その12 ウサギ獣人ティルシア 驚愕
◇◇◇◇ウサギ獣人ティルシアの主観◇◇◇◇
ダンジョンの入り口には代官の派遣した兵士達がいた。
彼らに見つかる前にマルティン様を見つけなくては。
私は自分の装備を確認しーー
つい、にやけそうになる顔を強引に引き締めた。
ハルトに借りた地味なポンチョの下には、ミスリルの籠手と小型の盾がチラリと見える。
どちらも中々お目にかかれない逸品だ。
さらに上半身にはミスリルの鎖帷子を着こんでいる。
・・・傷を付けるのが怖くて、上から自前のチュニックを着ているので今は見えないが。
ハルトからはさらに鉢がねを渡されているが、こちらはダンジョンに入ってから着けることにしている。
ミスリルの白い輝きは町中では良く目立つからだ。
そしてハルトに黙ってコッソリ隠し持っているナイフ。この町で私が唯一持ち歩いている護身用の武器だ。
奴隷が持っていても目立たないような拵えこそ地味だが、作りはしっかりしている。
ハルトは武器は置いていけと言っていたが、それだけはどうしても納得出来なかったのだ。
彼はスキルの作用で階位が1から上がらないという。
もしダンジョンの奥でモンスターと戦うことになった時、私が丸腰ではその時点で打つ手が無くなってしまう。
私の失敗はマルティン様の命が失われてしまう事を意味する。マルティン様を失ったボスマン商会のダメージは計り知れないものとなるだろう。
私は横を歩くハルトを見た。
まるで行商人と疑うほどの大荷物だ。
階位1の彼が持てるギリギリの重さではないだろうか?
何せ私が手伝わなければ一人で立つ事が出来ないほどなのだ。
私も半分持つと言ったのだが(全部持つと言うのは流石にためらわれた)、彼はガンとして譲らなかった。
自分の道具を他人に預けないーー確かに傭兵団でもそういう者はいたが、彼の場合は単に他人を信用していないだけなのかもしれない。
ダンジョンの1階層。ハルトは危なげなくモンスターを倒していく。
最初は意外に思ったが、ここは彼が長年通っている仕事場だ。当然といえば当然だろう。
当然といえば、彼の持つナタはプラス装備らしい。
ミスリルの装備を他人に貸し与えるほどの男だ、自分用の良い武器を持っていても何も不思議はない。
どうやって手に入れたのかは興味があるが、そういう詮索を恐れて彼は私の同行を渋ったのだろう。
彼の信頼を失うような言動は避けるべきだ。それにしてもミスリルの装備は素晴らしい。彼がへそを曲げて「やっぱり返せ」とでも言い出したら、私は自分が何をしでかすか自分でも分からない。
・・・などと思っていた時期が私にもあった。
だが詮索しないのはもう限界かもしれない。
ハルトは3階層まで全てのモンスターを危なげなく倒しているのだ。
階位1の彼がだ。
3階層に出てくる灰色の狼など、そこそこの腕前の者でも警戒するモンスターだと聞いている。
決して階位1の彼が戦って良い相手ではない。
それにこの歩くペース。
だんだん疲れて遅くなる、というのなら分かるが、明らかに次第にペースが上がってきている。
まるでダンジョンの奥に行くほど本来の力を取り戻していくような・・・
そんな私の目の前でハルトがまた保存食を食べている。
私も大概良く食べる方だが、その私が見ても「どこにそんなに」、と呆れるほどの健啖家ぶりだ。
彼があまりに良く食べるので、つい好奇心に負けて休憩の時に一つ貰ったが・・・
私の良く知るヒドイ味だったよ。
ついにマルティン様の落ちた落とし穴までたどり着いた。
落とし穴? まるで崖のようにしか見えないが?
「見りゃ分かるだろ、崖だよ。深層(7階層より下)まで通じている。」
「そんな!」
やはり護衛達は嘘をついていたのだ。これは事故ではない、マルティン様の命を狙う策略だ。
よく、いけしゃあしゃあとあんな嘘が言えたものだ。
私は怒りのあまり頭にカッと血が上った。
ゾワリッ
突然背中の産毛が逆立った。
戦場で何度も私の命を救った直感だ。
咄嗟にバックステップをして距離を取る。
何から? ハルトからだ。
「・・・何か?」
声を絞り出す。震えていないだろうか。
「それは俺のセリフだ。俺に何か言うべきことはないのか?」
「一体何を」「マルティンは”安全地帯”のスクロールを持っていたんだな?」
ハルトの指摘に私は思わず声を失くした。安全地帯のスクロールはマルティン様の切り札だ。一体なぜそれを・・・
「お前は暗殺者か。」
「! 違います! 私はご主人様をお救いするために来たんです!」
「口は便利だよな。」
ハルトが一歩距離を詰めた。こんな恐ろしい気配を感じたことは戦場でも一度もない。
今分かった
コイツは化け物だ。
隠し持っていたナイフを抜いたのは無意識だ。かつて感じた事の無い恐怖に、もう自分で何を喋り、何をしているのかすら分からなくなっていた。
気が付くと背後に回ったハルトが私の首に武器を突き付けていた。
私はハルトに問われるままに、これまでの事情を話した。
獣人の本能だろうか。一度完全に格付けの済んでしまった相手に逆らう気持ちはまるで無かった。
知りたいことはもう無いのか、ハルトが私の喉から武器を外した。
そして奪われたナイフも返してくれた。
「よろしいので?」
「それがないと落ち着かないだろ。俺を信用していないんだからな。」
返す言葉もない。
そこからのハルトは自重を忘れたかのようだった。
その戦いは決して階位1の戦いではありえなかった。
まさに無双。
この町では中層と呼ばれる4・5・6階層を風のように突っ切って行く。
効率よくモンスターを仕留めるその動きは、一切の無駄をそぎおとしたある種の機能美を感じさせた。
そんなハルトと、ダンジョン協会での惨めな彼の姿が結びつかない。
なぜこれほどの男があんな屈辱を受けていたのだろう。
私の頭の中はその疑問でいっぱいだった。
私達はあっという間に中層を超え、深層に至る階段で最後の休憩を取る事にした。
なまじこうして考える時間ができると、人間はイヤなことばかり考えるものだ。
普段は何事にも動じない私だが、流石にこの時は弱気になっていたようだ。
私は惨めな気持ちで一杯で顔を上げる事が出来なかった。
最初から私がいない方がハルトはもっと早くここまで来れたのだろう。
だから最初にあれほど私の同行を渋ったのだ。
恥ずかしながら、私は自分の戦闘力はそこそこのものだと自惚れを抱いていた。
かつて所属していた傭兵団の中でも強い方だったし、今の商会の護衛の中ではダントツだ。
その自分が、よもや誰かの足を引っ張る立場になるとは・・・。
自信が大きかっただけに、私は完全に打ちのめされた気分になっていた。
そんな私にハルトが声をかけてきた。
「ここからはお前の感覚が頼りだ。これまで同様モンスターは俺が引き受けるから、そっちに集中してくれ。」
ハルトにそう言われた時、私はハッと胸を突かれた。
まさに暗闇に光で道を示されたような思いがしたのだ。
私達はチームだ。私は思い違いをしていた。
それぞれが自分のすべきことをする。
当たり前の事じゃないか。
私はなまじ腕に自信があっただけに、どうやってもかなわない相手がいたことで、自分を否定されたような気分になっていたのだ。
私はハルトの戦いに目を奪われて、つい思い違いをしてしまったらしい。
このダンジョンに入った目的はマルティン様を救出すること。
ダンジョンでモンスターと戦う事ではない。
そして私の役割は彼を見付け出す事だ。
私は心機一転、気合を入れ直したのだった。
次回「ウサギ獣人ティルシア 合流」




