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その23 レミングの群れ

 俺達はボスマン商会を訪ねていた。

 一度は家に戻ったものの、大通りの商店が軒並み閉店中では食材の入手もままならない。

 そこでダンジョンにアタックするまでの間、ボスマン商会に厄介になる事にしたのである。


「もちろん構いません。マルティン様からハルト様の事は言い付かっておりますから」


 マルティンは帝都の本店に戻っているそうだ。

 現在この町のボスマン商会支店を預かるサンモは、俺達の滞在を快く受け入れてくれた。


「皆様はこの町を出て行かれないのですか? あまり大きな声では言えませんが、帝都では軍の編成もほぼ終わり、後は出立するだけとなっていると聞き及んでおります。大将は勇猛果敢との誉れ高いデル・エンデ侯爵閣下とか」

「デル・エンデ侯爵?! 皇帝陛下も本気なのだな・・・いや、王弟閣下が亡くなられたのだ。それも当然か」


 ティルシアは知っているようだが、俺には貴族の名前はさっぱりだ。

 そもそも侯爵というのはどの位偉いヤツなんだっけ?


 ティルシアは呆れ顔で俺に説明してくれた。


「五爵の第二位だ。本来はデル・エンデ侯爵ではなく、爵位名でネースケンス卿(ロード・ネースケンス)と呼ばれるのが正しい。ではなぜデル・エンデ侯爵が爵位名ではなく、家名で呼ばれているのかといえば、それは彼の父親の立てた武勲によるものだ。当時の皇帝陛下が――」


 熱心に説明してくれるティルシアには悪いが、俺の頭にはどうにも入ってこない。

 俺が右から左に聞き流しているのが分かったのだろう。ティルシアの機嫌がみるみるうちに悪くなっていった。

 俺は慌ててフォローを入れた。


「そのデル何とか侯爵がこの帝国では有名な大将だという事は分かったよ」

「・・・本当に分かっているのか? ハルト。お前はダンジョン夫の仕事に関しては熱心だが、自分が興味の無い事に対しては覚える気がなさ過ぎるんじゃないか? 前々から思っていたがそんな事だといずれ苦労するぞ」

「い、今まで俺の周りには学の無いダンジョン夫しかいなかったんだから仕方が無いだろう。これからは少しずつ覚えていくようにするよ」


 ティルシアのお説教が始まりそうだったので、取り合えず俺は下手に出ておいた。

 要はあれだろう。デル何とか侯爵は、織田信長で言えば柴田勝家、三国志で言えば関羽や張飛みたいな、国の軍事面を支える大将なんだろう。

 俺にだってそれくらいは理解出来るのだ。


 姐さん風をふかすティルシアに何を感じたのか、ボスマン商会のサンモは軽く驚いたように目を見張った。

 俺は話を誤魔化すためにサンモに尋ねた。


「いつ頃帝国軍が攻めて来るか分かるか?」

「私どもは商会ですので国の軍事行動の正確なところまでは分かりませんが、物資の動きから見てもうしばらくかかりそうかと」

「しばらく・・・マルティンはどのくらいだと言っているんだ?」

「――マルティン様は早ければ来月と」


 つまりは十日後か。随分と早いな。

 帝都からは五日程かかると考えれば、約二週間後には帝国軍はこの町に到着する事になる。

 そこでこの世界の運命は決まるのだ。


 もちろん帝国軍が勝利する可能性はゼロだ。これだけは断言してもいい。

 仮に帝国軍がまかり間違って偽迷宮騎士(ダンジョンナイト)共を殲滅出来たとしても(そもそもそんな事はあり得ないと思うが)、人間ごときが神をどうにかする事は不可能だ。

 そして原初の神はこの戦いで大量の”認知の力”を集めてしまうはずだ。

 下手をすればこの時点での完全復活すらもあり得る。

 そうなればその瞬間に世界は終わりだ。

 この惑星は命の狩りつくされた死の星となるだろう。


 帝国軍の勝利条件は、これ以上原初の神に”認知の力”を集めさせないようにするしかない。

 そのためにはこの戦いを絶対に長引かせてはならない。出来れば開戦早々一撃のもとに偽迷宮騎士(ダンジョンナイト)共を殲滅するようにしたい。

 その上で大陸の全ての人間に、迷宮騎士(ダンジョンナイト)恐れるに足らず、との認識を植え付けなければならない。

 そうして初めて原初の神は迷宮騎士(ダンジョンナイト)を使って”認知の力”を集められなくなる。


 だがここまでやっても、いや、やる事が出来たとしても、原初の神が”認知の力”を集めるのを阻んだだけだ。既に神が取り戻している力はそのまま残る事になる。

 危険は何一つ去っていないのである。


 今回の一件で神は人間を利用する術を覚えた。

 次に同様な事件が起こった時こそ、神は完全復活を遂げるだろう。


 もはや人類滅亡のカウントダウンは始まってしまったのだ。

 滅亡へのカウントを一時的に止めることは出来ても、数字を巻き戻したり、ましてや無かった事にするのは不可能だ。

 人類に出来るのは、わずかでも長く生き続けるために、破滅の時を引き延ばす事くらいしか出来ないのだ。



 ふと気が付くとティルシア達が俺をじっと見ていた。

 その表情には不安が浮かんでいる。俺は二人に心配されるほど思い詰めた顔をしていたんだろうか?


 まあこれ以上こうして考えていても仕方が無い。


 今は独自に動いている原初の神だが、そもそもの発端は俺がまいた種だし、自分が始めた事の決着を付けに行くだけだ。

 そう考えれば何も特別な話じゃない。

 ただその結果、一つの世界が滅び去ったり救われたりするだけなのだが・・・本当にどうしてこんな事になったんだろうな。


 俺はただ日本に――俺の生まれた国に帰りたかっただけなんだがな。


 俺は頭を振って気持ちを切り替えると、ティルシア達に振り返った。


「そういうわけだ。しばらくボスマン商会支店(ここ)で厄介になろう」


 二人は黙って頷いた。

 事前に相談して作戦の決行日は決めている。

 どうやらその日は二週間後になりそうだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 帝国軍が動き出した。

 その数何と七万人。

 わずか数日で集めたとは思えない程の大軍勢であった。


 総司令官は国の内外で猛将と名高いデル・エンデ侯爵。

 侯爵以下七万の軍勢は、一般の兵士に至るまで全員腕に黒い布を巻いている。


 喪章である。


 それ程までに王弟ブルート・デル・カレンベルクの死は帝国にとって大きかったのだ。


 七万の軍勢は粛々とスタウヴェンの町を――スタウヴェンのダンジョンを目指した。

 全ては王弟軍を打ち破った原初の邪神フォスと、その先兵たる迷宮騎士(ダンジョンナイト)を打ち滅ぼすため。


 近隣諸国を粗方併呑して以来、帝国軍がこれ程大掛かりな軍事行動に出る事は無かった。

 将兵達は恐るべきモンスターに対する恐れより、久しぶりに戦友達と肩を並べて共に強敵に立ち向かえる喜びに胸を躍らせていた。


 彼らは王弟の恥をすすぐべく、街道を進んでいる。

 迷宮騎士(ダンジョンナイト)を打ち破り、スタウヴェンのダンジョンに回復不可能な損害を負わせた時、初めて王弟の名誉は回復されるだろう。


 彼らは勝利しか見えていなかった。

 当然だ。今まで帝国軍は負け知らずだったのだ。

 それこそ王弟ブルートの軍が負けるまで、敗北という二文字を知らない将兵がほとんどだったのだ。


 勝利だけを信じる七万の帝国軍。


 しかし原初の神フォスにとっては、彼らは集団で崖から身投げするレミングの群れに見えていたに違いない。




 帝国軍は予定通りの日付にスタウヴェンの町の外に到着した。

 それはマルティンの予想通り、ハルトがボスマン商会を訪ねてから十五日後の事だった。


 帝国軍はそのまま町の外に陣を敷いた。

 王弟軍から逃げ出した者達によって、迷宮騎士(ダンジョンナイト)はダンジョンの外に出る事が分かっている。

 そもそもスタウヴェンの町は田舎町だ。七万人も収容できる規模ではないのだ。


 大将のデル・エンデ侯爵は最新の情報を得るために町の代官に使いを送った。


 帝国軍を支えるのは、ダンジョンでの階位(レベル)上げによる高階位(レベル)の兵士達。彼らはダンジョンから手に入る豊富な資源による恵まれた装備を身に着けている。

 帝国軍の力は常に他国を圧倒していた。

 大将のデル・エンデ侯爵はそんな強力な帝国軍を指揮する立場でありながら、問答無用で軍を進める愚を犯さずに情報を重視している。

 そこにはただ勇猛なだけの猪武者ではあり得ない、彼の将としての非凡な能力がうかがわれた。


 だが、この使いが戻って来る前に事態は急転した。


 連絡の兵が血相を変えて彼の天幕に飛び込んで来たのだ。


「ダンジョンから続々と騎士が出て来ています。全員ミスリルの装備、迷宮騎士(ダンジョンナイト)です!」

「むうっ。敵に先手を打たれたか。馬の用意をしろ!」


 デル・エンデ侯爵はかたわらの槍を持つと、床机を蹴って天幕から飛び出した。

 陣地の中は慌てふためく兵士達で芋を洗うような混雑だ。

 タイミングが悪かった。丁度兵士達を使って陣地の構築をしている最中だったのである。


 彼らも油断していたつもりはないが、やはり心のどこかではモンスターはダンジョンの外に出ないという常識があったのだろう。

 それに王弟軍との戦いの時、迷宮騎士(ダンジョンナイト)は最初はダンジョンの奥で王弟軍を迎え撃っていた。

 初手から野戦を挑んで来るとは思わなかったのだ。


「敵はすぐそこまで来ているぞ! 武器を手に陣地の防衛に回れ!」

「野戦だ! 陣地を出て陣形を取るんだ!」


 帝国軍の内情は貴族軍の寄せ集めだ。

 確かに無敵を誇る帝国軍だが、守勢に回ると弱いのはどこの軍隊でも変わりはない。

 帝国軍は一時的な混乱状態におちいっていた。


「将軍閣下! 只今各部隊の指揮官を集めますので――」

「馬鹿め! そんな時間があるものか! 俺の後に続け!」


 デル・エンデ侯爵は愛馬の馬首を巡らせると陣地の外に駆け出した。


「みんな将軍閣下に続け!」

「野戦だ! 装備を終えた者から陣形に加われ!」


 勇猛の名に恥じないデル・エンデ侯爵の咄嗟の行動で、帝国軍はあっという間に混乱から立ち直った。

 次々と兵達が陣地から駆けだして隊列に加わって行く。


 落ち着いて見てみれば迷宮騎士(ダンジョンナイト)達も町の外で隊列を組んでいる最中だ。

 兵士達はまだ相手の準備も整っていない事にホッと胸をなでおろした。

 だが軍の大将たるデル・エンデ侯爵はイヤな予感に眉間に皺を寄せていた。


(ダンジョンのモンスターが陣形を整えているだと?! そんな話、見た事も聞いた事もないわ! この戦い一筋縄ではいかぬやもしれんぞ・・・)


 町から続々と吐き出される銀色の集団を睨み付けながら、かつてない死闘の予感にデル・エンデ侯爵は気を引き締めていた。


 この世界の人類の命運をかけた戦いが今始まろうとしていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


迷宮騎士(ダンジョンナイト)が次々とダンジョンから出て来ています!」


 ダンジョンを見張っていたボスマン商会の男が息を切らせて駆け込んで来た。


 初手から野戦になるのか?! 

 流石にこいつは予想外だったが――いや、逆に俺達にとっては好都合だ。

 正にこのタイミングを待っていた。


 俺はティルシアとシャルロッテに振り返った。

 二人は既に準備を済ませている。何とも頼もしい仲間達じゃないか。


「二人共行くぞ」

「ああ!」

「もちろん!」


 俺はヒヒイロカネの装備の入った荷物を背負った。

 多分これが最初で最後のチャンス。

 この世界の運命を担ったダンジョンアタックが始まるのだ。

俺達の戦いはこれからだ!

私の次回作にご期待ください


次回「ダンジョンアタック」

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