その26 第二次スタウヴェンの戦い
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ハルト達、チーム・ローグのメンバーが順調にダンジョン内を進んでいたその頃、町の外では帝国軍と迷宮騎士の戦いが始まっていた。
帝国軍七万。とはいえその半数以上は、大軍を賄うための輜重部隊であったり、騎士の従者であったりで、純粋な戦力とは言い難い。
それに対するは、原初の神フォスの生み出した迷宮騎士約二千。
数の上では圧倒的に帝国軍が優位である。
しかしエンデ将軍はこの戦いを決して楽観視していなかった。
「大盾隊前へ!」
大きな盾をもつ騎士達がまるで定規で引いたように乱れなく一列に並んだ。
見事に訓練されたその動きから彼らの練度の高さがうかがわれる。
対して迷宮騎士は横一列に隊列を組み、腰に佩いた剣を抜いた。
ミスリルの白銀の輝きがキラキラと陽光を反射した。
「来るか! 槍隊用意!」
将軍は、まだ距離が十分にある、などと甘くは考えない。
迷宮騎士の能力は階位10に匹敵する、という情報もあるからである。
階位10の基礎能力がいかほどのものか、それを知る者はこの世界には存在しない。
――実際はこの町のダンジョン夫に階位10どころかそれを遥かに上回るハルトという存在がいるのだが、ここでそれを言っても仕方が無いだろう。
「将軍閣下! 迷宮騎士が突っ込んで来ます!」
「うろたえるな! 大盾隊、防御体勢! 槍隊――放てえ!」
雄叫びの一つも無く、無言で突撃して来る迷宮騎士。
その様子はこの世のものとは思えない何か不気味なものを感じさせた。
ある意味では原初の邪神の精鋭軍としてこれほど相応しい存在はないのかもしれない。
エンデ将軍の命令で攻撃開始の鐘が打ち鳴らされ、大盾隊が一斉に大地に大盾を突き立てた。
彼らの扱う大盾は下側が鋭く作られており、杭のように大地に突き立てる事で敵の突撃を受け止める仕様になっている。
彼らはこの状態で敵の騎馬隊の突撃すら危なげなく跳ね返す事が可能なのだ。
全員が高階位の騎士で構成された大盾隊ならではの大胆な戦い方である。
王弟ブルートの軍は床が岩のダンジョンの中で戦ったために、その性能を十分に発揮出来なかったが、本来大盾隊の持つ盾はこのような使い方をするのだ。
大きな雄叫びが上がると、大盾で作られた壁の後ろから槍投げ用の槍が投擲された。
空を黒く覆う程の大量の槍が迷宮騎士に襲い掛かる。
迷宮騎士は全身ハリネズミのようになって大地に串し刺しにされるかと思われた、が。
「ほぼ無傷か・・・」
エンデ将軍の呟きの通り、迷宮騎士は槍の雨をものともせずに一直線にこちらに突っ込んで来た。
そして高い身体能力を生かしてあっという間に大盾隊に肉薄すると――
ドドーン!
迷宮騎士が一斉に大盾の壁にぶつかる音が大地を揺るがせた。
しかし、大盾隊は良くこの突撃を受け止めた。
迷宮騎士はぶつかった勢いで大きく弾き返され、打ち所が悪かったのか、中には倒れて動けない者すら出る始末だった。
エンデ将軍は抜け目なくその様子を見て取った。
(やはり報告にあったように迷宮騎士の弱点は打撃か!)
王弟軍はただなすすべなくやられたわけではない。彼らは数多くの情報を持ち帰っていた。
その中には無敵と思われた迷宮騎士の弱点に関する情報もあったのだ。
「大槌隊用意!」
大盾隊が下がると、この戦いのために特別に編成された大槌隊が一斉に前に出た。
「突撃!」
オオオオオオオオッ!!
大槌隊の雄叫びが荒野の大気を震わせた。
「将軍閣下! 敵の騎馬隊が左翼に!」
「大槌隊下がれ! 大盾隊は前に!」
戦局は極めて悪かった。
打撃に弱いという迷宮騎士の弱点を突き、最初こそ優位に立っていた帝国軍だったが、邪神の軍には隠し玉が存在していたのだ。
それこそがミスリルの馬に跨る迷宮騎士。
迷宮騎兵である。
流石に間に合わせで作られたのか迷宮騎兵の数自体は多くは無い。
しかし、疲労知らずの彼らが戦場を縦横に駆け巡る事により、帝国軍は次第に苦しい立場に追い込まれていた。
タチの悪い事に迷宮騎兵は乗馬も騎士もミスリルの装備で全身を覆っている。
つまりは帝国軍においては大槌隊しかまともに彼らの相手をする事が出来ないのだ。
そして鈍重な大槌隊では騎兵相手の追撃は不可能だ。
帝国軍は迷宮騎兵相手に有効な手を打てずにいた。
「残りの迷宮騎士の数は?」
「行動不能に出来ているのはせいぜい三割から四割かと」
エンデ将軍は舌打ちを堪えた。
こちらは必死の思いで戦線の崩壊を防ぎながら戦っているのに、思っていたよりも戦果が上がっていなかったからだ。
「これ以上は限界かと思われます」
「分かっておる。全軍後退の合図を出せ。陣地に下がって防衛線を引く」
幸い作りかけとはいえ、すぐ後方の陣地には柵もあれば堀もある。
いくら相手がダンジョンのモンスターとはいえ、それらが騎馬隊に対して有効であるのは間違いない。
一旦持ち直して部隊を再編成する事は難しくないだろう。
そう判断したエンデ将軍は決して間違っていたとは言えない。
既に予備戦力も投入済みで、打てる手が残っていなかった事もある。
ほぼ丸一日戦い通して疲労の極みにある帝国軍に対して、迷宮騎士は未だに疲れを知らない。
このままでは戦線の崩壊は時間の問題だったのだ。
ならばこの場は引いて明日以降の戦いに備える。
まともな指揮官ならそう判断してもなんらおかしくない状況だった。
しかし、結果としてこの決断は帝国軍の敗走を招く原因となる。
疲れ果てた帝国軍は陣地に戻った。
見方を変えれば、町の外に広く布陣していた帝国軍が一ヶ所に密集したとも言える。
帝国軍の主力となる魔法隊。
彼らの使う魔法のスクロール。それはアーティファクトと呼ばれる、人類では再現不可能なダンジョン産の魔道具である。
そう。帝国軍の使う魔法は元々はダンジョンからもたらされたものなのだ。
ここでも彼らは長年の常識――モンスターは魔法を使わない――という常識に足をすくわれる事になる。
その夜、陣地の帝国軍に対して、迷宮騎兵達から無数のファイヤーアローの魔法が射かけられた。
迷宮騎兵自体は少数とはいえ、階位10相当のモンスターが生み出す魔法である。
ファイヤーアローはまるで横殴りの火の雨のように次々と帝国軍の陣地に吸い込まれていった。
魔力を使い切ったのだろう。迷宮騎兵は全員馬上でこと切れた。
魔法生物であるモンスターにとって、魔力は人間にとっての血肉のようなものなのだ。
モンスターが魔法を使わないのは使わないだけの理由があるのである。
もっとも、命令された通りに動く機械のような迷宮騎兵にとっては、己の命を削って魔法を使う事に何の抵抗もないようだが。
迷宮騎兵の払った犠牲は大きな戦果を上げた。
帝国軍の陣地は焼け、多くの将兵がファイヤーアローを受けて、あるいは火事の煙に巻かれて死亡した。
エンデ将軍は辛うじて部下と共に逃げのびる事に成功した。
だがこの日帝国軍の受けた被害は、帝国の建国以来初と言える程の膨大なものとなり、早急に部隊を立て直す事は最早不可能であった。
こうしてたった一日の戦いで帝国軍は敗れ去ってしまったのである。
このような結果になると誰が予想しただろうか?
そしてこの戦闘結果は、ダンジョン内のハルト達にも影響を与える事になるのだ。
次回「お守り」




