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その32 命乞い

 俺の前に現れたのは妙齢の美女。

 俺が神の巫女と呼ぶ、原初の神のアバターである。


 地面でのたうつ俺は、まるで陸にうち上げられた魚のように喘いだ。

 俺は肉体的苦痛すら伴う精神的な苦痛に、今や発狂寸前であった。


 美女が俺を見つめると、それだけで俺の周囲の闇が晴れ、俺の負担は軽くなった。

 どうにか息が出来るようになった俺は、横になったままヒューヒューと喉を鳴らした。

 涙がとめどなく流れ、視界がぼやける。


 いっそのことこのまま死んでしまいたい。

 そんな後ろ向きな考えが俺の頭を占めた。


 だがそうはいかない。


 俺は膝を付いたまま体を起こした。

 正座のような形だ。

 まだ立つ事が出来なかったのだ。


「無理を承知で頼みがある」


 神の巫女は俺の言葉に何の反応も示さない。

 だがこれはいつもの事でもある。

 俺は慎重に言葉を選んで話を続けた。


「この世界の命を滅ぼすのを待ってくれないだろうか?」


 その瞬間、俺の周囲の闇が蠢いた。

 神の不興を買ったのだ。

 美女の眉間には浅く皺が寄っている。

 それだけで俺は背中に氷柱を差し込まれたようなおぞ気を感じた。


「待ってくれ! お前に復讐を諦めろと頼んでいるわけじゃない! ほんの百年、ほどでいいんだ! 俺の今までの働きに免じて、俺と俺の周囲の人間が死ぬまででいい! 俺に猶予をくれないか?!」


 そう。これが俺の考えていた策。

 作戦とも言えない作戦。

 今までの俺の貢献の代償に、俺達が死ぬまでの間だけでも命乞いをする。

 そんな惨めで意地汚い策だ。


 もちろんこんなものは問題の先送りでしかない。

 呆れるほど身勝手で情けない策だ。当然ティルシア達には言えない。

 だが俺にはどうやってもこれ以上の妥協を、原初の神から引き出せる気がしなかったのだ。


 原初の神は苛立っているようだ。

 俺は恥も外聞も無く地面に額をこすり付けて懇願した。


「頼む! お前が復讐を果たしたい気持ちは分かるつもりだ! だが悠久の時を生きるお前だ。俺達が死ぬまでの時間を待つくらいどうって事はないだろう? それとも俺の働きはその程度の価値もなかったのか?!」


 原初の神の苛立ちはついに物理的な圧力を伴い始めた。

 暗闇が暴風のように荒れ狂い、俺は背中に火箸をあてられたような鋭い痛みを感じた。

 ヒヒイロカネの鎧があっけなく切り裂かれ、ボロボロになって吹き飛ばされた。


 原初の神に俺を痛めつける意思はないのだろう。

 ただ抑えきれない感情の余波がこの空間に物理現象となって現れて、ちっぽけな俺という存在を翻弄しているのだ。


「ぐっ・・・た・・・頼む。この通りだ・・・」


 俺は息も絶え絶えに言葉を絞り出した。

 全身を襲う痛みに今にも意識が遠のきそうだ。

 予想していたとはいえ、カンストの階位(レベル)など神の前では何の役にも立たない。

 いや、カンストしていなければ最初の恐怖に耐える事すら出来なかったかもしれない。


 神は随分と長い間迷っていたようだ。

 いや、俺が苦痛に耐えていたからそう思っただけで、実はものの数秒だったのかもしれない。


 嵐が止むと共に神の巫女は姿を消した。


 その瞬間俺は悟った。


 俺は失敗したのだ。




 原初の神は俺の前からアバターを消した。

 それはすなわち、これ以上俺と意思の疎通を続けるつもりが無い、という意思表示に違いない。

 俺は交渉に失敗したのだ。

 この世界の命は終わる。

 この世の終わりだ。


 その瞬間、俺は立ちあがった。

 自分でも何をしようとしていたのか分からない。

 頭にカッと血が上った俺は、焦りの衝動に突き動かされて足を前に踏み出した。

 その時、最後に残った鎧がはげ落ち、俺は下着だけの無防備な姿になったのだが今はそれはいい。

 どうせこの期に及んでは鎧なんて何の役にも立たないのだ。


「待ってくれ! もう一度! もう一度俺の話を聞いてくれ!」


 俺は手を伸ばした。

 ついさっきまで神の巫女のいた空間だ。

 そこで俺は何かを掴んだ。

 後で思えばそれは神の巫女のデーターの残滓のようなものだったのかもしれない。


 俺は無我夢中でそれ(・・)を引き寄せた。

 今までの俺なら絶対にやらなかった無茶な行為だ。

 神はエネルギー生命体と言える存在だ。情報は一部とはいえある意味では神そのものでもある。

 そんな膨大な情報に手を出すなど、海の水を飲み干そうとするようなものだ。

 いや、海よりもタチが悪い。何せ相手はこの世界そのものといってもいい存在なのだ。

 俺達人間が手を出して良いような存在ではない。

 太陽に裸で飛び込むような行為なのだ。


 だが混乱していた俺はついにそのタブーに手を出してしまった。


 その瞬間、溢れる情報に俺は精神のみならず、体までもズタズタに引き裂かれた。


 骨が砕け、内臓が破裂し、毛細血管が破れて全身から血を噴き出した。

 だがそんな肉体の苦痛すら、俺の精神の受けた苦痛に比べればまだマシな方だった。


 気が狂わなかったのはただの幸運だった。

 おそらくもう一度同じことをすれば、今度は間違いなく正気を保つ事は出来ないだろう。

 ショック死すら普通にあり得る。


 それほどの犠牲を払い、俺は遥か昔、原初の神の受けた仕打ちの真相を知る事が出来たのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 何も無い空間に原初の神は生まれた。

 その空間は本当に何も無かった。

 空間は全てが原初の神であり、原初の神がその空間全てだった。

 もしもこのままでいれば、時間の概念も無いその空間で、原初の神はまどろみの中、やがて小さく冷えて死んでいただろう。


 それはただの偶然だった。

 原初の神は自分という存在を表す概念を欲した。

 神は自身に名前を付けた。


 フォス。


 こうしてこの宇宙は誕生した。

 それはビッグバンであり、宇宙の産声だった。


 宇宙の広がりと共にフォスは次第に複雑な思考を可能とした。

 フォスは自身の中心をこの惑星に定めた。

 とはいえ定めただけで、特に何をする事もなかった。

 この宇宙にいるのはフォスだけ。フォスには向上心も無ければ、見栄えを気にする自尊心も無かったのだ。


 フォスの知能がある一定のレベルを超えた時、彼女は自分の宇宙以外にも別の宇宙の存在がある事に気付いた。


 彼女は衝動に突き動かされるまま、その宇宙に手を伸ばした。

 フォスに初めて好奇心という感情が芽生えた瞬間である。


 そして彼女のこの無邪気な行動は最悪の結果を招く事になるのだ。

次回「滂沱の涙」

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