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その27 お守り

 上層へと向かう俺達の足取りは重かった。

 それは俺達の別れ――おそらくは今生の別れを意味するものだからだ。


 俺は何度もティルシアに言葉をかけようとしてその度に思いとどまっていた。


 今更何を言えばいいんだ?


 必ず帰って来る? 最後にそんな軽はずみな約束をしてもいいんだろうか。

 愛している? ・・・いや、それはちょっと。今は何となく治まっているが、先程のシャルロッテの一件もある。

 こんな場面で蒸し返すようなマネはしたくないな。


 そんな事を考えている間にも俺達の歩みは順調に進み、ついに上層――三階層へと向かう階段にたどり着いた。


 ああ。ついにここまで来てしまったか。


 自分で言いだした事とはいえ、実際に彼女達と別れて一人で最下層を目指すとなれば未練も出る。

 俺は何となく階段の出口で立ち止まってしまった。


 ティルシアとシャルロッテも俺と同じ気持ちなのだろうか?


 俺達三人は階段の出口で黙って立ち尽くしていた。




 誰か何か言ってくれないだろうか?

 こうして誰も口火を切らないまま、時間だけが流れていった。


 いや。ここは俺が言うべきか。


 チーム・ローグは俺がリーダーらしいからな。

 俺なんかよりもティルシアの方がよっぽどリーダーに向いている性格だと思うが。


「あー、二人共。良く今まで付いて来てくれた。シャルロッテはともかく、ティルシアも深層以降は初めてだったがどうだったか?」


 俺は一体何を言っているんだろうな。

 結局、俺の口を突いて出たのはダンジョンに関する話だった。


 しかしそれが良かったのかもしれない。二人に「仕方が無いなあ」といった弛緩した空気が流れた。


「こんな時にもダンジョンの話か? ハルトらしいといえばらしいか。どうかと聞かれても、モンスターは全部お前が戦っていたからな。せっかくの新しい装備を生かす機会が無くて残念だよ」

「アタシはハルトの戦いっぷりに驚いたよ。スキルの事は聞かされてたけど、これほどだったなんてね」


 二人は俺の話に乗ってくれた。

 俺はホッとしながら頷いた。


「そうは言うがティルシア。装備なんて役に立たないに越した事は無いんだぞ。今じゃお前もダンジョン夫なんだから戦いは避けるようにしないとな」


 ティルシアはマルティンのところを辞めたそうだ。

 今後はダンジョン夫の仕事一本に絞って食っていく事になる。

 ダンジョン夫の仕事では余計な戦いは基本的にはNGである。

 俺達は戦士ではない。ダンジョンの資材を採取する鉱夫のような仕事なのだ。


「でもティルシア姉さんがダンジョン夫の仕事をしようにも、ハルトが神様を説得出来ないと――あっ」

「「・・・・・・」」

「ご・・・ごめん。アタシつい・・・」


 シャルロッテは申し訳なさそうにしているが、彼女は何も悪くない。俺達が目を反らしていた事実を言っただけだ。

 休憩の時間は終わり。そういう事だ。


「そうだな。シャルロッテの言う通りだ。俺が何とかしないとな。じゃあそろそろ行こうか」

「あっ! 待ってハルト!」


 俺は振り返って歩き出そうとしたが、ティルシアの声に足を止めた。




 俺を引き留めたはいいが、ティルシアは何かをためらっている様子だ。

 一体どうしたんだ?


「どうしたティルシア。まさかまた一緒に行きたいなんて言い出すんじゃないだろうな?」

「そっ・・・そんな事は無い! そうじゃなくて・・・ええい、もういい!」


 ティルシアは真っ赤になると腰のポーチから何かを取り出した。

 これは色鮮やかな――組みひもか?


「これはウサギ獣人の女が戦場に向かう男に渡すものだ。ハルトにはいらないかもしれないが、どうせ邪魔にならないものだから受け取ってくれ」


 話を聞いてみると、どうやらウサギ獣人に昔から伝わるポピュラーなおまじないらしい。

 戦場に向かう男に残った女が渡す物で、この組みひもを手に巻いておくと、命の危険の時に切れて一度だけ身代わりになるらしい。

 要はお守りのようなものだな。

 女は男の無事な帰りを祈りながらひもを編むそうだ。


「いらないなんて事はないさ。ありがたく受け取るよ」

「そ、そうか! これは利き腕に巻くんだ。自分では巻き辛いだろう? 私が巻いてやるよ」


 ティルシアはいそいそと俺の手に組みひもを巻いた。

 色鮮やかで見た目は元の世界にもあったミサンガのような感じだ。あれは確か切れた時に願いが叶うんだっけか?


 ・・・これって彼女や奥さんがいるという目印なんじゃないだろうな。


 外で男が浮気をしないように、良く目立つ場所に所有者がいるという印を付けられているなんて事はないよな。

 男の方も、いざという時のお守り、と言われては断り辛いだろうし、案外ありそうな話だ。


 まあいいか。それでも何の問題も無いし。


 浮気どころか、今から俺が向かう先にはモンスターと原初の神しかいないのだ。

 嬉しそうなティルシアのためにも、ここは変な勘繰りはせずに素直に好意として受け取っておこう。


「なあハルト」

「何だ?」

「絶対に戻って来てくれるよな」

「もちろんだ」


 そんなティルシアの態度にほだされたからだろうか。

 俺はウソ偽りのない素直な気持ちで、彼女に「絶対に戻る」と告げる事が出来たのだった。




 それは突然だった。

 ダンジョンを細かな振動が襲ったのだ。


「どうしたハルト?」


 俺の緊張にこわばった顔を見て、ティルシアが不思議そうに問いかけた。

 というより、お前はこの振動に気付いていないのか?

 俺はシャルロッテの方を見た。彼女もキョトンとした顔で俺を見ている。


 彼女達はこの揺れを感じていない?

 つまりこれはまともな現象ではないという事だ。


 ダンジョンの階層が増えたのか!


 理屈ではなく直感だった。だが、唐突に思い付いたその考えが間違えているとは思えなかった。

 外で何かあったに違いない。

 考えられるのは帝国軍の敗北か?

 だが早すぎる。帝国は七万の大軍で挑んで来たという話だ。

 それ程の数の軍勢がたった一日でやられるものだろうか?


 しかし、もし俺のカンが正しかったとしたら・・・


「ハルト、どうしたというんだ?」

「今、ダンジョンの空気が変わった。マズい事が起こっているかもしれない」


 迷っている時間はない。俺は二人に自分の考えを説明した。

 シャルロッテは驚いている様子だが、ティルシアは平然としている。


「ハルトがそう言うならそうなんだろう。それでどうする?」


 お前・・・ いつも思うが、お前の俺に対するその信頼感はどこから来ているんだ?

 まあいい。今回はそのおかげで手間が省けた。

 実際にティルシアの様子を見てシャルロッテも落ち着きを取り戻しているからな。

 獣人のこういうところには助けられる。


「ハルト?」

「ああ、済まない。もし外で戦いの決着がついたのなら、偽迷宮騎士(ダンジョンナイト)共がダンジョンに戻って来るだろう」


 それこそすぐにでもダンジョンを埋め尽くしてしまうに違いない。

 そうなってしまえばお手上げだ。このダンジョンアタックは失敗に終わる。

次回「ハルトの決断」

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