その2 ボスマン商会
ティルシアに呼ばれて俺達はボスマン商会へと向かった。
ボスマン商会は町の中心を貫く大通りの一角にある。
「この通りも随分と賑やかになっちゃったね」
シャルロッテが町の喧噪に頭の耳を落ち着きなく動かしている。
「賞金を目当てに、どこやらの騎士だの腕自慢の剣士だのが増えたからな」
この一ヶ月ほどで、町には迷宮騎士を狙ったヤツらが一気に増えていた。
そのせいもあって、今も大通りは芋を洗うような混雑っぷりだ。
流石に騎士は賞金よりも名声狙いか? いや、貴族だろうが騎士だろうが金は欲しいに決まっている。
金も手に入って名声も高まるのだ。まさに一石二鳥。
ヤツらが血眼になって迷宮騎士を捜すのも当然と言えるのだろう。
人が増えるとトラブルも増える。
少し前にダンジョン調査隊がいた時程ではないが、今でも昼夜を問わず町のそこかしこで問題が起こっている。
それがどれほどのものかといえば、ティルシアがマルティンの護衛から離れられないくらい、と言えば伝わるだろうか。
この町も随分と住み辛くなったもんだ。
もしも、ダンジョンの奥に原初の神さえいなければ、町を移る事を真剣に考えていたに違いない。
人間の町では獣人は差別対象だ。
時々周囲から注がれる敵意に満ちた視線にシャルロッテが警戒している。
俺はマントを脱ぐと、シャルロッテの頭に被せた。
恰好としてはおかしいが、特徴的な耳が隠れるだけでも少しは悪目立ちしなくなるだろう。
「後でマルティンの所で帽子を買おうか」
「あ、うん。ありがとうハルト」
俺は何だかむずがゆくなって、「ああ」とぶっきらぼうに答えた。
それでいながら、今の返事はマズかったか? 不機嫌だと勘違いされなかっただろうか、などとも考えていた。
俺は自分のコミュ力の低さに嫌気がさした。
ちなみにティルシアはウサギ耳を揺らしながら堂々と歩いている。
周囲からの視線などどこ吹く風だ。常々思っている事だが、きっとコイツの心臓には剛毛が生えているに違いない。
まあそれはそれで、俺としても一緒に暮らしていて気を遣わずに済んで楽なのだが。
そんな事を考えていたからだろうか。
思ったよりも早く俺達はマルティンのボスマン商会へと到着したのだった。
ボスマン商会は来客でごった返していた。
そう。ボスマン商会はつい先日、ようやくオープンしたのだ。
流石は帝都に本店を持つ、飛ぶ鳥を落とす勢いの大店だ。
開店と同時に連日のように満員御礼。それはそうだ。品揃えは良いし、ボスマン商会というネームバリューで話題性も抜群なのだ。
いってみれば、地方都市の駅前に有名なショッピングセンターが出来たようなもんだ。
これで客が入らない方がどうかしているだろう。
今でこそこうして無事にやれているが、開店直前には案の定、デ・ベール商会から汚い横やりが入った。
色々あって何事も無く無事に済んだのだが、あの件に関しては俺も迷惑をかけられた。
やはりデ・ベール商会はこの町のガンだな。このまま潰れてくれればいいのに。
ボスマン商会が本格的に参戦した事で後の無くなったデ・ベール商会は、町の声を無視して強引にダンジョンのトンネル工事を再開した。
もしもヤツらの思惑通りにトンネル工事が上手くいって中層の素材を独占されでもすれば、一発逆転の目も出て来る。
マルティンにとってはこれからが踏ん張りどころと言えた。
俺達はいつものように裏口に回った。
見覚えの無い若い店員が振り返ったが、ティルシアの姿を見ると何も言わずに仕事に戻った。
マルティンは建物二階の支配人室で仕事をしていた。
「良く来てくれたね。そっちに座って。あ、君達、お茶の支度して。それが終われば呼ぶまでの間、しばらく席を外してくれ」
「「「かしこまりました」」」
部屋で仕事をしていた数名が、書類を抱えて立ち上がった。
「ティルシアから話は聞いている? 聞いてないのか。じゃあどこから話そうか・・・」
マルティンは腕を組んで俯いた。
そのまましばらく黙っていたが、部下が飲み物の仕度を終えて部屋から出ていくと、おもむろに口を開いた。
「先ずはハルトから預かったミスリルの装備について話そうか。近々帝都で開かれるオークションにかけられる事になったよ。代金はそのお金が入った後で払うことになるかな」
意外と早かったな。
先日俺は、ようやく念願かなってマルティンに倉庫の装備を卸ろす事が出来た。
モノがモノだけに、直接マルティンに卸さないと危なくていけない。
ボスマン商会だって完全な一枚岩とは言えないのだ。事情を知る者は少なければ少ない程良いに決まっている。
最初は買い取りでも良いと思っていたのだが、マルティンが「オークションに出した方が絶対に得だ」と言い出したので、つい欲をかいてしまったのだ。
「本当なら落札金額からこちらに何割か貰う所だけど、ハルトには今までも色々と無理を聞いて貰っているからね。そっちは僕の方から出させてもらうよ」
「そうか? 俺は持って行ってもらってもいいんだがな」
この時の俺は本心で言っていた。
日頃はマルティンに会うたびに、貸しを返せ、貸しを返せ、とせっついていた俺だったが、いざ貸しを返してもらう段になって、何だか急に惜しくなってしまったのだ。
考えてみれば帝都の大手商会に貸しを作れるチャンスなど、そうそうあるものじゃない。
金じゃなく、もっと違う形で返してもらうべきなんじゃないだろうか?
「遠慮しなくていいよ。まだまだこれくらいの事では今までハルトが手伝ってくれた恩は返しきれないからね」
「・・・そうか? なら遠慮せずに受けよう」
現金な物で、貸しを返しきれないと聞かされて、俺は「だったらいいか」と納得してしまった。
マルティンは、「それはそうと」と言葉を続けた。
「そのミスリルの装備だけど、他にも持っていないかな?」
「どういう意味だ?」
俺は倉庫の中の装備は粗方マルティンに卸している。
ほんの一部だけ、具体的にはティルシアが「これを売るなんてもったいない!」と縋り付いた装備だけは残している。
その時は勢いに呑まれて何となく彼女の言葉に従ったが、後日冷静に考えてみれば、やはり俺にとってはさほど価値のあるものとは思えない。
いっその事ティルシアとシャルロッテにくれてやってもいいかもしれない。彼女達も喜ぶだろう。
「全く無いとは言わないが、お前に渡したものがほぼ全てだぞ」
「まだあるのか! 良かった! それを譲ってもらう訳にはいかないかな?」
譲る? もちろんタダというわけではなく、金は払ってくれるのだろうが、どういう事なんだろうか?
「渡した分では少なかったのか?」
「違う違う。十分過ぎるほど十分な数だったよ。てかむしろ多すぎだよ。ミスリル装備の相場が崩れる事を心配しなきゃいけなくなるくらいだから。そうじゃなくて、急ぎで手元に必要になったって事」
俺の渡したミスリル装備は、オークションに出すために既に帝都に送られている。
つまり今はマルティンの手元には無い。
マルティンはチラリと周囲を見渡して、身を乗り出した。
何と言うか、妙に芝居がかった仕草だ。
俺は内心馬鹿馬鹿しく思いながらも、コイツの芝居に合わせてやる事にした。
「実は明日、帝都からとあるお方がこの町に到着するんだ。そのお方に献上するためのミスリル装備がどうしても必要になってね」
マルティンが言うには、明日到着するそのお方とやらが、オークションの噂話を小耳に挟み、マルティンに「それほど話題になる品なら是非見てみたい」と言って来たんだそうだ
「要はそいつは「そんな良い物なら俺にもよこせ」と言ったんだな?」
「まあぶっちゃければそうなんだけど、それ絶対に外で言ったらダメなヤツだからね」
言われなくても俺だってそれくらいはわきまえている。
しかしそうか。そういう話なら剣の一本もあれば十分だろう。
「分かった。武器が良いか? それとも防具が良いか?」
「う~ん、どっちかといえば剣、なのかな? ねえ、良ければ僕に選ばせてもらえないかな?」
マルティンはクソチートスキル『鑑定』の持ち主だ。
能力の詳しい内容までは聞いていないが、装備品も鑑定出来る事くらいは知っている。
しかし、マルティンがそこまで慎重になるほどの相手か・・・
俺の疑問が顔に出ていたんだろう。
マルティンはもったいぶってたっぷりと溜めを作ってから言った。
「そのお方は帝国王弟ブルート様。いずれは兄王の後を継いで皇帝陛下になると目されているお方さ」
「なっ?! 帝国王弟だって?!」
俺の隣でシャルロッテが息をのむ音が聞こえた。
まさかそれ程の大物の名前が出て来ようとは。
次回「逢魔が時」




