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その29 死闘

 俺はイグアナのようなモンスターの首を掻き切った。

 赤い体液をまき散らしながら暴れるイグアナモンスターから距離を取る。


「やったか?!」


 うっかり敗北フラグを立ててしまった俺だが、どうやら現実には創作物のお約束は適用されないようだ。

 イグアナモンスターはすぐにぐったりと力を失った。

 死に真似ではないのは、丁度俺の階位(レベル)が上がった事からも間違いない。

 このレベルのモンスターともなれば、平気で死に真似から不意打ちをしてくるため油断は出来ないのだ。


「今ので階位(レベル)33か。以前この階層に来た時には確か46だったか」


 俺はヒヒイロカネの鎧の中に入り込んだモンスターの血に不快感を感じながら呟いた。

 全身スーツのようにピッチリと俺の体を覆いつくしているヒヒイロカネの鎧だが、正確に言えば部分的に穴が開いている。

 いわゆる空気穴のようなものだ。

 これがなければ空気の逃げ場がなくなるので、汗で蒸れてサウナスーツのようになってしまう。

 だから文句をつけるつもりはないのだが、たまにその穴からモンスターの血や毒液が入り込んでしまう事がある。

 この鎧の数少ない欠点だ。

 穴が無ければ無いで困るので、どうにも痛し痒しである。


 俺は背中の荷物から保存食を取り出して齧った。

 安定の不味さだが、階位(レベル)が上がった後は体がカロリーを必要とするので、我慢して食べる他ない。


 ちなみにヒヒイロカネの装備の魔力消費だが、階位(レベル)30前後くらいから負担にならなくなっていた。

 最悪、時間を消費してでもミスリルの装備を探さないとマズイかも、と思っていた所だったので非常に助かった。

 今では何不自由なく使えるようになっている。

 むしろこんな便利な物を今まで使っていなかった事を後悔しているくらいだ。

 やはり関節部分にまで装甲があるのがデカイ。

 高レベルのモンスターはこっちの弱点を積極的に突いて来るからな。

 ザコ相手のレベリングをせずに先に向かっている今、そこを気にせずに戦えるのは非常に助かっている。




 俺は階段の先の景色を見て呟いた。


「やはり階層が増えていたか・・・」


 前回は六十階層が最下層だったが、当然のように今回は最下層に通じるあの扉は無かった。

 予想通りとはいえ憂鬱な気分になるのは抑えられない。


 ましてや六十階層から明らかな死臭が漂っているのだからなおさらだ。

 どうやらここからは四十階層台同様、アンデッド系のモンスターが徘徊しているようだ。


 俺のスキル:ローグダンジョンRPGの弱点に、階位(レベル)が上がった分だけカロリーを必要とする、というものがある。

 そうでなくても不味い保存食なのに、アンデッドの臭いが漂う階層で食わなければならないのだ。

 これで憂鬱な気分になるなと言う方が無茶というものだ。


 俺は階段で水を一口飲んで覚悟を決めると、腐臭漂う階層へと足を踏み入れた。



「ここは・・・墓地か?」


 地下墓地とでも言えばいいんだろうか。

 もちろん実物は見た事が無いが、映画やゲームでお馴染みの地下墓地の景色がそこには広がっていた。


 ダンジョンRPGというよりもまるでホラーゲームのようなロケーションだな。


 ガタン


 石で出来た棺桶の蓋が動いた。

 その音が呼び水になったかのように、あちこちで石棺の蓋が動く音が続く。

 これは本格的にホラーゲームになったらしい。


「予想通りのベタな展開――えっ?!」


 石棺から立ち上がったのは半ばミイラ化したアンデッド系のモンスター。

 それは別にいい。むしろこのシチュエーションでそれ以外の物が出て来た方がおかしいと言えるだろう。

 だから俺が驚いたのはそこ(・・)じゃない。


 そのミイラの姿に見覚えがあったからだ。


「お前・・・まさか剣鬼か?!」


 その長い髭にミスリルの装備。

 そこにいたのは俺がダンジョンで殴り殺した剣鬼・クラーセンのミイラ化した姿だったのだ。



 剣鬼のミイラ? いや、そんなはずはない。

 剣鬼の死体はダンジョン調査隊のヤツらが持ち帰ったはずだ。

 だからここにいるのは本物の剣鬼じゃない。

 剣鬼の姿を模したアンデッド系のモンスターだ。


 動揺して立ち尽くす俺を、剣鬼のミイラは胡乱な目でねめつけた。

 まるで剣鬼本人がやりそうな仕草だ。

 その光景に俺は激しく混乱してしまった。


「ああん。テメエはハルトか」

「喋るのか?!」


 まさかモンスターが喋るとは?!

 いや、シュミーデルの町のアグネスという例もある。

 彼女はゴーレムでありながら、まるで人間そのものに喋っていた。

 だから喋るのはいい。それよりも問題は、剣鬼が”俺をハルトだと認めた”というところだ。


「お前、まさか記憶があるのか?!」

「記憶だあ? ああ・・・いや分かんねえ。覚えているような覚えていないような。そうか、俺は死んだのか」


 姿ばかりか記憶まで再現しているのか? デタラメだ。


 良く見ると周囲の石棺から立ち上がっているのは騎士の恰好をしたミイラ達だ。

 ひょっとしたら彼らはダンジョンで死んだ王弟軍の騎士達なのかもしれない。


 この階層はダンジョンで死んだ者がアンデッド系モンスターとなっている場所なのか。


 いや。そもそも、死者をモンスターとして生き返らせる事など、神の力をもってしても可能なのだろうか?

 やはり彼らは死者の記憶を模したモンスター。そう考える方が自然かもしれない。


 騎士のミイラの後ろには禿頭のダンジョン夫のミイラの姿も見える。

 あれはシュミーデルの町のギルド荒野の風のリーダー・ケヴィンに違いない。


 他のダンジョンで死んだ者すら蘇らせるのか。


 いや、全てのダンジョンは高次元的には原初の神と繋がっている。

 そう考えればここにケヴィンのモンスターがいても何ら不思議はない。


 その時、剣鬼がヒラリと石棺から飛び出した。


 まるで体重を感じさせない、その鮮やかな動きに俺は目を見張った。


「おいおい。こんな半分腐った体のくせしやがって、生きてた時よりはるかに良く動くぜ。スキルは・・・ああ、スキルは無くなっちまったんだな。でもいいや。今の俺なら全盛期の頃の俺だってぶった切れるのは間違いないぜ」


 剣鬼は腰の剣を抜くと軽く振った。

 驚くべきことに、無造作に振ったその剣で剣鬼の石棺はあっという間に切り刻まれてバラバラになってしまったのだ。


 ダンジョンは剣鬼を記憶と共に複製したばかりか、その能力までも底上げしているのか!


「この剣も最高だ。赤い剣。ミスリルじゃねえな。けど俺の持っていたミスリルの剣よりも良く切れやがる」

「・・・俺はヒヒイロカネの剣と呼んでいる」

「ヒヒ、何だって? まあ名前なんてどうだっていいや」


 剣鬼は剣の切っ先を俺に向けた。

 たったそれだけの動作が、一分の隙も無く恐ろしい程完成されていた。


 剣鬼の異名は伊達ではない。


 この恐ろしい達人の存在感に、俺は思わず気圧されてゴクリと喉を鳴らした。

 俺はここに来るまでに十分に階位(レベル)を上げなかった事を心底後悔した。


「俺はお前に殺されたんだろ? よお。リベンジマッチといこうぜ」


 剣鬼の言葉をきっかけに、騎士達が次々と石棺から出て来た。

 その中には当然ケヴィンの姿もある。


 俺は死闘の予感に、構えた剣の切っ先が震えるのを止める事が出来なかった。

次回「少女達の戦い」

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