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その5 惨劇の始まり

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ボスマン商会の連絡員から話を聞いて、フロリーナはダンジョンに向かった。

 ダンジョンの入り口にたどり着いたフロリーナが見たのは、ダンジョンから次々と負傷者が担ぎ出されている光景だった。

 周囲には負傷者達の上げるうめき声と、血の匂いが立ち込めている。

 そこはまるで戦のさなかの前線の砦のようだった。



 負傷者の多くは最近町にやって来た腕自慢の騎士や剣士、それとその従者や取り巻き達だった。

 入り口の外にはムシロの列が見える。

 どうやら引き取り手のない死体は、一先ずあそこに並べられているようだ。

 それだけでもかなりの数にのぼる。


 一体今、ダンジョンの中で何が起こっているのだろうか?


 ボスマン商会の関係者だろうか。一人のダンジョン夫がフロリーナを見つけて近付いて来た。


「ここはマズい。あんたは引き返した方が良い」

「ここで何があったの?」

迷宮騎士(ダンジョンナイト)だ。迷宮騎士(ダンジョンナイト)が見境なしに襲い掛かっている」


 男の説明によると、現在ダンジョンの一階層には無数の迷宮騎士(ダンジョンナイト)が徘徊しているという。

 迷宮騎士(ダンジョンナイト)はダンジョンの中のモンスターと同様に、人間を見つけると問答無用に襲い掛かり、その命を奪っているらしい。


迷宮騎士(ダンジョンナイト)はデタラメに強い。俺の目の前で、ミスリルの装備の騎士とその従者が切られてしまった。ミスリルの装備の騎士が、だぜ。しかも数人がかりで挑んでかすり傷一つ負わせられなかったんだ。あんなヤバいヤツは見たことが無い。アイツは悪魔だ」

「それであなたはなぜ無事だったの?」

「騎士が切られたのを見て全力で逃げたからな。今でもヤツが追って来てないか気になって仕方が無いぜ」


 男はそう言うと不安そうに背後を振り返った。

 しかし、フロリーナは男の話に疑問が浮かんでいた。


(ミスリルの装備の騎士と従者。ミスリルの装備の適正階位(レベル)は最低でも階位(レベル)4よね。仮にその騎士が最低階位(レベル)だったとしても、迷宮騎士(ダンジョンナイト)階位(レベル)4の騎士と従者を無傷で殺した事になるわ。それほどの身体能力を持つモンスターが逃げる人間を見逃すかしら)


 モンスターは例え戦いの中で負傷して瀕死になっても、死ぬまで人間に襲い掛かって来る。

 そんな獰猛な生き物が、背を向けて逃げる獲物をみすみす見逃すだろうか?

 男が逃げ延びられたのには何かしらの理由があるに違いない。


 フロリーナは自身のスキル『観察眼』で注意深く男を観察した。

 しかし男は何処にでもいるようなダンジョン夫で、装備といい階位(レベル)といい特に変わった所は感じられなかった。


 フロリーナはチラリと周囲を見回した。

 負傷した者の中にはダンジョン夫もいる。

 あそこで倒れて動かないあのダンジョン夫は、もう死んでいるのだろう。


 逃げ延びた男と死んだ男。生死を分けた原因は何だろうか?


「・・・ここで考えていても仕方が無いわ。自分の目で確かめてみるしかないわね」

「なっ! おい! よせ! 馬鹿な事を考えるな!」


 元々フロリーナはさほど思慮深い方では無い。

 幼くしてスキル『観察眼』が生えた彼女は、今までずっとスキルに頼って人生を乗り切って来た事で、慎重な生き方を学習する機会を逸してしまっていたのだ。


 男は血相を変えてフロリーナを止めようとしたが、彼女は全く聞く耳を持たなかった。

 彼女は人の流れに逆らって、するりとダンジョンに入って行くのだった。



 あんな光景を見たせいだろうか。

 ダンジョンの中はいつもより血生臭い匂いが立ち込めているような気がした。


 無数の迷宮騎士(ダンジョンナイト)が徘徊している、とは聞いていたが、流石に通路をビッシリと埋め尽くすほどの数ではないらしい。

 フロリーナは大きな通路で立ち止まると、ぐるりと周囲を見回した。


「剣戟の音。あっちだわ」


 彼女は小走りで通路の奥へと走り出すのだった。



 通路の先で戦っているのは、いかにも腕の立ちそうな中年の剣士と全身白銀の騎士――迷宮騎士(ダンジョンナイト)だった。


(あの剣士の人、強いわ。階位(レベル)6はありそう。倒れているのはあの人の弟子か何かかしら。死んではいないけどもう戦えそうにはないわね)


 今も戦う二人から離れた場所には、二人の若い男がそれぞれ腕と腹を抑えて倒れている。

 出血のせいか、切られたショックのせいか、紙のように白くなった顔には油汗がビッシリと浮かんでいる。


 血生臭い光景にフロリーナは一瞬呑まれてしまった。

 その時、迷宮騎士(ダンジョンナイト)の面あてがチラリとこちらを向いた。


(気付かれた!)


 フロリーナは蛇に睨まれた蛙のように足がすくんで動けなくなってしまった。

 しかし、迷宮騎士(ダンジョンナイト)は何事も無かったかのように剣士との戦いに戻った。

 フロリーナは慌てて通路の角に身をひそめた。

 恐怖に彼女の心臓は早鐘を打ったように激しく高鳴っている。


迷宮騎士(ダンジョンナイト)・・・ まさかあれほどの化け物だったなんて)


 人間とは異なり、モンスターや野生生物には階位(レベル)の概念が存在しない。

 しかしフロリーナは、スキル:観察眼によって、迷宮騎士(ダンジョンナイト)の大まかな身体能力を察していた。


(多分迷宮騎士(ダンジョンナイト)の能力は階位(レベル)の上限、10ないしは9に相当するわ。もちろん本物の階位(レベル)10なんて見たことが無いから絶対間違いないとは言えないけど・・・)


 貴族の子女として生まれたフロリーナは、高階位(レベル)の騎士を何人も見て来た。

 迷宮騎士(ダンジョンナイト)からは、そんな彼らを誰も寄せ付けないほどの圧倒的な力を感じさせた。


 しかし彼女は、恐怖に痺れた頭の中で、この迷宮騎士(ダンジョンナイト)ですら、あの時感じた衝撃の足元にも及ばないという事実に驚いていた。

 それはダンジョンの中でとあるダンジョン夫を見た時の事。

 あの時フロリーナは、彼を”人間の形をした暴力”と感じた。

 人間は圧倒的な光景を目にした時、心を強く揺さぶられてしまう。

 フロリーナは恐怖の中で彼に強く惹きつけられ、目が離せなくなってしまった。


 そのダンジョン夫こそハルト。

 現在、彼女が使用人と一緒に住んでいる家の家主である。


 あの日以来、フロリーナはハルトにあの時の力を感じた事は一度も無い。

 それはフロリーナを警戒したハルトが、彼女の前では慎重に階位(レベル)が限界突破した力を見せていないためだ。

 しかし、ずっとスキルにおんぶにだっこで、本質的に他人の心の機微に鈍感なフロリーナは、ハルトが自分に何かを隠している事は察していても、ハルトの秘密それ自体には気が付いていなかった。


 ふと気が付くと剣戟の音が止んでいた。

 フロリーナが恐る恐る通路の角から顔を出すと、そこには倒れた中年剣士と、泣き崩れる二人の若い弟子の姿があった。

 中年剣士の頭は頭頂部から上あごまで断ち割られている。

 驚くべき迷宮騎士(ダンジョンナイト)の膂力である。


 凄惨な光景に、フロリーナは少しの間思考が定まらなかった。

 しかし、次第に頭が働き始めると、大きな疑問が浮かんだ。


(なぜあの二人は殺されていないの? それにあの時、迷宮騎士(ダンジョンナイト)は間違いなく私に気付いていた。なのになんで見逃されたの?)


 わざわざ切るまでもない相手だから。

 いや、ダンジョンのモンスターは絶対にそんな考えは起こさない。


 迷宮騎士(ダンジョンナイト)はモンスターじゃない?

 それこそありえない。もしそうだとすれば、迷宮騎士(ダンジョンナイト)の中身は階位(レベル)10の剣士という事になってしまう。

 そんな剣士がいれば今まで国が放っておくはずがない。


(これだけじゃ分からないわ。別の迷宮騎士(ダンジョンナイト)も調べないと)


 湧き上がる疑問が恐怖心を上回ったのだろうか。

 フロリーナは衝動に突き動かされるまま、ダンジョンの探索を続けるのだった。

次回「焦りと不安」

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