その13 ウサギ獣人ティルシア 合流
◇◇◇◇ウサギ獣人ティルシアの主観◇◇◇◇
深層となる7階層を徘徊するのは白いケムリのようなモンスターだ。
通路を漂うように現れたそのモンスターを発見するや否や、ハルトは自らモンスターの集団に飛び込んで、縦横無尽に武器を振るった。
「なっ・・・。」
驚くべきことに、ただの一度もモンスターに攻撃を当てさせない。
化け物じみた身体能力だ。
だが、ハルトの強さを受け入れた事で冷静に彼の戦いを見ることが出来るようになったからだろうか?
私は彼の技量はさほど洗練されていないという事に気が付いた。
確かにありえないほどの身体能力だが、もし私に彼と同じ身体能力があれば、私は彼と戦っても負けることは決してないだろう。
これは自惚れでもなければ負け惜しみでもない。
彼の動きは剣士としては素人丸出しなのだ。
畑で毎日草を刈っている農夫が、いかにその動きを極めても、人間を相手にして草と同じように相手の首を刈ることは出来ない。
その例えと同様に、”狩り”と”戦い”は本来似て異なるのだ。
以前別のダンジョンでマルティン様の階位上げを手伝った際、マルティン様はこう言っていた。
「コンピューター戦と対人戦はまるで別物だからね。」
その言葉の意味は分からないが、おそらくマルティン様と同郷のハルトには何か通じるものがあるのではないだろうか。
「!」
突然私の感覚に反応があった。
この通路の先にマルティン様がいる。
例えるなら、人が雑踏の中から知人の声を聴き分けるような感覚だ。
そして、一度その声に気が付いてしまえば、もう雑音に混ざってしまうことはない。
私は思わず通路を走った・・・が、すぐにハルトに追いつかれて捕まってしまった。
普段は冷静な私だが、咄嗟の時にはつい体が勝手に動いてしまうのだ。
私の良くないクセだ。
・・・で、ハルトよ。確かに私が悪かったが、これはないんじゃないか?
首根っこを掴まれて運ばれるなど、幼い頃に母親にされて以来なんだが。
「ご主人様!」
マルティン様の周囲には数えきれないほどのモンスターが群がっていた。
あまりの数に血の気が引いたのが自分でも分かった。
これは1人や2人で対処していい数じゃない。
もしここに、古巣の傭兵団を引き連れて来ていたとしても、私は誰かの犠牲を覚悟していただろう。
私の叫び声にモンスターが反応したようだ。
しまった!
普段はしっかり者の私だが、ほんの時々こういうポカをする。
よりにもよってこんな場面でやらかさなくても良かったろうに。
!
足が地面に着いた。そういえば忘れていたが、ハルトに首根っこを掴んで持ち上げられていたんだった。
くっ! なんて姿をマルティン様に見られたんだ。
おのれハルト。私の威厳が丸つぶれではないか。
そのハルトが私の横を風のように駆け抜けた。
ここに来るまでの戦いでもそうしていたように、モンスターの真っただ中に切り込んだのだ。
だが今までとは事情が違う。相手の数が多すぎるのだ。
飛び抜けた身体能力をもってしても戦いの場では数の暴力には抗えない。囲まれて袋叩きにされるだけだ。
「バカ! よせ! 数が違いすぎる!」
だが私の足は動かない。勇気が無い? いや、違う。絶対に死ぬと分かっている場所に飛び込むのは勇気とは言わない。ただの自殺だ。
せめてこの手にあるのが、こんな頼りないナイフではなく、それなりの武器であったなら。
しかし、私の予想を覆し、ハルトは驚愕の動きでモンスターの数を減らしていく。
ハルトの動きには無駄がない。
だが、それは裏を返せば、必然的にもらう攻撃はもらう、ということにもなる。
効率を求めすぎて、動きに余裕がないのだ。
私もマルティン様の考案された”ショーギ”でマルティン様と対局している時に言われた事がある。
「ティルシアの指し手は真っすぐすぎるよね。もっと複数の局面に対応することを意識ながら指した方がいいよ。」
・・・いや、私は”ショーギ”ではそうかもしれないが、戦いではちゃんとそうしているから。
ハルトは何度かモンスターの攻撃を受けた。
そのたびに私は悲鳴を上げたり息をのんだりしたが、彼の動きはこの戦いの最初から最後まで全く変わらなかった。
驚くべきことに、今日これまでで一番キレのある動きだった。
あれでもまだ、本気を出していなかったのか。
ハルトはどこまで私に底を見せないつもりなんだ。
「あの時の借りを返しに来た。」
「いきなりそれかい? もっと再会を喜ぼうよ。」
マルティン様はそんなハルトの鬼神の如き戦いに怯えを抱いているようだ。
これほどの戦いを目の前で見せられれば無理もない。
私は逆に恐れを通り越して呆れを抱いていた。
これほどまでに力の差を見せつけられてはもう呆れるしかないではないか。
驚くべきことにハルトは、いくつかモンスターの攻撃を受けていたものの無傷であった。
・・・正確にはひっかき傷のようなものは残っていたが。
白い亡霊の攻撃は防具を抜けてダメージを与えると聞いたが・・・
何か対抗する装備でも身に着けていたのだろうか。
マルティン様と合流した我々は中層への階段を目指した。
マルティン様の体力が心配だが、ハルトが言うにはこの階層のモンスターは壁を抜けてくることがあるらしいのだそうだ。
うかつな場所で休憩を取る事は出来そうにない。
ハルトが先行し、私がマルティン様の護衛に付く。
まあ、私の場合は本来の役割に戻っただけともいえる。
手に持つ武器の重みに思わず頬が緩んだ。
なかなか良い出来の鋼鉄製のレイピアだ。
傭兵団のころは一度も使ったことが無い武器だが、商会の護衛になってからは割と持つ機会が多い。
見るからにゴツイ武器は仕事相手に威圧感を与えるため、護衛の持つ武器としてはこの手のモノが好まれるのだ。
「ティルシアはホントにそういうの好きだよね。」
マルティン様が苦笑しながら私に言った。
いや、確かに歩きながらいろいろと構えを取っていたけど、マルティン様が思っているような理由じゃなく、剣の重心や全体のバランスを見るためにやってた事なんだが。
その後、ハルトとマルティン様の間にどこか緊迫した空気が流れたこともあったが、無事、私達は休憩ポイントとなる中層の階段へとたどり着くことが出来た。
次回「ウサギ獣人ティルシア 戦闘」