよな」


 もし自分が本当に異世界の神の生まれ変わりだと知ったら、武市のヤツはどんな顔をするだろうな。


 晴斗は――人間・青木晴斗に転生した異世界の神フォスは――ボンヤリとそんな事を考えた。



 フォスがまだ中学生・青木晴斗に転生したての頃。

 ハルトから譲り受けた知識はあるものの、この世界の常識のない彼女は色々な失敗をしでかした。

 自分が異世界の神であると周囲に宣言したのもその一つである。


 今ではそれらの虚言や奇行は全部纏めて、「情緒不安定な思春期の言動」という事になっている。

 フォスが常識を学ぶにつれ、そういった振舞いは影を潜めていった事もあり、周囲の大人達はそのように解釈したのである。


 当初フォスは自分が周囲から奇異の目で見られる事に大きな不満を感じていた。

 あまりのストレスに、ひょっとして自分はあの人間に騙されたのでは? と、疑ったものである。

 だからといって、直ぐに元の世界に帰る事も出来ない。

 世界を渡った際に負ったダメージは、彼女が想像していたものよりも遥かに大きかったのだ。

 フォスは暫くはこの世界で大人しく力の回復を待つしかなかった。


 そうこうしているうちにやがて一年が経った。

 学年が上がり、クラス替えが行われると、彼女の周囲は知らない者だらけになった。

 彼女も周囲を知らないが、周囲も彼女の事を良く知らない状態だ。

 こうしてフォスに穏やかな日々が訪れた。


 やがて高校受験を経て中学を卒業。高校に進むと彼女の人間関係はほぼ新規のものにリセットされた。

 フォスにとって、これ程短いスパンで周囲との関係の構築・リセットが繰り返される生活は新鮮な驚きに満ちていた。


 クラスが変わっても仲の良い友達との付き合いは残るし、逆に武市のように再び出会った事で仲良くなるという例もある。

 異世界の神として唯一無二の存在であったフォスにとって、自分がその他大勢の一人であると突きつけられる感覚は、驚きや戸惑いはあっても決して不快なものではなかった。


 人間は自分が種族の群れの中の一個体であると自覚しつつ、個人的な悩みや喜びに一喜一憂する。

 やがてフォスは人間という小さな生き物の生活を、愛らしいとすら思うようになっていた。


 悠久の時を生きる神であるフォスにとっては、人間の人生などほんの束の間の時間に過ぎない。

 例えて言うなら、人間が長い人生の中で一時のゲームや映画に夢中になるようなものである。

 ゲームの中でキャラクターが死んでも、ゲームを遊んでいるプレイヤーが死ぬような事はない。

 そしてどれだけ夢中になっていてもエンドロールを迎えればそれっきり。現実に戻される。

 フォスにとって青木晴斗の人生を歩むのも同じような感覚だったのだ。


 しかし、ゲームや映画に影響を受ける人間だっている。

 人によっては人生の価値観すら変わってしまう事だってあるだろう。


 いずれフォスは青木晴斗の人生を終え、自分の世界に帰る時が来る。


(その時には少しだけ優しい神様になってやってもいいかもしれない)


 今ではフォスはそんな事を考えるまでになっていた。


 ふと空を見上げると、夕焼け空に一番星が瞬いている。


 そういえばフォスはこの世界に来て以来、この世界の神の存在を感じた事が一度もない。

 今までは特に気にしていなかったが、ひょっとしたらこの世界にはもう神はいないのかもしれない。

 思えば昔、自分の世界を訪れた親切な神。彼もフォスのように自分の世界を持っていたはずである。

 なのになぜ彼は他の世界をブラブラとしていたり、ずっと彼女の世話を焼く余裕があったのだろうか?


 ひょっとしたら、神という存在は成長すればやがて世界から完全に切り離されるのかもしれない。

 成長した神は自身を収め切れなくなった世界を棄て、より物質に依存しない高次元の存在へと変貌するのではないだろうか。


 その思い付きはフォスにとって衝撃だった。

 しかし不思議とストンと胸に落ちる気もした。


 あの神はちょうど世界から切り離され、次の進化へと足を踏み入れたばかりの、成長したての神だったのかもしれない。

 そしてこの世界も、そういった神が去った後の抜け殻の世界なのではないだろうか。


(神とはいえちっぽけな人間と同じ生き物なんだ)


 神は決して永遠不変の存在ではなく、成長を続ける不完全な生命体。

 その思いは彼女の心を温かい何かで満たした。


 アナウンスと共に電車がホームに到着し、青木晴斗の姿はその中に消えた。

 いずれは異世界の神に戻る存在も、今は都会の雑踏を構成する小さな欠片の一つに過ぎない。


 日が落ちると共に町に夜の(とばり)が下りた。

 建物に灯る小さな明かりの一つ一つがそれぞれの人間の営み、命の明かりなのだ。

 それはまるで夜空を覆う数多の星々のように輝いていた。



 レベル1の最弱が上限突破の最強レベルに~スキル・ローグダンジョンRPGで俺はダンジョンの中では最強~


    ◇◇◇◇ 完 ◇◇◇◇

これでこの作品は終了となります。

考えていた展開と設定は大体盛り込めたと思いますが、見落としがあって回収できていない伏線がありましたらすみません。

最後まで楽しんでもらえたなら幸いです。


最後に、多くの作品の中からこの作品を読んで頂き、ありがとうございました。

評価もよろしくお願いします。

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 『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』

 『私はメス豚に転生しました』

― 新着の感想 ―
[良い点] テンポが良くて読みやすかったです。 主人公もラスボス?のフォスも、どちらも救われたのが良かったなぁと思いました。 あとティルシアが可愛いですね。 [気になる点] ティルシアとシャルロッテの…
[良い点] 良作ありがとうございました。 [一言] 他作品もこれから読んでみます。
[良い点] メス豚から来ました。 数日で一気に読んだ。 すごいよかった… こういう作りは新鮮だし、SFっぽい。こういう終わり方すごい良いです。 邪神さんの在りようとか最後の哲学的な考え方とかすごい好き…
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