その22 装備選び
俺はずっと秘密にしていた俺の秘密兵器――もし外にバレたら俺の命なんて消し飛ぶ事間違いなしの装備品――の数々を、ティルシア達に披露した。
二人は今も嬉しそうに魔法の指輪を眺めている。
さて、喜んでくれている所を悪いが、俺がこの秘密兵器を二人に見せた理由を説明しなくてはいけない。
「二人共聞いてくれ。今見せた装備は確かに強力だ。だが魔法の指輪以外の装備は今のままでは使い物にならない」
俺の言葉に顔を見合わせる二人。
「アタシ達には使えなくても、ハルトがダンジョンで階位を上げたら使えるんじゃないのかい?」
「その間、俺は何を装備して戦えばいいんだ?」
「あっ・・・」
そう。この装備を着けて戦うのは論外だ。
そもそもまともに動けないのでは戦いようが無い。
だから別の装備で階位を上げてから装備するしかないのだが、ヒヒイロカネの装備などは金属で出来た全身スーツと言ってもいい。
重いしかさばるしで、コイツを持って行くだけで荷物が一杯になってしまうだろう。
「それに最下層で今の原初の神に対峙するためには、限界いっぱいまで階位を上げて行きたい。ならいつもの倍は保存食が必要だ」
俺のスキル:ローグダンジョンRPGはダンジョンの中では限界突破して階位が上がるが、その代償として大量のカロリーを必要とする。
要は階位が上がれば上がるほど腹が減るのだ。
いつもは荷物の全てを保存食に全振りして必要量をまかなっているが、この装備を持って行くならそれも難しい。
「なるほど。アタシ達がハルトの代わりに食料を持って行けばいいんだね」
「そうだ。出来れば二人は限界いっぱいまで保存食を持って俺に付いて来て欲しい」
限界いっぱいといっても、流石にダンジョンの通路の幅を超えては持ち込めない。
それでも俺が持つよりも大量の保存食が持ち込めるはずだ。
しかも二人分である。十分な量になるはずだ。
俺は最初は適当な装備でモンスターと戦って階位を上げる。
体が必要とするカロリーは二人の運んだ保存食で賄う。
適度に階位が上がった所でヒヒイロカネの装備を身に着ける。という計画だ。
「俺の見立てでは二人が連携して戦えばギリギリ二十階層辺りまでなら行けるはずだ。だが一応余裕を見て十五階層までとしようか」
俺の言葉にティルシアが血相を変えた。
「十五階層だって?! 何を言っているんだハルト! このスタウヴェンのダンジョンは九階層までしか無いじゃないか!」
・・・ああ。そうか。
そういえばそこから説明しないといけないのか。
俺は若干「面倒だな」と感じながら、現在のダンジョンの状態を二人に話した。
「原初の神が力を取り戻すにつれてダンジョンの階層が増えているんだ。この前俺がダンジョンに入った時には最下層は六十階層だったが、今はさらに増えていると思う」
王弟軍との戦いの結果、原初の神の下には今までとは比べ物にならないほどの”認知の力”が集まっているはずだ。
あの時よりさらに階層を増やしていると考えて間違いないだろう。
いや、ひょっとしたら既に完全復活を果たしているかもしれない。
――流石にそれはないか。
俺達がまだこうして生きている以上、それだけはありえない。
原初の神の目的は命を持つ生き物の完全な抹殺。
もし、神がかつての力を取り戻しているのなら、その力を振るわない理由がない。
「ハルトが中々ダンジョンから戻って来ないと思ってたら、そんな事になっていたんだね」
シャルロッテは目を丸くして驚いている。
おそらく現実は彼女の認識と若干ズレている気もするが、どう説明しても上手く伝えられる気がしないので、俺は黙って頷いておいた。
「でも、神様は完全復活したら地上に出て来るのに、力を取り戻せば取り戻すほどダンジョンが深くなって、地面の下に潜って行くのって何だか不思議だね」
そう言われてみれば確かにそうだ。
この時の俺は何となく「そういえばそうだな」としか感じなかったが、後にダンジョンの階層数と最下層の深さは一致しないという事を知る。
つまりあの”何もない部屋”はこの世界から切り離された場所にあって、ダンジョンの一番下の階段はこの世界と”何もない部屋”を繋ぐゲートの役割をしているのだ。
だからもしこの時仮に俺が二人を連れて最下層を目指していても、おそらく二人は”何もない部屋”に入る事は出来なかっただろう。
本来この世界の命を嫌う原初の神フォスは、自分の存在そのものである”何もない部屋”に人間を入れる事は無い。
例外はダンジョンに選ばれた者だけ。
具体的にはダンジョンでスキルを得た極わずかな者だけが、立ち入る事を許されるのだ。
「そんな・・・ そんな階層は私には無理だ」
ティルシアは俺と一緒に最下層を目指すつもりだったのだろう。
想像以上に絶望的な道のりにショックを受けているようだ。
俺は膝を付くと彼女の目を正面から見つめた。
「さっきは俺と一緒に戦いたいと言ってくれて嬉しかったよ。だがここは俺に任せてくれないか?」
ティルシアは悔しそうにしながらも小さく頷いた。
若くして傭兵としてやって来た彼女は、この世には自分の気持ちだけではどうにもならない状況があると分かっているのだろう。
そんな俺達の様子をシャルロッテが何か言いたそうに見ている。
彼女の視線が非常に気になったが、さすがの俺もここでシャルロッテの方に気を逸らしてはいけないことは分かる。
俺はティルシアが納得してくれたのを確認した上で立ち上がった。
「さて。そういうわけで二人には十五階層まで俺の荷物運びをしてもらいたいのだが、それでいいだろうか?」
「いや、ハルトの見立てでは私達二人なら二十階層までは行けるのだろう? だったら私達は二十階層まで行くぞ。いいなシャルロッテ」
「えっ? あ、ああ。もちろんさ。ティルシア姉さん」
フンスと気合を入れるティルシアにシャルロッテは目を白黒させた。
おいおい、確かにさっき俺はそう言ったが・・・ いや、ここは彼女のやる気を尊重しよう。
もし断ってもこの小さな暴君は俺の後ろを勝手に付いて来かねない。
うかつに口を滑らせた俺のミスだ。こうなっては厄介なモンスターを優先的に倒して経験値に変え、少しでも彼女達に危険が無いようにしないとな。
俺は倉庫の中を見回した。
「だったら二人もそれなりの装備をする必要があるぞ。ここに残っている装備は好きに使ってくれ」
「分かった。手分けして選ぶぞ、シャルロッテ」
「あ、ああ」
少女二人はミスリルの装備を手に、ああでもないこうでもないと相談を始めるのだった。
「私はこれでいいが、やはりどの装備もシャルロッテの適正階位を超えているな」
ティルシアは胸当てとガントレット。それに凧型盾を選んだようだ。
武器は一般的なブロードソード。
俺の中ではティルシアは盾を持たずにレイピアで戦うイメージだが、あれはボスマン商会に入ってからのスタイルで、傭兵の時はずっとこの装備で戦っていたんだそうだ。
俺としては頭部の保護に兜も選んで欲しかったが、頭のウサギ耳が邪魔して被れないらしい。
ここはいつもの獣人用の兜で我慢するしかないか。
さて、ティルシアはこれでいいが、問題はシャルロッテだ。
ここに残っている装備は全てティルシアが選んだ逸品揃い。――つまりは階位の低いシャルロッテに見合うレベルの装備がなかったらしい。
「こんな事ならシャルロッテの分はマルティンに売らずに残しておけば良かったな。仕方が無い。ティルシア、今お前が使っている装備をシャルロッテに譲ってやれないか?」
「そうだな。あれも中々の代物だが、ここにある装備に比べればまだシャルロッテに合うだろう」
「・・・姉のおさがりじゃないんだから。ミスリルの装備ってそんなやり取りして良いものじゃないと思うけど?」
俺達の会話に呆れながらも、ミスリルの装備が手に入るとあってシャルロッテは嬉しそうだ。
ティルシアはだらしなく頬を緩めて選んだ装備を撫で回している。
「この装備さえあれば、私は二十階層どころか三十階層までだって行ってみせるぞ」
「調子に乗るな。二十階層代のモンスターはお前では歯が立たない。最低でも階位10を超えないと突破出来ない超難関エリアなんだぞ」
このスタウヴェンのダンジョンは、かつて俺が最下層に達したシュミーデルのダンジョンとは比べ物にならないほどの高難易度ダンジョンだ。
二十階層から二十九階層にかけては水のエリアとなる。通路のあちこちが天井近くまで水没しているのだ。
そんな場所では当然、水の中を進まないといけなくなる。
徘徊しているのはみんな水陸両生モンスターで、場所によっては水中で息を止めて戦うことになる。
こっちは水の中という強力な弱体化がかかるのに、相手は逆に地形適正による強化がかかるのだ。
ハッキリ言ってかなりの無理ゲーだ。
俺はいつも手前の階層で限界まで階位を上げて、なるべく早く通過するようにしている。
「ふうん。ダンジョンにはそんな階層もあるんだ」
「そんなダンジョン私は聞いた事がないぞ。スタウヴェンのダンジョンは随分と変わっているんだな」
俺はティルシアのこの感想に苦笑するしかなかった。
ここのダンジョンは原初の神の本体が作ったダンジョンだ。
原初の神の一部から生み出された、他のダンジョンとは難易度が違っていて当然なのだろう。
いや。ダンジョンの難易度なんてどうでもいい。
問題は最下層にいる原初の神だ。
俺はヒヒイロカネの剣を手に取った。
いくらぶっ壊れ性能を持つアーティファクトの装備であろうと、これはダンジョンで生み出されたものだ。ダンジョンそのものを生み出した原初の神に通用するわけがない。
次回「レミングの群れ」




