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その14 ウサギ獣人ティルシア 戦闘

◇◇◇◇ウサギ獣人ティルシアの主観◇◇◇◇


「あの3人がご主人様についた護衛の者達です。」


 ここは中層へと向かう階段の途中。

 私達は小さな踊り場のような場所で休憩をしていた。

 そこに現れたのが代官の屋敷にいた鼻持ちならないキザな男。

 確かヴォボルニーク家の三男とか言っていたが、要はデ・ベール商会の使い走りだ。

 高価なミスリルの装備をこれ見よがしに身に着けている。


 ヴォボルニーク三男は、マルティン様の護衛をしていた3人の男以外をこの場から下げた。

 どうやら今回の実行犯はこの3人とヴォボルニーク三男の4人だけのようだ。

 他の駐留兵達は事情も知らないまま駆り出されていただけなのだろう。


 マルティン様がヴォボルニーク三男と会話をして何とか情報を引き出そうとするが、彼の話す内容はどうにも要領を得ない。

 どうも精神的に我々と違う世界で生きているようだ。

 ハルトも聞くに堪えない会話に我慢の限界の様子だ。

 もちろん私だってそうだ。


「ご主人様、そろそろよろしいのでは?」


 私は立ち上がるとマルティン様を促した。

 仕方がないね。という表情でマルティン様が頷く。


 その時、私のウサギ獣人の長い耳が、中層から聞こえてくる悲鳴を拾った。

 いや、この場の全員が聞こえていたようだ。

 全員の目が階段の上に向けられた。


「どけ!」


 それは突風だった。


 ハルトの座っていた場所から、ドン! という音が聞こえたかと思えば、彼の前に立っていた男が恐ろしい勢いで吹き飛んで壁に叩きつけられた。

 壁に男の血の花が咲いた。

 どんな勢いで叩きつけられたのか、男はしばらくの間壁にへばりついていたが、やがてズルズルと階段まで滑り落ちた。


 調べるまでもなく即死だった。


「きゃあああああああっっ!!」


 ヴォボルニーク三男が金切り声で悲鳴を上げた。

 私はマルティン様に目くばせする。

 荒事に慣れていない彼の顔色は良くない。

 だが、何か良くない事態が起きているのは分かったのだろう。マルティン様は護衛である私の判断に任せることにしたようだ。

 マルティン様は力強く頷いた。


中層(うえ)で何か起こっているようです。いつでも下の階に戻れるように注意をしながら確認に向かいましょう。」


 ヴォボルニーク三男が何かわめいていたが知ったことか。私達は注意深く階段を上がった。

 結局、ヴォボルニーク三男達も私達の後に続いているな。本当にコイツは何がしたいんだ。


 そして中層で我々が見たものは・・・


「ひいっ! なんだこれは!」


 ヴォボルニーク三男が裏返った声で叫んだ。

 行きと違い、何故か薄暗い階層に蠢く壁、渦を巻くように波打つ床。

 ザワザワという音に加え、グチャグチャと何か咀嚼するような音。

 それは、あまりに多すぎて個体の確認もできないほどの、モンスターの大群だった。



「下がってろ! 小型種に穴と言う穴から入りこまれるぞ!」


 思わず息をのんで立ち止まった私達にハルトの警告が叩きつけられた。


 私はハルトの言葉でモンスターの正体に思い当たった。

 これは6階層で最も注意が必要なモンスターと言われている群体百足だ。


 だが、これほどの数がどこにいたのだろうか?

 6階層のすべての群体百足がここに集まっているのかもしれない。

 この場にいる全員がおぞましさと恐怖に固まった。


 いや、ハルトだけは違っていた。


「俺が階段の入り口に陣取って、入ってくるヤツを切り殺す。ある程度数を減らした後はうって出て根切りにする。」


「そんなことできるものか!!」


 やはりうるさいヴォボルニーク三男だが、今回ばかりは私も同意だ。

 コイツらと戦う? 川の水を飲み干そうとするようなものだ。

 だが、意外にも私達の中にハルトの言葉に同意する者がいた。


「彼に任せるんです。」


 マルティン様だ。


「彼の今の階位(レベル)は23です。」




 その時確かにその場の時間は止まっていたと思う。

 あまりに突拍子もない話を聞かされて、脳が言葉の内容を理解出来なかったのだ。

 コイツはこの状況で何を言っているんだ? ヴォボルニーク三男達はそう思っただろう。

 だが、私は違う意味で固まっていた。

 私はマルティン様が「鑑定」のスキルを持っていることを知っている。

 だから、ここに至るまでの、ハルトに関するあらゆることが、今の一言で繋がったのだ。


 なぜハルトは、あんなに高価な装備を持っていたのか。

 なぜハルトは、ダンジョンを奥に進むほど力が満ちていったのか。

 なぜハルトは、持ちきれないほどの保存食を持ち運び、頻繁に口にしていたのか。

 なぜハルトは、身体能力は高くても戦闘の技量は低いのか。

 そしてなぜ、マルティン様はハルトを見た時にあれほど怯えたのか。


 高価な装備は高い階位(レベル)を生かして、ハルト自身がダンジョンの奥で集めた物だろう。

 私と出会った時にハルトが階位(レベル)1だったのは間違いない。荷物を持つのも苦労していたし、私にはそのくらいの事は彼の動きを見ていれば大体分かる。だがハルトは、この階層に来るまでのモンスターとの戦闘で急速に階位(レベル)を上げたのだ。

 階位(レベル)が上がると、その階位(レベル)に応じた体に作り替えられる。普通十分な食事と睡眠を取っている間に行われることだが、彼の場合、おそらくは戦いが終わった直後から急激にその変化が起こるのだ。

 技能が低いのも当然。低階位(レベル)の身体能力で高階位(レベル)の身体能力を必要とする訓練は出来ない。いや、実際はそのための知識さえあれば十分可能なのだが、仲間もいない上に他人を信じないハルトは、今までその方法を学ぶ機会が無かったのだ。

 そして彼の階位(レベル)を、自身のスキル「鑑定」で見てしまったマルティン様が怯えたのも当然だ。

 目の前に野生のドラゴンが現れれば私だって恐怖に震えるに決まっている。


 そう。おそらくハルトのスキルは


”誰よりも急速に階位(レベル)を上げることが出来るが、同時に急激に階位(レベル)が下がる”


 というものに違いない!




 群体百足とハルトとの戦いが始まった。

 誰もが固唾をのんで、階位(レベル)の限界と言われている階位(レベル)10を超えた彼の戦いに注目した。


「え~っ。」


 しかし、ハルトとの戦いは私達の予想の斜め上を突っ切っていた。

 何というか、「戦士として憧れを持てない戦い方」、というか、もっと素直に、「カッコ悪い」、と言えば良いのか。


「きっ・・・貴様、マジメにやらんかぁあ!」


 ヴォボルニーク三男の言いたいことは分かる。

 が、ハルトの動きを良く見ていれば、決して彼がふざけているのではない事は見て取れるのだ。

 ハルトは今まで同様、一切の無駄の無い的確な動きをしている。

 ただその動きが、素早くクネクネしているというか、地団駄を踏んでイヤイヤをしているというか・・・

 どうにも見ていて気の抜ける、冴えない戦い方にしか見えないだけなのだ。


 だが、ある意味これは仕方のないことなのかもしれない。

 今の彼のしていることはモンスターとの戦いというより害虫駆除だ。

 もちろんモンスターは害虫と呼ぶには危険すぎる。だが、彼の階位(レベル)にすればこの程度のモンスターなどただの害虫にすぎないのだろう。


 不意に私の肩が叩かれた。

 マルティン様だ。

 しかし、実際に叩かれるまで全く気が付かなかったとは。

 どうやらハルトの戦いに気を取られすぎていたようだ。


 マルティン様は無言で階段の下を指差した。

 私は頷くと、二人でそっとこの場を離れる事にした。




 私達は深層の手前まで階段を下りて来た。流石にここまで来れば中層の喧騒も届かない。


「ーーハルトの事をどう思った?」


 そうマルティン様に聞かれたので、ハルトとの出会いやその後のいきさつをざっと説明した。

 ハルトは他人を信用しないが、性根は悪くないヤツだ。

 本人も無意識の行動だろうが、人を気遣うところもよく見せる。

 今の環境のせいでやさぐれてしまっているが、彼本来の性格は穏やかなお人良しなんだろう。


 最後にハルトのスキルについての私の考えも説明した。


「驚いた・・・僕が「鑑定」で得た情報と大体合ってるよ。ティルシアってこういうことだけ(・・)は聡いよね。」


 私の意見をマルティン様が感心する事は滅多に無い。私は少し良い気分になった。

 ただし”だけ”が付いたのは少々気になる所だ。


「君の方に彼に対して思うところが無いのなら問題無いかも。」


 思うところどころか、戦士としては尊敬できる部分も多い。

 あれほど効率良く戦うためには、さぞ数多くの戦闘をこなして来たのだろう。

 階位(レベル)が低い時には自力で立ち上がれないほどの荷物を背負って、一人でダンジョンに挑み続ける姿を想像するだけで胸が熱くなる。

 我々ウサギ獣人というのはそういう生き方に燃えるのだ。


「なら、今後は僕じゃなくて彼の護衛に付いて欲しいんだ。」




 マルティン様は私に説明した。


 今後この町にボスマン商会が出店する際に、マルティン様はハルトにダンジョン関係で色々と仕事を回したいと考えているそうだ。

 もちろん彼の秘密が漏れないように細心の注意は払うが、それでも彼に危険が増えるのは間違いないだろう。


 ダンジョンの中であれば、彼に危害を加える事が出来る者はいないはずだ。

 そんな彼だが、ずっとダンジョンの中にいるわけにはいかない。

 だが、彼は町の中では最弱だ。彼を守るための人間が必要だ。


「ちょっとした行き違いがあったようだけど、日本人としては獣人にキツく当たることはないはずだし・・・。やっぱり君が護衛するのが最適だと思う。」

「ご主人様の護衛はどうされますか?」

「この件が片付けば僕は一度王都に戻る。その際に君の奴隷契約を破棄するから、君はすぐにこの町に戻って欲しい。」


 私の仕事は、当面はハルトの護衛と、彼とボスマン商会との橋渡し。

 まあ、悪い話ではない。私もなんだかんだと言って彼が気になるのだ。


「後で時間を作って彼には説明しよう。」

「お願いします。」


「話し合いは済みましたかな。」


 私達の背後から、何やら気取った声が掛けられた。

 この短時間で精神を立て直したんだな。さっきまではあんなに見苦しく取り乱していたのに。


「では今度は私と語り合って頂きましょうか。言葉ではなくコレ(・・)でね。」


 階段の上から私達を見下ろしているのは、剣を手にしたヴォボルニーク三男とその手下だった。

次回「ウサギ獣人ティルシア 決着」

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 『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』

 『私はメス豚に転生しました』

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