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その14 折れた心

 俺は体の痛みで目覚めた。

 そして、今がいつで自分が寝ているのがどこか分からずに混乱した。


 誰かいないのか?


 そう言おうとしたが、乾いた喉が張り付いて声が出せなかった。

 喉の渇きをどうにか出来ないか、と目だけで辺りを見回している間に、俺はどうやら力尽きてしまったようだ。

 そこで俺の意識は途絶えた。



 次に目を覚ました時は既に部屋の中は真っ暗だった。


 俺は今度こそ辺りを確認しようとベッドに体を起こした。

 どことなく見覚えのある部屋だ。

 ぼんやりとした頭で周囲を見回していると、ベッドの横のテーブルに水差しが置かれているのに気が付いた。


 この水差し。そうかここはボスマン商会か。


 こんなもので思い出すのも我ながらどうかと思うが、気付いてしまえば何という事もない。

 ここは以前、町で刺された時に寝かされていたあの部屋だったのだ。

 明かりも無い真っ暗闇だったので気が付くのに時間がかかってしまった。

 確かボスマン商会の二階の一室だったはずだ。俺はカップに注いだ水を口に含んだ。

 口の中は砂でザラザラしていた上、ニチャニチャとしてイヤな匂いがした。

 俺は口の中をゆすいだ水をカップに吐き出すと、水差しから直接水を飲んだ。


 今は何日だろうか?


 あれからどのくらいの時間が経ったのか分からない。時間の感覚はあいまいだった。

 俺は水を飲み干すとベッドに横になり、やがて再び眠りについた。


 次に目が覚めた時には部屋の中は薄っすらと明るくなっていた。

 どうやら朝のようだ。

 そういえば今更のように気が付いたが、建物の中が騒がしい。

 何人もの人間がひっきりなしに出入りしているようだ。

 俺は体を動かすのもおっくうな気分だったので、そのまま横になっていた。


 やがてノックの音がして、以前にも世話になった中年の男が部屋に入って来た。

 ボスマン商会の男だ。

 やはりここはボスマン商会の建物だったらしい。コイツの名前は確かサンモだったか?

 サンモは俺が起きている事に気が付くと「しばらくお待ちを」と声を掛けて部屋から出て行った。

 俺は待っている間にひとまずベッドの上に体を起こす事にした。




 サンモに率いられてやってきたのは、知らない男とマルティンとティルシアだった。

 部屋の外にはシャルロッテの顔も見える。

 知らない男はどうやら医者のようだ。俺にあれこれと問診をして来た。


 医者が「大丈夫のようです」と言ってサンモと一緒に部屋の外に下がると、待ちかねたようにマルティンが俺に詰め寄った。


「何があったのか教えてくれるよね?」


 マルティンはこの数日ですっかり衰弱しているようだ。目の下にはクマが黒々と浮き出ている。

 ”何もない部屋”で事情を知っている俺には、外で何があったのかは概ね推測出来る。

 この世界の終わりの始まり。そのプロローグが始まったのだ。


 俺は一瞬黙っていようかと思った。

 どうせ死ぬなら何も知らずに死ぬ方が幸せなのではないか? と思ったからだ。

 しかし、結局俺は口を開いた。ひょっとして俺も誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。


「ダンジョンの奥で原初の神が復活しようとしている。目的はこの世界のあらゆる命の抹殺。迷宮騎士(ダンジョンナイト)はそのための先兵だ」


 俺は自分でも「話を端折り過ぎたか」と思った。

 この説明では事情を知らない者には全く話が通じないに違いない。

 俺は、さてここからどう説明するか、と頭を悩ませたが、マルティン達は俺の言葉に衝撃を受けた様子だ。


「何だ? 今の話だけでは信じてもらえないと思ったが」

「あ、いや。実はブルート殿下から聞かされていたんだ」


 ブルート? 確かこの国のナンバー2。皇帝の弟だったか。

 どうやらマルティンは、事前に王弟からなにかしら事情を聞かされていたらしい。


「かつてこの世界を解放した神によって、大地に封印された原初の邪神フォス。ダンジョンは、フォスそのものなんだと聞かされたよ」


 何だその話は? 原初の神が邪神だって? それを言うならフォスを追いやった神の方が、この世界にとっては侵略神であり邪神だろうに。


 ・・・いや、この世界の人類にとっては逆か。

 侵略神の方が彼らを生み出した母なる神で、その神に封じられたフォスの方が邪神になるのか。


 まあ俺にとってはどっちでもいい。どうせコイツらは全員フォスに殺されるんだ。

 そういう意味では彼らにとってはフォスは邪神で間違いないかもしれない。


 もちろんこのままここにいれば、俺も巻き沿いを食ってフォスに殺されてしまうだろう。

 フォスによる破壊は世界を滅ぼす大規模なものだ。

 俺だけ「関係ないから」とより分けてくれるとは思えない。


 本来であればそうなる前に、俺だけ元の世界に戻してくれるように頼みに行くべきだ。

 結果としてフォスは自力で元の力を取り戻す事になったとはいえ、今まで俺が協力をして来たのは間違いのない事実だ。

 神は約束を違えない。

 フォスに今でも俺との約束を守る余裕があるなら、元の世界に通じる道を作って貰える可能性は十分に高いと思われる。


 そこまで考えて俺の背筋におぞ気が走った。

 俺はあの時の恐怖を――俺に流し込まれたフォスの歓喜と憎悪の感情を――忘れてはいない。

 正直言ってあそこには二度と近付きたくはない。それこそもう一度あんな目に会うくらいなら、いっそこのままこの世界の人間と一緒にフォスの手で滅ぼされた方がまだましだ。

 フォスの有り余る力は、俺達小さな生き物の命など一瞬のうちに刈り取る事だろう。

 苦しむ間もなくあっさりと死ねるはずである。


 そう。俺の心は完全に折られていたのだ。


 黙って考え込んだ俺に、ティルシアが尋ねた。


「それで、邪神はどうなったんだ?」

「どうなった? さっきも言っただろう。今はまだ復活していないが、それも時間の問題だ。遠からず原初の神は復活する。そうなれば間違いなく世界は滅びる」

「そうじゃない。ハルトでもダメだったのかと聞いているんだ」

「おい! お前は俺が何だと思っているんだ?! 相手は神だぞ! 俺なんかがどうこう出来る相手なわけがないだろうが!」


 ティルシアの言葉は俺をどうしようもなく苛立たせた。

 自分でも何がこんなにイラつくのか分からなかった。

 勝手に過剰な期待をかけてくるティルシアの無神経さが癇に障ったのか、それとも無力感からくる単なる八つ当たりだったのか。


 このままだとティルシアに暴言を叩き付けてしまいそうだ。

 それこそ今までの関係を全て台無しにしてしまう程の。


 俺は彼女から目を反らした。 


「・・・すまない。少し疲れた。休ませてくれ」

「そうだね。ゆっくり寝て体力を回復させた方がいい」


 マルティンとティルシアは大人しく部屋から出て言った。

 なんとなく部屋に入るタイミングを逃したシャルロッテが、最後までチラチラと部屋の中を覗いていた。

 しかし、今の俺はとてもではないが彼女に気を使ってやる余裕が無かった。


 ドアが閉められて一人になると俺はベッドに横になった。

 睡魔はすぐに訪れた。一人になるための言い訳だったのだが、どうやら俺は自分で思っていたよりも弱っていたようだ。



 その夜、俺は熱を出した。

 熱は長引き、俺はベッドから出られなくなった。

 ようやく熱がひいたのは、それから一週間も後の事だった。


 その間に町の様子は大きく様変わりしていた。

 連日のように暴動と略奪が起こり、多くの者が町を棄てて逃げ出していた。


 スタウヴェンの町はまるで廃墟のようになっていたのだった。

次回「黄昏の町」

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