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その35 残された者達

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ティルシアが瀕死のシャルロッテを背負ってダンジョンから脱出した翌日。

 いや、既に日をまたいだ早朝となるので二日後になる。

 スタウヴェンの町をかつてない巨大な地震が襲った。


 震源地はダンジョン。

 もちろんそれを知る者はいない。

 とはいえ、このタイミングで起こった地震という事もあり、その原因は誰の目にも明らかだった。


「ついに邪神が復活した!」


 その振動は遠く離れた帝王都にまで届いた。

 帝国に住む者は貴族から平民に至るまで恐怖に打ち震えた。

 

 常勝無敗の帝国軍をもってしても、邪神の先兵たる迷宮騎士(ダンジョンナイト)にすら勝てなかったのだ。

 もはや人類に原初の邪神に抗う力は無いと思われた。


 だが人々が恐れているような事は何も起きなかった。

 そして何事もなく四日が過ぎた。




 ティルシアは離れた場所からダンジョンの入り口をジッと見つめていた。

 現在のダンジョンの入り口は、幾重にも帝国軍が布陣していて蟻の這い出す隙も無い。


 ついに帝国軍による本格的なダンジョンの調査が始まったのだ。


 一週間前のあの敗戦の直後。

迷宮騎兵ダンジョンキャバルリィの奇襲で散り散りになった帝国軍は、町から遠く離れた陣地に集合し部隊の再編成を急いでいた。

 そんな混乱の最中に、あの大地震が起きたのだ。


 ついに邪神の復活か?!


 エンデ将軍は最悪の事態を想定し、急遽精鋭を選りすぐりスタウヴェンの町に送り込んだ。

 決死の覚悟でダンジョンに潜入した彼らが目にしたのは驚くべき光景だった。


「中層まで下りましたが、普通のダンジョンそのものです。邪神どころか、迷宮騎士ダンジョンナイトすら一体もいません」

「どういう事だ?」


 部下の報告にエンデ将軍は激しく混乱した。

 ダンジョンに何かがあったのは間違いない。

 しかしその方向が斜め上過ぎて彼の理解を超えていたのだ。


 流石にこれ以上彼らだけに調査を任せるのは危険過ぎる。

 エンデ将軍はいつでも退ける体制で町に軍を進めると、ダンジョンの入り口に布陣した。


「確かに迷宮騎士ダンジョンナイトは出てこないな」


 将軍はダンジョンの前に二重三重の防衛線を築いた。

 そうしておいてから、ようやく今日になってダンジョン内の本格的な調査に乗り出したのだった。


 邪神の復活を前にいささか悠長に感じるかもしれないが、町の代官からの報告(情報元はティルシアから連絡を受けたボスマン商会のサンモ)で、現在のダンジョンは大幅に階層が増えている事が分かっている。

 犠牲を出さないためには必要な準備だったのだ。




 ティルシアは頭のウサギ耳をピンと立てて様子を窺っている。

 ダンジョン入口の様子は今朝から全く変わりはない。

 帝国兵の調査はどのあたりまで進んでいるのだろうか?


「ハルト・・・お前なら大丈夫だよな」


 ティルシアは今日何度目かになる呟きを漏らした。

 現在ダンジョンは帝国軍によって閉鎖されている。

 獣人であるばかりか、既にボスマン商会の関係者ですらないティルシアは、この距離から眺めている事しか出来なかった。


 あの日、迷宮騎士(ダンジョンナイト)との死闘を制したティルシアは、負傷したシャルロッテを背負ってダンジョンを脱出した。

 シャルロッテの腕は、ハルトから渡された治癒の指輪の力で元通りにくっついていたが、彼女の消耗は激しかった。

 これは傷口の処置をしなかったティルシアにも原因があるのだが、そもそもこの世界では感染症に関する研究が確立されていない。

 それにあのままではシャルロッテは出血多量でショック死する危険性もあった。

 一概にティルシアの行いを軽率だったと責めるべきではないだろう。


 現在シャルロッテは熱を出して寝込んでいる。

 彼女の腕は外見上は元通りに繋がっているものの、元のように動くかどうかはまだ分からない。

 全ては今後の経過とリハビリ次第である。


「だが少なくとも私とシャルロッテは無事だった。後はハルト、お前が帰って来るだけだ」


 この日ティルシアは、夕方になるまで一日中ダンジョンの入り口を見張っていたが、何も変化は無かった。

 やがてボスマン商会の社員が呼びに来た事で、後ろ髪を引かれる思いで彼女はボスマン商会へと戻って行った。

 しかし変化は彼女がダンジョンの入り口を離れた直後に起こっていたのだ。


 一度ボスマン商会に戻った彼女は、現在の商会の代表のサンモ共々、帝国軍の陣地に呼ばれる事になるのだが・・・

 その説明をするためにも、時間を少しだけ巻き戻そう。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはダンジョンの中層。

 帝国軍の調査隊の一隊が深層へと続く階段で休憩を取っていた。

 班と呼ばれる十人程の分隊だ。


 ダンジョンの中はいつも通りだった。

 実際はむしろいつもよりモンスターが少なくて平和なくらいだったのだが、彼らにそこまでは分からない。

 班長は思い思いに休憩を取る部下の様子を眺めた。


 今日はここまでにした方が良いだろう。


 全体の疲労を考慮すると、今日の調査はここらで切り上げるべきだ。

 いくら迷宮騎士(ダンジョンナイト)の姿が消えたとはいえ、今もなおダンジョンのどこかに潜んでいる可能性はある。

 そんな中でのダンジョン調査は絶えず緊張を強いられた。

 肉体的な疲れはともかく、精神的にはかなり消耗している。

 それにこの先の深層は、防具無効攻撃を仕掛けて来る厄介なモンスターが徘徊していると聞いている。それに応じた準備をしてから挑むべきだ。

 班長はそう判断して部下に声を掛けようとした。


 男はそのタイミングでやって来た。


「待て! 貴様何者だ! そこを動くな!」


 階段の出口――深層を見張っていた部下が鋭い誰何の声を上げた。

 残りの部下が一斉に立ち上がると剣に手を掛けた。


「どうした、何事だ?」

「はっ! ダンジョンの奥から不審者が! 迷宮騎士(ダンジョンナイト)ではないようですが」


 迷宮騎士(ダンジョンナイト)は一見人間に見えても、その中身は藁のような黒い物質だ。

 形こそ人間に似ているが、正真正銘ダンジョンのモンスターなのだ。


 班長は部下の示した先、ダンジョンの七階層で佇む男を見た。


 まだ若い男だ。中肉中背。髪は老人のように白髪で、ボロボロの下着のみの姿で武器も防具も身に着けていない。

 皮膚の上はあちこちに流れた血が固まって、元の肌の色が分からない程まだら模様に汚れている。

 視線がこちらに合っていないのは目が不自由なせいだろうか? それにどうやら耳も悪い様子だ。

 一見すると町の裏路地にいる浮浪者のようにも見える。

 帝国兵が警戒しなければならない相手ではないだろう。

 部下達の間にもホッと弛緩した空気が流れた。


 だが、班長は体の震えを抑えきれずにいた。


 実は彼はスキルの持ち主なのだ。スキル名は『虫の知らせ』。

 その能力は、危険な場所や危険な相手を前にすると何だか不安になる、というものだ。

 フロリーナの持つ『観察眼』の下位互換のようなスキルと言える。

 そう聞くと何だか微妙な能力のようだが、任務に危険が付きまとう軍隊という組織において、そのスキルの効果は決して馬鹿に出来ない。

 実際に彼の能力は彼の上司に大変重宝されていた。

 彼が若くして班を任されている事からもその信用の程が窺えるだろう。


 その彼のスキル:虫の知らせが、かつてないほどの警鐘を鳴らしていたのだ。


 先日、迷宮騎士(ダンジョンナイト)の一群に相対した時、彼は「これ程俺のスキルが不安を感じさせたのは初めてだ」と驚き、その場を逃げ出したくなった。

 

 だがそれすらも今、この瞬間と比べるとまるで比較にならない。

 スキルは頭が割れそうな程ガンガンと警鐘を鳴らし、一瞬でも早く、一歩でも遠くこの場を逃げ出すように彼に訴えかけている。

 この一見無害そうな男のどこにそれほど恐れる要素があるのか、彼のスキルはまるでバッタリ死神にでも出会ったかのような強烈な反応を示していた。


 死神・・・ いや、まさか?!


 自分の思い付きに彼の背筋が凍り付いた。

 確認しなくては。だがもしこの男に肯定でもされれば自分は正気を保っていられるだろうか?

 班長は緊張で自分の喉が引きつるのを感じた。


「貴様・・・もしや原初の邪神なのか?」


 班長の言葉に部下達がギョッと目を剥いて硬直した。


 男からの返事は無かった。

 長い長い時間が流れた。

 いや、実際は僅かな時間だったのだろう。

 最悪の予感に班長は戦慄を隠せなかったが、どうやら男は単に質問の意味を図りかねていただけだったようだ。


「俺は人間だ。名前はハルト。この町でダンジョン夫をやっている」


 部下達から大きなため息が漏れた。

 ホッとした空気が流れる中、しかし班長のスキルは未だに激しく警鐘を鳴らし続けている。

 そう。彼のスキル:虫の知らせはハルトの内包する力――階位(レベル)カンストの膨大なステータス値に反応しているのだ。


「そのダンジョン夫が何故こんな所にいる?」

「何故って・・・さて何故だろうな。全く、何で俺はこんな所にいるんだか」


 男の――ハルトの返事は要領を得なかった。

 まるで禅問答のような呟きの後、ハルトは目を伏せると、寂しそうな、胸の痛みに耐えるような表情を浮かべた。


「原初の神の事を心配しているなら大丈夫だ。神は別の世界に旅立った。今はその世界で別人になって平凡な人生を送っているはずだ。この世界にもう神はいない。俺達は神に取り残されたんだよ」

「? どういう意味だ? お前は何を知っている?」


 班長の言葉にハルトは小さくかぶりを振った。


「事情は説明しよう。だがその前に水をくれないか? 見ての通り俺は丸裸だ。ずっとケガをして動けなかったんだ。ようやく歩けるくらいには治療出来たが、この数日何も食べていない」

「・・・分かった。付いて来い」


 班長は悩んだ末、この一件は全て上役に任せる事にした。

 これ以上事情を聞いても、彼の立場では何も判断出来そうになかったからだ。

 部下達はハルトの話が気になっている様子だったが、末端の兵士が事情を知り過ぎてもロクな結果にはならない。

 班長はこれ以上は何も尋ねる気は無かった。

 彼は上司にハルトの身柄を引き渡し、一人になった後、隠し持っていた酒を煽ってようやく恐怖から解放されたのだった。


 こうしてハルトはダンジョンで保護された。彼の身元を確認するためにボスマン商会へ連絡が飛び、サンモとティルシアが帝国軍の陣地まで呼び出される事になるのだった。

次回「最終話 ダンジョン夫ハルト」

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