その21 秘密兵器
俺の切り札はダンジョンの奥で見つけたアーティファクト。
ヒヒイロカネで出来た装備である。
その性能にティルシア達は信じられない様子だ。
「いや、信じられないというよりは、ハルトはもう何でもありだなと・・・」
「アタシは驚いているんじゃなくて呆れているんだけど・・・」
俺に言われても仕方が無い。コイツはあくまでもダンジョン製のアーティファクト。別に俺が作ったものじゃないからな。
「まあいい。次はコイツだ」
俺はマントを広げた。
見た目はダンジョン夫がよく使っているようなありふれたマントだ。
「コイツを使えば短時間だけ宙に浮く事が出来る」
「「はあっ?!」」
コイツは一見光沢のある布のように見えるが、その正体は繊維状の金属を編み込んだものだ。
つまりは一種の鎖帷子だな。
例の魔法が使える指輪に使われている金属、オリハルコンの合金だと思われる。
このマントは魔力を流す事でその間だけ重力や慣性エネルギーを遮断する。
コイツを自由自在に使いこなせれば、慣性を無視した驚くような高機動が可能になるはずだ。
ダンジョンのような狭い場所で、そのアドバンテージは絶大だ。
ただし俺はろくに使った事がないために、残念ながら使いこなせる自信はない。
しかし状況的にそうも言ってはいられない。ぶっつけ本番だがやるしかないだろう。
宙に浮く事が可能と聞いて、シャルロッテが目を輝かせている。
「そ、それって、アタシでも空を飛べるようになるのかい?」
「あー、残念だがシャルロッテ、お前の階位では無理だな。ティルシアでも空を飛ぶまでは無理だろう」
そう。惑星の重力すら遮断するという脅威の能力を持つコイツも、ヒヒイロカネの装備と同様に、魔力の燃費がやたらと悪いという弱点を抱えているのだ。
無理と言われてシャルロッテの頭のネコ耳がへちょりと倒れた。だがその顔はまだ未練がある様子だ。
論より証拠。俺はティルシアにマントを渡すと使ってみるように勧めた。
ティルシアは恐る恐るマントを羽織ると魔力を流し始めた。
「どう? 姉さん」
「むっ。これは・・・ 何というか、少し体が軽くなったような。水の中に入った時のような感覚と言えばいいか。だがハルトの言うように空を飛ぶまでとは思えないな」
やはりそうか。
ティルシアの階位は5。その程度の階位の魔力の出力では宙に浮かぶ所まではいかないらしい。
「あっ。魔力切れだ。私にはここまでのようだ」
ティルシアは悔しそうに俺にマントを返した。
実は彼女も少し空を飛んでみたかったのかもしれない。
俺がダンジョンの外でも高階位でいられるなら、俺が抱えて飛んでやる事も出来るんだが・・・
いや。アーティファクトという形とはいえ、ここにこうして実物が存在しているんだ。
いずれはこの世界の人間にも同じ物を作り出す事が出来るに違いない。
遠い未来には地球とは違った原理の飛行機が生み出され、この世界の空を自由に飛び回る日が来るのかもしれない。
「ハルト?」
「いや、何でもない。次はコイツだ」
次に俺が取り出したのは、町の衛兵が腰に挿しているような何の変哲もない剣だ。
大ぶりな幅広の剣で、ブロードソードと呼ばれるものである。
「これも赤い金属製だね」
「ということは魔力を流すと柔らかくなるのか?」
確かにヒヒイロカネはそういう特徴を持っている。だがティルシアよ、剣が柔らかくなっても仕方が無いだろう。
ティルシア本人もそう思っているのか、その表情は半信半疑といったところだ。
「コイツは魔力を流すと形が変わる武器なんだ」
「なっ?!」
「・・・アタシは驚きすぎて、もう何を聞いても驚けなくなっちゃったよ」
ティルシアが驚くのも最もだ。
これは防具とはまた違ったヒヒイロカネ合金製の武器だ。
その特徴は、魔力を流す事で自由に形を変えるというものになる。
使い慣れれば、戦闘中に槍のように長く伸ばしたり、ナイフのように短く縮める事だって出来る。はずだ。
ただし全体の質量は変わらないので、槍にした場合は少々細めとなるし、ナイフにした場合は馬鹿みたいに握りが長い不格好な姿になってしまう。
剣の形で使って、相手の武器に合わせて長さや厚みを変えるのが、現実的な使い方になるだろう。
「コイツの優れモノな点は魔力を流すと形が変わる――つまり、曲がったり刃こぼれしたりしても魔力を流せば元の形に戻る所なんだ」
「「あっ・・・」」
さっきも言ったが全体の質量は変わらない。だから形は元に戻っても、刃こぼれして減った分は戻らない。
だから削れれば削れた分だけどんどん剣としての大きさは小さくなっていく事になる。
「今は剣だが、ずっと使っていれば、いずれはナイフのサイズになってしまうのかもしれないな」
「ミスリルより硬い金属がそこまで削れるなんてどれだけなんだよ」
シャルロッテが呆れるのも分かるが、俺はミスリルの剣を愛用のナタで叩き切った事もある。
この世界では下位の装備でもプラス装備であれば上位の装備以上の性能を出す事が出来るのだ。
今俺が見せている装備の数々は確かに高性能だが、所詮は通常装備であってプラス装備ではない。
例えばミスリル製の+99の武器にでも当たればひとたまりもないだろう。
「例えが既におかしいぞ! そんな化け物じみた装備、王家の宝物庫にだってあるわけないだろう!」
「ティルシア姉さん。今アタシ達の目の前にある装備も、絶対に宝物庫に無いお化け物装備だと思うよ」
ティルシアは呆れを通り越して謎の怒りを感じているようだ。
とはいえ、プラス装備はダンジョンで手に入る装備強化のスクロールを使って後付けで作ることも出来る。
ただしそれは装備のレベルに応じて成功率が変わる。
具体的に言えば、俺の愛用する平凡なナタなんかだとほぼ100%の成功率だが、ミスリルの場合だと半分以下に落ちるのだ。
さらに+を上げる度に必要スクロール数が増えるという鬼畜仕様。
これがどれだけのクソ仕様か分かるだろうか?
高い+値になれば、ただでさえ激レアな装備強化のスクロールが何十枚と必要になるのだ。それでもミスリル装備の場合、半分以上の確率で失敗する。
この世界はどれだけ廃人仕様なのかと、思わず運営を問い詰めたくなってしまうぞ。
まあいい。それよりも最後の装備だ。
最後の装備は最近使う機会の多かった、例の魔法を使える指輪である。
「これは指ぬき――指輪?」
「見た目は指ぬきだが、金属製だから裁縫には使い辛いだろうな。コイツは指輪の形をした魔法のスクロールだ。だが、スクロールと違って使用回数の制限はない。魔力を流せばいくらでも使える代物だ」
「凄い装備なんだが、流石に私も驚かなくなって来たな」
「・・・桁外れな装備だけじゃなくて魔法も使い放題って。もうハルトだけで軍隊と戦えるんじゃないかな?」
ダンジョンの中では可能だろうが、外では俺は階位1のクソザコだ。
ここにある装備の一つとしてまともに扱えない。
だから宝の持ち腐れとも言えるな。
「コイツは治癒の魔法が使える指輪だ。ティルシア、お前に預けておく」
「そんな! ハルト、この魔法はお前にこそ必要なものじゃないか! お前が私を大事に思ってくれる気持ちは嬉しいが、流石にこれは受け取れないぞ!」
「いや、同じ物がもう一つあるんだ」
「・・・そ、そうか。ならいいんだ。預かろう」
ティルシアは真っ赤になりながら指輪を受け取った。
早速指にはめて嬉しそうにしている。
装備好きな彼女だ。借り物とはいえ激レア装備が使えるのが嬉しいんだろう。
「おい、普段は絶対に着けるなよ。もしその指輪の事がバレたら大騒ぎになるに決まっているからな」
「分かってるって。心配するな」
心配する俺をよそにティルシアはすっかりのぼせ上がっている。
本当に分かっているんだろうな? まあいい。後でもう一度忠告しておこう。
頭が冷めたらコイツがいかにヤバイ代物か彼女にも分かるだろうからな。
俺は羨ましそうにティルシアを見ているシャルロッテに、別の指輪を差し出した。
「コイツはお前に預けておく。火の魔法の指輪だ。ファイヤーアローの魔法が使えるようになる。ファイヤーアローはレベルの低い魔法だが、その分消費魔力も少ないし、発動も早い。流石にミスリル製の迷宮騎士相手には効果が低いだろうが、普通のモンスター相手になら十分に使えるからな。使い勝手はいいだろう」
「やっぱりコレも?」
「ああ。同じ物がもう一つある」
シャルロッテはどこか達観したような顔つきで俺から指輪を受け取った。
だが嬉しいのは確かなのだろう。頭のネコ耳がピンと立っている。
早速ティルシア同様指にはめて、ためすがめつ眺めては悦に入っている。
そしてそんなシャルロッテを、ティルシアが恨めしそうに見ている。
ティルシアよ、なぜそこで俺をジト目で睨む。
お前もその指輪が欲しかったのか?
だが流石に同じものは三つも持っていないからな。
火の魔法の指輪は使い勝手が良いので、流石に俺も持って行きたい。
以前、ダンジョンでティルシアの知り合いのダンジョン協会職員をレイプしようとしていた赤毛に止めを刺したのはこの魔法だ。
次回「装備選び」




