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その15 黄昏の町

 俺はベッドに座ると愛用の装備を手に取った。

 店で売っている一番安物の装備だ。

 だが階位(レベル)1の俺にはコイツしか装備出来ない。


 正確に言えばどんな装備でも装備する事は出来るのだが、性能が劣化してしまうのだ。

 この世界の装備には適正レベルというのがあって、それより下の階位(レベル)の者が装備すると寧ろ性能が低下してしまう。

 具体的に言うと、体が動かしづらくなったり、やたらと装備が重く感じて疲れやすくなったりするのだ。

 ダンジョンの中は危険なモンスターが徘徊している。いくらダンジョン夫が愚か者揃いとはいえ、つまらない見栄で自分と仲間の命を危険に晒すような事はしない。


 俺の装備は一見すると普通の安物の皮の鎧だが、実は強化されている。

 いわゆるプラス装備というヤツだ。

 その数値は驚くなかれ、なんと+99。

 この世界の強化は99が打ち止めなので、限界まで強化している事になる。

 コイツをここまで育てるのはかなり苦労した。

 その甲斐あって、俺はこれまでに何度もこの装備に命を助けられたものだ。


 しかし、それももう終わりだ。


 装備はボロボロだ。あちこちが歪み、壊れている。

 これではもう使い物にならない。


 もちろん直して再び使う事は出来る。

 だが、一度壊れたプラス効果はもう元には戻らない。

 『安物の装備+99』が壊れても、『壊れた装備+99』にはならない。単に『壊れた装備』になるのだ。

 その『壊れた装備』を直しても『安物の装備』に戻るだけだ。装備に付いていたプラス効果は失われてしまうのである。

 プラス効果の付いた装備が貴重な所以でもある。


 あの時、ダンジョン最下層で俺は原初の神の荒ぶる感情に翻弄された。

 神にとっては感情も情報でありエネルギーだ。

 その強い感情に、俺は精神にダメージを受けたと思っていたが、溢れるエネルギーは物理的にも俺を痛めつけていたようだ。

 つまり、俺は心のみならず体にも深いダメージを負っていたのだ。

 その結果、俺は熱を出して寝込む事になり、衝撃を受けた装備はボロボロになってしまったのだった。


 おそらく原初の神に俺をいたぶるつもりはなかったのだろう。

 ただ溢れ出た感情が周囲の空間に影響を及ぼし、その余波が嵐のように荒れ狂って俺を痛めつけただけなのだ。

 弱ってはいても神の力とはかくも凄まじいものなのだ。


 俺は装備を置くと立ち上がった。

 これだけは無事に残っていた愛用のナタ(+99)を腰に挿す。


 部屋を出るとシャルロッテが待っていた。


「待たせた。家に帰ろう」


 俺はシャルロッテが後をついて来るのを感じながら階段を下りた。




 俺がダンジョンから逃げ延びて、もう十日が経っている。

 その間、俺はマルティン達から大体の事情を聞いていた。


 やはりあの日、王弟軍は壊滅したそうだ。


「まさか迷宮騎士(ダンジョンナイト)がダンジョンの外まで出て来るとは思わなかったみたいだね」


 マルティンはそう言っていたが、俺はシュミーデルの町のアグネスという例を知っている。

 モンスターは、ダンジョンの外には餌となる大気中のマナが無いので出てこないだけで、決してダンジョンから出られないわけではないのだ。

 王弟軍は常識に引っ張られて不意を打たれたのだろう。


 俺がダンジョンから脱出して来たあの日、迷宮騎士(ダンジョンナイト)に一度もでくわさなかったのは、ダンジョンの外で王弟軍と戦っていたためだったのか。


 その混乱の最中、帝国王弟ブルートも取り巻きの貴族共々命を落としている。

 兵士の多くは陣地を棄てて町の中に逃れた。そして迷宮騎士(ダンジョンナイト)は彼らを追って町に入った。

 丁度夕方で飯の時間だったらしい。

 町の人間は恐るべき殺人ショーを間近で目撃する事になったようだ。

 兵士の何割かは追いつかれて殺されたようだが、生き残った兵士は町のあちこちで略奪を働いた挙句この町から逃げ出した。


 ちなみにこの時の混乱の中で、デ・ベール商会の会長が殺されたらしい。

 犯人は屋敷の下男だったそうだ。

 デ・ベール商会は町のあらゆる人間から恨まれていたからな。何も不思議な事はないか。

 マルティンもあまり敵を増やさないようにしておけよ。


 その後、町は大きな混乱に覆われたらしい。

 当然だ。

 安全と思われた町の中で自国の兵隊達が殺されたんだ。

 しかも大陸最強のカレンベルク帝国の、それも王弟というナンバー2の率いる精鋭軍が、である。

 そしてその相手はダンジョンから出て来た怪人だという。

 今やダンジョンは自分達の住む町の下にまで広がっている。明日は我が身かもしれない。

 これでパニックが起きない方がどうかしているだろう。


 そう。正に原初の神の望んだ通りになったのである。


 あちこちでケンカや暴動が起こり、商店は打ちこわしに合い、略奪が横行した。

 流石に代官とベッタリのボスマン商会やデ・ベール商会を狙うような無謀な者はいなかったようだが、デ・ベール商会は会長が殺された事で完全に機能がマヒしている。

 その結果、庇護を求める多くの商人がボスマン商会に集まり、マルティンはその対応に追われて寝る時間も無かったらしい。


「それでも大分落ち着いたんだけどね」


 別にこの町は陸の孤島というわけではない。

 街道を使って、既に多くの商人が町を逃げ出している。


 マルティンの見立てでは、帝都で討伐軍が編成される可能性が高いとの事だ。

 もし軍が動き出せば行軍のために街道は封鎖されてしまうだろう。

 町から逃げ出すならこのタイミングしかないのだ。


 その情報が流れると、町の人間も先を争うようにして逃げ出してしまった。


 現在町の人間は半分も残っていないらしい。

 俺にとっては逆に半分近くも残っている方に驚きなんだが。




 店に顔を出してボスマン商会のサンモに挨拶をする。

 マルティンは代官の屋敷に行っているらしい。ティルシアはその護衛だ。


「世話になった」

「お気を付けて」


 サンモも忙しいのだろう。挨拶はアッサリとしたものだった。

 これがコイツと交わす最後の言葉になるかもしれない。

 だが既にサンモは店の奥に戻っており、俺には何の感慨も抱かせなかった。


 このまま世界最後の日までここに留まっていてもいいのだが、みんなが忙しそうにしている中、何もせずにベッドでゴロゴロしているのはどうにもいたたまれない。

 どうせじきにみんな死んでしまうのだから、迷惑も何もあったもんじゃないとも思うが、逆に言えば無理に留まる理由もない。

 俺はティルシア達とも相談して、ひとまず家に戻る事にしたのだ。


 ティルシアはマルティンの護衛があるので商会に残る。

 シャルロッテは俺の護衛だ。


 ちなみにフロリーナは既にこの町を離れているらしい。

 実はフロリーナの父親、ケーテル男爵は王弟ブルートに同行してこの町に来ていたんだそうだ。

 王弟軍が壊滅したあの日。彼は忙しい時間を割いて、町で娘と食事をしていた。

 これは王弟ブルートのはからいだったようだ。

 この行動がケーテル男爵の命運を分けた。


 ケーテル男爵が事態に気付いた時には既に手遅れだった。

 彼は娘の安全を確保するためにも一先ず代官の屋敷に逃げ込み、そこで情報を集めた。

 次々と寄せられる報告は、どれも絶望的なものだった。

 王弟軍は壊滅。王弟ブルートを含め、主だった貴族達はみんな迷宮騎士(ダンジョンナイト)にやられてしまっていた。


 ケーテル男爵は代官所で敗戦処理を行う事にした。先ずはフロリーナと彼女の使用人ベスパを町から逃がすと、その後は町の治安を回復する事に努めた。

 しかしパニック状態の市民は彼のコントロールを受け付けなかった。

 彼らを押さえつけるはずの衛兵も暴動に加わっていたのだから当然だ。

 それでも苦労の甲斐あって、ようやく町は落ち着きを取り戻した。

 とはいえそれは、過半数の市民が町を逃げ出してしまったため、暴れる者が少なくなって自然と沈静化したという側面もあるようだが・・・




 俺は閑散とした通りを歩いた。

 町に残ったヤツらもトラブルを恐れて家に引きこもっているようだ。

 あちこちで店が壊されているのが目につく。まるでゴーストタウンのようだ。

 ほんの数日前まではあれほど賑わっていたというのにな。


 俺は立ち止まると大通りを見渡した。


 10年前に突然この世界に転移してから、俺は散々な目にばかり会った。

 ハッキリ言って俺はこの異世界フォスが大嫌いだ。

 この町もこの町に住む者達もみんな滅んでしまえと何度も願った。


 そして今、俺の目の前には俺の望んで止まなかった光景が広がっている。


 ・・・


 だが、あの時想像していたような胸のすくような感情はなかった。

 石を飲み込んだような重苦しい気分になっただけだった。

 俺はこの光景を見て、なぜ自分がそんな感情を抱いたのか理解出来なかった。


 この町の人間はクズだ。この町はクズ共の掃き溜めだ。ざまあみろいい気味だ。


 本来ならそう思って当然だ。しかし、いくら頭でそう考てみても、俺の心は少しも喜びを感じなかった。


「ハルト?」

「・・・何でもない。帰るぞ」


 俺は自分の感情を処理出来ないまま、シャルロッテを連れて家を目指すのだった。

次回「彼と共に」

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 『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』

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