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その11 ウサギ獣人ティルシア 出会い

◇◇◇◇ウサギ獣人ティルシアの主観◇◇◇◇


 私の名前はティルシア。

 頭に伸びる長い耳を見れば分かると思うがウサギ系獣人だ。

 最初に言っておくが、私は今年19歳だ。

 そして、私の見た目は幼いわけではない。背が人より少し低いだけだ。覚えておくと良い。

 

 知っての通り、ウサギ系獣人は種族的に戦士として名高い。

 私も幼いころから傭兵団の一員に所属していた。

 今は訳あって王都の大手商会、ボスマン商会で護衛として雇われている。

 私を見た目で侮った同僚の護衛共には、初日にそのことを骨の髄まで叩き込んだ。




「お待ちください。せめて私だけでも調査隊に加えて下さい。」

「代官からの指示でね。今回は少数でいくので、こちらからの参加は私だけ。同行者は認められないと書かれてあるんだよ。」

「そんな無茶苦茶な!」


 マルティン様の言葉に私は思わず大きな声を上げてしまった。

 先程この宿に代官の使いの者からマルティン様宛に書面が届けられた。

 その内容は納得しかねる物だった。


 書面をもう一度見直すマルティン様の顔色は悪い。どうやら彼も私と同様に今回の調査に不穏なものを感じている様子だ。


 マルティン様のスキルは「交渉術」。

 代官はその情報を掴んでいるのだろう。連絡が書面で送られてきたのがその証拠だ。

 直接会うことで譲歩を引き出される事を恐れたのだ。 


 マルティン様の名前はマルティン・ボスマン。王都でも大手の商会、ボスマン商会の次期当主だ。

 ボスマン商会はこの数年、斬新な商品開発や新しい流通改革でその業績を急激に伸ばしている新進気鋭の商会だ。

 しかし、それらのアイデアの全て(・・)がマルティン様から出されたものである、という事実は慎重に隠蔽されている。


「僕のは知識チートだから。」


 マルティン様は軽くそう言うが、凄い事だと私は思うがな。

 ところで、チートとは何なんでしょうかマルティン様。


 この町スタウヴェンに我々は商会の新たな販売網を築くために来た。

 スタウヴェンはデ・ベール商会という商会が実質町の全ての利権を握っている。

 実は王都でボスマン商会を執拗に攻撃しているとある商会に、このデ・ベール商会が後ろ盾になっているのだ。

 デ・ベール商会の本拠地であるこのスタウヴェンに、ボスマン商会が食い込むことができれば、敵の資金源の一つを潰すことができる。

 そのためマルティン様自らがこの町にやってきたのだ。

 私はその護衛として付いてきた。

 元傭兵の私は、こういう時のためにボスマン商会に雇われているのだ。



「この”安全地帯”のスクロールがあれば、すぐに命が取られることは無いと思うよ。」


 マルティン様は私が調達してきた安全地帯のスクロールを手にした。

 しかし、私の不安は晴れない。

 安全地帯のスクロールは確かにあらゆる攻撃を無効化するし、使用者の魔力に依存する魔法ではないので制限時間等もない。

 しかし、設置型のため一度使えばその場から動くことが出来なくなる、という欠点があるのだ。


「僕がこれで身を守っている間に、君に助けに来て欲しい。」

「・・・分かりました。」


 私とマルティン様は奴隷契約による契約魔法で、離れていても多少の距離なら何となく互いのいる場所が分かる。

 実はこういう時のために、この町に来ることが決まった際、前もって準備しておいたのだ。

 私が奴隷に身分を偽っているのはそのためだ。

 それに王都ならともかく、獣人の私が大商会の後継ぎの護衛というのは不必要に目立つ。

 地方の町では獣人が差別対象になっていることも未だに少なくない。

 その点、奴隷ならいつも主人のそばにいても誰も不審には思わないし警戒しないだろう。


「この町のダンジョン協会に「アオキ・ハルト」というダンジョン夫がいる。いざという時には彼に協力を求めればいい、きっと頼りになるはずだ。」

「アオキ・ハルトですか? その方はごマルティン様の知り合いなんでしょうか?」

「知り合いというか、昔、ちょっと手を貸してあげたことがあってね。同郷のよしみってヤツさ。」


 日本人が獣人を悪くすることはないよ。マルティン様は笑ってそう言った。

 同郷のよしみ? マルティン様は王都の生まれと言っていたはずだが・・・




 やはり調査は代官の罠だった。予定の日が過ぎてもマルティン様達は戻って来なかった。

 翌日ダンジョンから戻ってきた護衛の者が言うには、マルティン様は落とし穴で下の階層まで落ちてしまったという。

 私は急いでマルティン様の言いつけ通り、「アオキ・ハルト」の協力を求めにダンジョン協会へと走った。


「そうは言うが、前金も貰えないんじゃ依頼は受けられないんだよ。」


 しまった。慌てていたので依頼のためのお金を持っていないことを忘れていた。

 普段はしっかり者の私だが時々こういうポカをする。


 奴隷は財産を持たない。

 余計なトラブルを避けるため、この町に入ってから私はお金を所持していなかったのだ。

 今から宿に戻っても、もう商会の者は出払っている。

 夜になったら戻ってくるがそれまでの時間が惜しい。

 それにその待ち時間の間に、「アオキ・ハルト」が別の依頼を受けてダンジョンに入ってしまうかもしれない。


「依頼さえ達成してくれれば商会が払います! 一緒に行ってくれるだけでいいんです!」


 我ながら滅茶苦茶なことを言っている自覚はある。

 普段はこんなことはないのだが、焦ると自分でもどうしようもないのだ。分かってくれ。


「マルティンだと?」


 男性の声に振り返る。そこにいたのはマルティン様と同じくらいの年齢の男だった。


「若い商人のマルティンか? 商会名は確か・・・ボスマン?」

「その通りです。ご主人様のお知り合いの方でしょうか?」

「おい、ハルト。勝手なことしてると」


 ハルト? この男が「アオキ・ハルト」なのか?!

 マルティン様は頼りになると言っていたが、とてもそうには思えないぞ。

 体付きは至って平凡だし、装備品も店で安く売っているものばかりだ。

 少なくとも強い戦士には見えない。

 そこらの粋がっている小僧(チンピラ)にだって負けてしまいそうだ。


 私は不信感を抱きながらもこの男に事情を説明した。

 見た目は頼りなさそうだが、マルティン様が彼の力を借りるように言ったのだ。

 それには何か理由があるに違いない。


 ハルトはたまにマルティン様のように聞きなれない言葉を口にする。確かにマルティン様と同郷のようだ。

 私の話を聞き終えるとハルトは席を立った。


「話してくれて助かった。感謝する。」


 そう言うと彼は建物から出て行こうとした。


「ま・・・待って下さい! 手伝ってくれないんですか?!」


 慌てて私は呼び止める。どうなっているんだ? 話が違うじゃないか。

 すると周りの客から笑い声が上がった。

 実はさっきからコイツらのハルトに対する態度は腹に据えかねていたのだ。

 私は不愉快さを隠せずに立ち止まった。

 そんな私の態度を戸惑っているとでも勘違いしたのだろうか。ヤツらは衝撃の事実を告げた。


「ソイツは階位(レベル)が上がらないんだよ。だからいつまでたってもダンジョンの1階層を這いずり回るダンジョンムシってわけさ。」


 階位(レベル)が上がらない人なんているのか?!


 この世界には階位(レベル)というものが存在する。

 基本的に階位(レベル)が下の者は階位(レベル)が上の者にはかなわない。

 技量で埋めるには身体能力が違いすぎるのだ。

 それにしても階位(レベル)が上がらない人間なんて初めて聞いたぞ。


 ハルトは周囲からあざ笑われるがままだ。いつもの事なのだろうか? 彼は黙り込んで何も言い返さない。

 イヤな雰囲気だ。私の正義心に火が付き、この場で暴れ出してしまいそうだ。

 男達はさらにハルトを揶揄した。


「何でもスキルの作用で上がらないらしいぜ、階位(レベル)が上がらないなんて一体どんなカススキル生やしてんだよ。」


 この言葉でピンときた。

 マルティン様は周囲には隠しているが、実は「交渉術」以外にもう一つスキルを持っている。

 それがスキル「鑑定」だ。

 おそらくマルティン様は、「鑑定」のスキルでハルトの持っているスキルを知ったのだ。

 そして一見使い道のないそのスキルが、今の状況では凄い力を発揮することが分かっていたのだ。




 こうなっては是が非でも逃がすわけにはいかない。

 私は酒場を出たハルトを追いかけて協力を頼み込んだ。


 ハルトも元々マルティン様を捜しに行くつもりだったようで、最終的には渋々私を連れて行くことに合意してくれた。

 自分に命を預ける覚悟があるか、などと聞いてきたが、そういう自分は階位(レベル)1の戦闘力しかないくせに何を言っているんだか。

 お前がそれを言うか、と返したくなった。

 まあいい。もし戦闘になれば私を連れて行って良かったと思うに違いない。


 その他にも秘密を守れとか、指示に従えだとか、割と普通のことを大げさに言われた。

 神経質な男、というより、基本的に人を信用していないのだろう。

 まあ、日頃から同僚にあんなふうに扱われていてはこうなるのも仕方がない。

 私の方が大人な態度で接すれば良い事だ。



 ハルトは意外なことに割と趣味の良いトコロに住んでいた。

 私は少し羨ましく感じた。私も戦士として一線を退いたら、こんな家で生活するのも悪くないかもしれない。

 まあ、まだまだ先の話だがな。


 そんな事をのんきに考えながら私はハルトに続いて家に入った。

 若い女の身で男の家に入るのは不用心じゃないかって? 私の階位(レベル)を知っていればそんな心配はしないと思うがな。


 ハルトの家にはこの家には不似合いなほど厳重に施錠された部屋があった。

 何を大袈裟な。お宝を保管している訳でもあるまいし。

 思わず呆れた私だったが、そんな考えは部屋に入ってからの驚愕によって全て吹き飛ばされてしまった。


「そんな・・・まさか全部本物なんですか?」


 そこに置いてあったのは、ダンジョンの中でもいわゆる深層といわれる階層からしか手に入らない、ダンジョン製の武器や防具だったのだ!


 しかも王都の商会の本店で鍵付きのウインドウに飾られるような逸品!

 それがまるで普通の装備のようにそこらに無造作に置かれているのだ!

 普段は凛々しい私だが、好きなモノを前にしてはつい頬も緩んでしまうし、口も半分開いてしまう。


「お前、階位(レベル)はいくつだ?」


 おっといけない。ついついお宝の山に見惚れていた。

 不意を突かれた形で聞かれたので、私はついうっかり正直に答えてしまった。


階位(レベル)5です。」


 私の返事にハルトは驚いて固まった。

 うっかり本当の事を言ってしまったとはいえ、こちらばかり驚かされていたから良い意趣返しが出来たと考えよう。

 私はつい口角が上がるのをこらえた。

 確かマルティン様はこういう時の顔を”ドヤ顔”と言っていたっけ。


「なら、この辺が適正レベルだな。」


 彼はミスリルのブレストプレートを手に取り・・・私の身体のある部位を見て棚に戻した。


「・・・・・。」

「少し適正レベルに難があるかもしれないが、おそらくいけるはずだ。」


 彼はミスリルの鎖帷子を取り出した。

 まあいいけど。男からそういう目でみられることはよくあるから。

 私は何となく渡されるままその鎖帷子を手に取って・・・


 えっ? 私にこれを装備しろってこと?


 その意味が分かり、途端に顔から血の気が引いた。


 当たり前だが防具は戦闘で傷つく物だ。いいのか? 私がこれを使っても。

 ミスリルは普通貴族くらいしか着られない防具なんだが。


 昔、私のいた傭兵団でも、ミスリルの装備は団長だけしか持っていなかった。

 それも実用性のない小さなナイフで、それでも団長はいつもそれを磨いては悦にいっていた。

 団長の話からも分かる通り、ミスリルの装備も当然ピンキリだ。

 でも私の中に眠る野獣の勘が告げている。


 これは良いモノだ。


 さらにハルトは小型の盾と籠手を渡して来た。

 どちらもショーウインドー越しにしか見た事がない逸品だ。だって両方ミスリルだし。

 そんな憧れの装備がいきなり私の手の中に。

 待ってくれ、まだ私の心の準備が出来ていないんだ。急に渡されても困る。


 そして再び私の中に眠る野獣の勘が告げた。


 これとこれも良いモノだ。


 ごめんなさい、マルティン様。

 私はこの瞬間だけは貴方の心配を忘れてしまいました。

次回「ウサギ獣人ティルシア 驚愕」

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