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最終話 ダンジョン夫ハルト

 俺は空っぽの寸胴鍋をチラリと見た。


「そいつは返しておいてくれ。今日の仕込みはこれ一つで十分だろう」

「分かった」


 ティルシアは鍋を持って部屋を出て行った。

 俺は包丁を持つとティルシアのやりかけていた野菜の下ごしらえを始めた。


 やがて厨房に戻って来たティルシアがそんな俺の姿を見て怒鳴り声を上げた。


「あっ! 何をやっているんだハルト! お前はケガ人なんだぞ!」

「ケガ人って・・・ 俺はこれ以上は治らないんだって」

「そうは言うが見ていて危なかしいんだ」


 ティルシアはそう言うと俺から包丁を取り上げた。

 俺は苦笑しながら彼女の好きにさせた。ティルシアは世話焼きな所があるからな。

 弱った俺が気になって仕方がないようだ。


 あれからもうひと月。

 俺達は未だにボスマン商会で厄介になっている。

 町にはボツボツと人が戻って来ているようだが、まだ生活物資の流通は悪い。

 今は配給に頼って生活している状況だ。

 少なくとも市場が立つまでは、家には戻れそうにない。

 だからせめてこうして飯の支度でも手伝おうとしていたのだが――ティルシアに止められてしまったのだ。


「そもそもボスマン商会が身元を引き受けているから、ハルトはこうしていられるんじゃないか」

「そういえばそうだった」


 あの日、俺は帝国軍に事情を打ち明けた。

 正直言ってどこまで信じて貰えたかは分からない。

 帝国軍は今もダンジョンの調査中だ。

 以前のマルハレータの所の名ばかりのダンジョン調査隊と違い、真面目にダンジョンの最下層を目指している。

 だが、予想通りニ十階層台の水のフロアで難航しているようだ。

 あそこは鬼畜だからな。帝国軍の装備では無理なんじゃないだろうか。


「俺が手伝えればいいんだが」

「・・・止めておけ。もし何かの手違いで調査隊が全滅でもしたら、またお前にかけられた疑いがぶり返すだけだ」


 たった一人でダンジョンの奥から戻って来た俺に、「お前こそが原初の邪神では?」という疑いが持たれたのも仕方が無いだろう。

 ティルシアを始めとする何人かの証言とボスマン商会が身元引受人になってくれた事、そして『識別』のスクロールによる証明とで一応の疑いは晴れたものの、「ひょっとして」という疑いはまだ完全には拭い去られていない。

 そんな中、俺と一緒にダンジョンに入った調査隊が何かの事故で全滅でもしようものなら、「それ見た事か!」と再び疑惑が噴き出すのは間違いない。


 ここはティルシアの言う通り大人しくしている方が身のためだろう。


「そもそも今のハルトはダンジョンに入って大丈夫なのか? 生きている事が不思議なくらいボロボロなんだろう?」


 あの日、原初の神の猛威に晒された俺の体は、ボロ雑巾のようにズタボロになってしまった。

 治癒の魔法は生物の治癒能力を高めるものであって、既に壊れて死んでしまった臓器や欠損した部位を元に戻すことは出来ない。

 幸いこうして外見上こそ五体満足ではいるが、今の俺の体は死んで当然というレベルでガタガタなのだ。


「そこは以前にも説明した通りだ。特に問題はない」

「・・・上限突破の階位(レベル)とは凄まじいものなんだな」


 今の俺の階位(レベル)は”*”。

 つまり階位(レベル)99を超えた状態なのだ。

 階位(レベル)1じゃないのかって?

 そう。俺はスキル:ローグダンジョンRPGの能力によってダンジョンの中では階位(レベル)が跳ね上がるが、ダンジョンを出ると初期階位(レベル)にリセットされてしまう。


 はずであった。


 現在、俺の体からスキルは消えている。

 どうやら俺のスキルは原初の神フォスによって与えられたもので、フォスがこの世界からいなくなった今、スキル:ローグダンジョンRPGは消滅してしまったらしい。

 幸い階位(レベル)自体はスキル消滅時のモノが適応される仕様らしく、現在の俺は階位(レベル)”*”。上限突破の状態で固定されている。


 つまり今の俺は「死んで当然の体」を「ぶっ壊れ性能の身体能力」で無理やり動かしている状態なのだ。


 それでも体感では階位(レベル)20相当の力は残っているように感じる。

 逆に言えば80パーセントもの力を常時体の維持に使っているのだから、本当に俺はギリギリの所で生かされていると言ってもいいだろう。


「でも視力とかは相当弱っているんだろう?」

「まあな。今もボンヤリとしか見えていない。だが、今の俺は大気中のマナを通じて周囲の気配を読む能力があるから、むしろ以前よりも良く見えているかもしれないぞ」

「それでも、お前はもう私の顔も見えないという事じゃないか」


 ティルシアはそう言って少ししょげ返った。

 なんだ? 俺に自分を見てもらいたいのか?

 まあ今も言ったが、今の俺は視力に頼らない方法で周囲を把握しているから、目で見ていた時よりもある意味良く見えていると言えるんだが・・・この感覚は他人には伝わらないだろうなあ。




 あの日、俺は原初の神フォスに自分の記憶の全てを開示した。

 正直言って神と情報を共有して耐えられる自信は無かった。

 正に一か八かだったのだ。


 そして俺は賭けに勝った。

 

 フォスは自分と似た境遇の俺がこちらの世界で居場所を見つけた事に興味を持ったようだ。

 すかさず俺は彼女に提案した。


 俺の代わりに”青木晴斗”として生きてみろ。そうすれば俺の気持ちが分かるはずだ。


 悠久の時を生きる神にとって、人一人の人生の長さなどたかが知れている。

 彼女にとって別に悩む程のリスクは無かった。

 さらにその時、丁度フォスは地球と時空を繋げていた。

 後はそれを使えばいいだけだ。


 フォスは俺の提案を受け入れた。


 彼女は俺から青木晴斗の記憶を吸い上げ、青木晴斗としての人生を生きる事にした。

 

 この世界から神は去り、滅亡のカウントダウンは終わりを迎えた。


 フォスがこの世界から去った事で、この町のダンジョンは瓦解した。

 しかし全てが埋まってしまった訳ではない。

 なぜならこの世界とフォスの間に完全にリンクが切れてしまった訳ではないからだ。

 完全に切れてしまえば、彼女は二度と再びこちらの世界に戻れなくなってしまう。


 そう、フォスは青木晴斗としての人生が終われば戻って来るのだ。

 ここは彼女の世界なのだ。当然だろう。


 彼女が日本でどういう人生を歩むかは分からない。

 だがその経験はきっと無駄ではないはずだ。

 彼女もきっと分かってくれる。俺はそう信じている。

 神といえどこの世に生きる数多の命の一つだ。

 ならば神だって救われたい。

 結局自分を救うのは自分自身の心なのだ。




「どうしたハルト?」

「・・・いや、何でもない」


 青木晴斗の人生を失い、俺の心にはポッカリと大きな穴が開いている。

 これは俺の選択の結果だ。甘んじて受けよう。

 それにこの穴はいつかこの小さな暴君が埋めてくれると俺は知っている。

 だから後悔はない。

 俺は神でもなければ、世界を救う力を持った英雄でもない。

 あれはそんなちっぽけな俺が取り得る、唯一の全員が救われる方法だったのだ。


 俺はぎこちなくティルシアを抱きしめた。

 彼女は少し驚いた様子だったが、俺にしがみついた。


「確かに。階位(レベル)6の私が抱きしめても、今のハルトは平気だものな」

「以前の俺ならひとたまりもなかったな。少しは俺の言葉を信じてくれたか?」


 そういえばティルシアの階位(レベル)は5から6に上がったそうだ。

 俺に打ち明けた時のコイツの誇らしそうな顔ったら無かった。


 その時、俺はイヤな予感に辺りを見渡した。


 ジ――ッ


 入り口に半分隠れるようにしてこっちを見ているのはネコ耳の少女。シャルロッテだ。


 ・・・俺は静かにティルシアの背中に回していた手を下した。


 何となくティルシアも離れてくれたので助かった。

 俺は何気ない態度を装ってシャルロッテの視線に背を向けた。


 あの日の予想通り、俺達の三人の関係は何とも言えない緊張感をはらんだものになっている。

 ――と、思っているのは俺だけのようで、ティルシアとシャルロッテの間では何やら決着が付いている様子だ。

 怖すぎて二人に問い質す事は出来ないため、俺の想像でしかないのだが・・・


 どうやら獣人の社会では一人の男が複数の女性を囲う、いわゆるハーレムが普通に認められているらしく、彼女達は俺と三人で付き合う事にしたようなのだ。

 とはいうものの、日本人の価値観を持つ俺は、女性二人と付き合うのは酷く不純な行為に思えるし、ティルシアの方も付き合いを認めているにしては、俺がシャルロッテの腕のケガの心配していると変にヤキモチを焼いて来るしで、どうにも身の置き場がない。

 自分の迂闊な言動が招いた結果とは言え、この件に関しては俺は毎日針のムシロの上に座っているような気分だった。

 世界を救った結果、俺は新たな問題を抱え込んでしまったのだ。


 そんな俺達の微妙な空気に、先日町に戻って来たマルティンが目を丸くして驚いていた。

 酒の席で俺の口から事情という名の愚痴を聞いたマルティンは、腹を抱えて爆笑したものだ。


「流石ハルト! ハーレム展開は異世界転生モノのお約束だよね!」


 ・・・正直かなりイラっと来たが、自業自得なので何も言い返せなかった。

 というか転生者はお前の方で、俺は転移者だ。


 そういえばマルティンは奥さんと二人の子供を連れて戻っていた。

 なんでも奥さんの産後の肥立ちが悪く、今まで帝都の実家で療養していたんだそうだ。


 マルティンの奥さんは言っちゃ悪いが地味な印象の黒髪の女性で、ボスマン商会という大店の跡取り息子が一目惚れするような人目を引く美人ではなかった。

 その当時、周囲の誰もが――奥さん本人すら――マルティンが本気と思わなかったのも無理が無いだろう。


 だが俺は彼女を見てハッとした。

 彼女の印象を一言で言えば”まるで日本人の女性”だったのだ。


 その時俺は彼女に惹かれたマルティンの、故郷に対する強い郷愁を感じた。

 俺はマルティンは異世界に転生して何不自由なく楽しくやっているとばかり思っていた。

 何も不満はなくこの世界の人生を堪能している、マルティンの成功を聞いて何となくそう思っていたのだ。


 だがマルティンの中には日本人の記憶が、日本に焦がれる心がある。

 俺はそれを知って、異世界で同胞に巡り会えたこの奇跡に喜びを噛みしめた。


「まさか俺がお前に出会えて良かったと思う日が来るなんてな」

「えっ? 何それ酷くない?」


 酔いが回ってポロリとこぼれた俺の本音に、マルティンはショックを受けている様子だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「絶好の仕事日和だ」

「仕事日和って・・・ダンジョンの中に入ってしまえば、外の天気なんて関係ないだろうに」

「まあまあ姉さん。ダンジョンへの往復は外を歩くわけだし」


 シャルロッテの言う通りだ。

 現在俺達はダンジョン協会へと向かっている。

 帝国軍の調査が一区切り付き、今日からダンジョン夫が仕事に入るのが許されたのだ。


「とはいえ今のところは上層だけだがな」

「デル・エンデ侯爵閣下に働きかけてくれたマルティン様には感謝しないとな」


 この町の経済はダンジョンによって支えられている。

 いつまでも軍がダンジョンを封鎖していては町の復興が進まない。

 マルティンは正論を盾に軍のトップに訴えたのだ。


 ちなみに帝国軍の調査隊はまだ最下層には到達していない。

 フォスがいなくなった事でダンジョンは力を失った。その結果、深い階層は崩落したのだが、それでも現在スタウヴェンのダンジョンの最下層は四十階層になる。

 俺でも苦労する鬼畜仕様のダンジョンだ。そこまで彼らが到達するにはまだまだ時間がかかるだろう


「そういえばマルティンの所はいつの間にデ・ボスマン――準貴族になったんだ?」

「確かブルート閣下が推して下さったと聞いたぞ」


 ブルート? 皇帝の弟だったか。偽迷宮騎士(ダンジョンナイト)に殺されたんだっけな。

 何にせよこれでマルティンも晴れて準貴族の仲間入り。

 今後は俺にかかる様々な圧力も少しは緩和される――といいな。


「ハルト?」

「いや、何でもない」


 今は考えても仕方が無い事だ。

 俺達は今も復興中の町の中をダンジョン協会を目指した。



 ダンジョン協会に入ると、全員の目が俺達の方へと向いた。


 その多くは気まずそうに伏せられた。


 妙な空気が協会内に漂った。

 どうやらここでも俺の事は噂になっているようだ。


「よ・・・ようハルト。仕事か?」

「俺がここに飲みに来た事があったか? 仕事に決まっているだろう」


 カウンターの男――ヤコーブスが、沈黙を破って俺達に話しかけて来た。

 お前も俺に対して腫れ物に触るような扱いをするのか。

 俺は内心でうんざりした。


「みんなハルトが王家から勧誘を受けているって知ってるんだね」


 シャルロッテがポツリと呟いた。


 そう。俺の所には王家から叙勲の打診が来ている。

 原初の神フォスからこの世界を守ったから――ではない。

 その話に関しては正直眉唾だと思われているようだ。

 だからこの誘いは純粋に俺の能力に対してのもの。人類史上初の階位(レベル)10を果たした者に対しての勧誘だ。


 俺は自分にかかる疑いを晴らすために『識別』のスクロールによる調査を受け入れた。

 その結果、俺の階位(レベル)がカンストしている事が周囲に明らかにされたのだ。

 幸いな事にカンストしている俺の階位(レベル)表記は”*”。

 この世界の常識としてレベルの上限は、魔法のスクロールのそれに準じて10だと考えられている。

 つまり彼らは俺の階位(レベル)を100ではなく10だと勘違いしたのだ。


 まあ俺にとっては別にどっちでもいい。

 そんな事よりも俺は、『識別』で自分の本名が青木晴斗とバレなかった事にショックを受けていた。

 俺には、青木晴斗の人生をフォスに譲り渡したためだと思えてならなかったのだ。


 こうして俺は人類初の階位(レベル)10として一躍時の人となった。


 あの時、たまたまボスマン商会に厄介になっていたから良かったが、もし家に戻っていたら階位(レベル)10のトロフィーを欲した貴族共や、成り上がりを目指す剣客共に押しかけられて、どれほどイヤな目に会った事か。

 ボスマン商会はそういった輩から俺を庇ってくれただけでなく、「今の俺は深いケガをしているから、もう階位(レベル)10の力は十全に出せない」という噂を流してくれた。

 俺が弱っているのは誰の目から見ても明らかなので、この話には非常に説得力があった。


 こうして勧誘合戦はピークを超えて落ち着いたのだが、とうとう最大の大物、帝国王家からの勧誘が来てしまったのだ。


「俺は学も無ければ礼儀も知らない田舎者なので失礼になるといけないし、この傷付いた体では階位(レベル)10とはとても言えない」


 そう言って申し出を辞退したのだが、それでも相手は引き下がってくれない。

 どうやら王家にとっては今回の帝国軍の敗戦が余程ショックだったようだ。人類初の階位(レベル)10を担ぎ上げて国威高揚を狙っているらしい。


「どうせ階位(レベル)20の力はあるんだろ? いっそのこと受けちゃえば?」

「冗談じゃない。そんな所に俺が行っても、今まで高階位(レベル)を笠に着て威張ってたヤツらに煙たがられるだけだ」


 マルティンが「僕と一緒に貴族(こっち)に来ようよ~」と手招きをしていたがスッパリ断った。

 成り上がりはゲームや物語の中だけで十分だ。

 確かに俺はこの世界に残る――神の去ったこの世界で生きると決めた。だが自分から面倒事を抱える気持ちはこれっぽっちもない。




 事情が変われば仕方が無いが、今のところ俺は貴族や王族に関わる気持ちは全く無い。

 だが、周囲の俺を見る目は変わってしまった。

 ダンジョン夫共は全員気まずそうに目を反らしている。

 コイツらにとっては力と金が価値観の中心だ。

 人類初の階位(レベル)カンストで、デ・ボスマン商会のマルティンと付き合いのある俺にどう接して良いか分からないのだろう。


 まあコイツらは今まで散々俺を階位(レベル)1だと馬鹿にして来たのだ。

 急に手のひらを返してすり寄って来られても、俺の方が困惑するだけだがな。


「なあハルト。本当に私が決めてもいいのか」

「ああ。俺とシャルロッテはどっちもケガが治ったばかりの病み上がりだからな。今日はリハビリに専念するよ」


 原初の神フォスとの対話でボロボロになった俺はともかく、シャルロッテも偽迷宮騎士(ダンジョンナイト)に利き腕を切り落とされるという重傷を負っていた。

 幸い腕の方は無事に神経が繋がったようで、今は不自由ながら手も使えるようになっているが、無理はさせられない。


 俺の言葉にシャルロッテが俺の横にそっと寄り添った。

 途端にティルシアの機嫌が悪くなる。


 どうも最近シャルロッテは機会を見つけてはこうして俺に秋波を送って来るようになっていた。

 その度に俺はティルシアの底冷えするような視線に耐えないといけない。

 本当にどうしてこうなったのやら。


「シャルロッテ、お前も仕事を探すのを手伝え」

「分かったよ姉さん」


 でもこの二人の関係は今までと変わらないんだよな。

 ティルシアが当たるのは俺に対してだけ。

 何だか理不尽な気もするが、チーム内の女二人でギスギスされるよりはその方がよっぽどマシである。


 チームの女といえば、マルティンからフロリーナが俺の家に帰りたがっていると聞かされた。

 どうやらアイツの耳にも俺が階位(レベル)10になったという話は入っているらしく、非常に前のめりで興味深々なんだそうだ。


「・・・それを聞かされて俺にどう思えと」

「頼むよ。大事なスポンサーの娘さんなんだからさ」


 マルティンはこのスタウヴェンの町を中心にフロリーナの父親・ケーテル男爵の領地一帯に商業網を広げるつもりらしい。


「丁度男爵直々にお墨付きも頂いちゃったからね。前々からやってみたかった計画があるんだ。どう? ハルトも一枚噛んでみる?」

「お前・・・ まあいい。聞くだけ聞いてやる」


 マルティンは驚きに目を見張った。

 何だ? 自分から言い出しておいて、その反応はないだろう。


「いや・・・こんな話、今までだったら絶対に拒否してたよね? 何かあったの?」

「そうか? ・・・いや、そうなんだろうな」


 ここにいるのは日本人・青木晴斗ではない。その人生はもう他者のものになっている。

 俺はダンジョン夫ハルトとしてこの世界で生きて行く事を受け入れた。

 どうせこの世界で生きていくならマルティンに協力して、少しでもこの世界を快適に過ごせるように変えていく方がいい。


 どうやら俺の心は自分で思っているよりも変化しているようだ。


「まあいいや。だったら話は早いんだけどギルドってあるじゃない。あれって邪魔なんだけど、地元の犯罪組織や貴族と結びついているから厄介なんだよね」

「ちょっと待て、お前俺に暗殺者になれなんて言わないだろうな」

「いやいや、ハルトになってもらいたいのはプロモーター。僕が出資して――」

 

 俺達の――いや、マルティンの悪巧みは続いた。


 こんな生活も案外いいかもしれない。

 あ、いや、ティルシアはもう少しヤキモチを控えてくれると助かる。

 だがそんな事を悩むのもこの世界で生きているからこそ。

 生きていれば悩みは尽きない。当たり前の話だ。


 10年前、俺を突然襲った異世界転移という災難。

 天涯孤独の身の上となったばかりか、扱いの難しいスキルまで生えてしまった。

 だが俺は必死に生き残る事でどうにかこの世界に自分の居場所を作る事が出来た。

 そして出会った仲間達。

 同郷の転生者とこうして悪巧みをし、同じチームの女の子達とは・・・不本意ながらハーレム付き合いをしている。どうしてこうなった。


 今や俺はこの世界の神の立ち直りに力を貸し、貴族どころか王族から勧誘を受けるまでになっている。  


 なんだ。俺も意外とやるじゃないか。


 俺は少しだけ自分で自分が誇らしく思えて、ちょっとした満足感を覚えた。


 ティルシア達は今日の仕事を選び終えたようだ。

 依頼の札を指差して俺を呼んでいる。


 さあ久しぶりのダンジョン夫の仕事だ。

 俺の心は喜びで沸き立った。


 かつて俺は日本に戻るために毎日のようにダンジョンに入っていた。

 もちろん生活のためでもあるが、俺の本来の目的はあくまでも原初の神フォスの力を取り戻す事。神の力で日本に送り戻してもらうためだった。

 だが、今日からの俺は完全に生活のため。この世界でダンジョン夫ハルトとして生きるためにダンジョンに入るのだ。


 そんなふうに俺の中の軸足が日本からこちらの世界に変わったからだろうか? 今の俺はいつもの仕事が妙に新鮮に感じてならなかった。


 俺は久しく感じた事の無い軽やかな気持ちで、頼もしくも魅力的な二人の少女達の下へと歩いて行くのだった。

次回「エピローグ 異世界の神」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後まで書ききってもらいありがとうございました。 一時期は、ティルシアがカレーをぱんぱんになるまで食べるのを伏線と思っていて「あっ、これはティルシアさんカレーの具エンドも……」と、ガクブ…
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