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その9 最下層到着

 俺は眼の前の光景に安堵のため息をつきそうになった。


 ここはダンジョンの五十九階層の階段。

 俺の前には流麗な装飾の入ったバカでかい扉が見える。

 そう、かつて幾度となくくぐった、”何もない部屋”へと至るあの扉である。


「結局、階層が十階層分増えただけだったのか」


 もちろん階層が増えた事自体は、普通では考えられないイレギュラーである。

 原初の神に何かあったのは間違いない。

 しかし、”何もない部屋”にたどり着けない、という最悪の事態が避けられた事と、見慣れた扉を目の前にした事で、俺はつい気が弛んでホッとしてしまったのである。


 俺は水筒から水を一口飲むと、気持ちを引き締め直した。


 まだ何も終わっていない。むしろここからが本番である。


 もし、今の現象――ダンジョンに溢れる偽迷宮騎士(ダンジョンナイト)と、階層の増加――が、俺以外の何者かが原初の神に接触したことによって起こったとした場合。

 俺は確実にそいつを殺さなければならない。

 原初の神には日本に通じる道を作ってもらう約束をしている。

 そいつの目的が何かは分からないが、到底協力し合えるとは思えない。


 俺はこの異世界フォスの人間を信用していない。


 僅かでも裏切る恐れのある人間に、日本に戻れるという唯一の希望を預けるつもりは毛頭ない。


 仮に相手がこのダンジョンを支配していた場合、既に俺の接近に気が付いている可能性は高い。

 もちろん、相手が現在最下層にいるとは限らない。


 ゲームで言えば今の状況は、対戦型のサバイバルゲームで相手の拠点にレイドをかけようとしている状態だ。

 運が良ければ相手はログアウトしていて拠点にはいない。

 だが、もしこの時間にこの場にいれば部屋に入った途端に殺し合いが始まる。

 そしてこの世界はゲームに似ていてもゲームではない。

 死んだらそれっきり。リスポーンはない。


 スキル:ローグダンジョンRPGの能力によって、今の俺の階位(レベル)は46。

 身体能力的には人間の限界を遥かに超えている。

 しかし相手がダンジョンの力を得ているのなら、想像もつかない初見殺しが待ち構えている可能性は十分にある。


 いや、どんな状況になっても、今の階位(レベル)なら力ずくで踏み越える事が可能だ。


 俺は最後にもう一度装備を確認すると、巨大な扉に手を掛けた。

 扉はゆっくりと開き――


 そして何もなくなった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 帝国王弟ブルートの天幕の中、マルティンは今聞かされた話に衝撃を受けていた。


 ブルートはマルティンの頭が話を理解したのを確認した上で話を続けた。


「ダンジョンは決して金の卵を産むガチョウなどではない。だが、この国に――人類に利益をもたらしている側面は無視できない。我々は邪神を適切に管理しながら、利益を享受する必要がある。そのためには迷宮騎士(ダンジョンナイト)は排除しなければならない」


 マルティンは混乱した頭で何とか王弟の話を理解しようとした。


「どういう事でしょうか? 私には二つの話の関係性が分からないのですが?」

「スタウヴェンのダンジョンは最近階層の成長があったと聞く」


 ブルートの指摘にマルティンはハッとした。

 スタウヴェンのダンジョンは最近上層部分の面積が大きく広がった。

 この現象を調べるために来たロスバルデン伯爵家のダンジョン調査隊を案内したのは、他でもないマルティン本人である。


「ダンジョンの成長。そして剣聖クラーセンをも屠る怪人迷宮騎士(ダンジョンナイト)。俺達はスタウヴェンの邪神が今まさに成長している最中なのではないかと考えている」

「――それで迷宮騎士(ダンジョンナイト)を・・・」


 階層の拡大を止める事はいかに王弟とはいえ不可能だ。しかし迷宮騎士(ダンジョンナイト)を殺してその力を削ぐ事なら出来る。

 王家が迷宮騎士(ダンジョンナイト)の首に史上最高金額の懸賞金をかけたのも、そういった思惑があっての事だったのである。


「皇帝陛下はそれで良いとお考えのようだが、俺は違う。懸賞金目当ての貴族共に任せておいてはいつ成果が上がるか分かったものではない。悠長に構えてみすみす邪神が成長する時間を与える必要は無い。最大戦力をもって一気に叩くべきなのだ」


 ブルートは配下の貴族連合軍でダンジョンの内部を根こそぎ破壊しつくすつもりでいた。

 もちろんそんな事をすれば、ダンジョンに依存しているスタウヴェンの町が受ける経済的なダメージは計り知れない。

 その被害は長期的なものに及ぶだろう。

 その間の住人の生活のケアを頼むために、ブルートはマルティンを――ボスマン商会の代表を呼んだのである。


 なぜ王弟自らがこの町まで出向いて来たのか。そしてなぜこれほどの大軍が必要だったのか。

 マルティンはようやく全てを理解した。

 良く見ればテーブルについた貴族の中に、スタウヴェンを治めるケーテル男爵家の家紋が入ったマントを羽織った者もいた。

 いや、あれはひょっとしたら男爵本人なのかもしれない。

 マルティンはケーテル男爵家の家令に会った事はあっても、男爵本人に会った事は一度も無かった。


「細かな点はこの後実行部隊の将軍達に聞くがいい。では下が――」

「閣下、お待ちを!」


 話を打ち切ろうとしたブルートをマルティンが止めた。

 ブルートは眉間に浅く皺を寄せた。

 王弟の不興を買うのはマズい。しかしブルートの目的が分かった以上、マルティンは絶対にここで言っておかなければならない事があった。


「町のダンジョンですが、昨日、更なる大きな変化がありました。迷宮騎士(ダンジョンナイト)に関する事です」

「・・・申せ」


 やはりまだここまで情報が上がっていなかったようだ。マルティンは一度姿勢を正すと説明を始めた。




「無数の迷宮騎士(ダンジョンナイト)だと? まさかそのような事になっていたとは・・・」


 ブルートはマルティンの話を聞いて、やはり自分の判断は正しかったと確信を持ったようである。


「こうなれば猶予はない。明日、本陣をダンジョンの入り口前に移す。今日中に周囲に住む者達の立ち退きを済ませておくように。残った者は反逆の意志ありとみて厳罰に処す。以上だ」

「――かしこまりました。直ちに町の者に命じます」


 ブルートは軽く手を振った。今度こそ会談は終わりという合図だ。

 案内人が入って来ると、マルティンに立つように促した。

 この後は貴族家の将軍達との具体的な打ち合わせがある。


 内容次第では今日にも先遣隊がダンジョンに入る事になるだろう。


 もしこのまま帝国軍本隊がダンジョンに入れば、ダンジョンは致命的なダメージを受けるに違いない。

 ひょっとしたら完全に破壊されて二度と元には戻らないかもしれない。

 そうなればダンジョン以外にロクな経済を持たないスタウヴェンの町はおしまいである。


(ハルト、頼む。何とかしてくれ)


 もはやマルティンには、現在ダンジョンを調査中のハルトが今の事態をどうにか収めてくれるのを祈るしかなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはいつもの”何もない部屋”。

 俺は体を引き裂かれるような痛みを感じていた。


 いや。俺の体はキズ一つない。

 この部屋に満ち溢れた圧倒的なエネルギーの奔流に、俺の精神が耐えられずに悲鳴を上げているのだ。


 この部屋には何度も訪れたが、未だかつてこんな経験をした事はなかった。

 俺は悲鳴を押し殺して、とにかく先に進むべく足を前に出した。


(これは・・・ ”歓喜”か?!)


 俺はようやくこのエネルギーの流れの原因に気が付いた。

 あまりに大きなうねりのため、全体像を把握できなかったのだ。

 だが一度気が付けば分かる。原初の神は歓喜に打ち震えている。

 その抑えきれない感情が大量のエネルギーの奔流となって暴れ狂い、まるで嵐の海に浮かんだ小舟のような、ちっぽけな人間(オレ)の精神を翻弄していたのだ。


「や・・・ 止めてくれ! 一体何があったんだ?!」


 俺は耐えられずに叫んだ。

 原初の神はここで初めて俺に気が付いたようだ。

 これもかつては無かった事だ。

 やはり今日の神はどうかしている。


 やがて俺の目の前に少女の姿が――俺が神の巫女と呼ぶ、神によって作られた仮初の姿が現れた。


「なっ・・・!」


 俺は驚きに声も出せなかった。


 そこに立っているのはいつもの幼女ではなかった。

 シャルロッテ程の――日本で言えば高校か大学に通っているくらいの、20歳前の女子の姿だったのだ。

次回「邪神覚醒」

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