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その1 もたらされる凶報

 その日、俺はネコ科獣人のシャルロッテと共にダンジョン協会に依頼を見に来ていた。


 ダンジョン協会は酒場と併設されている。

 というか酒場の一部に協会のカウンターと依頼表が置かれているのだ。

 ダンジョン夫達が待ち合わせや、打ち合わせに使うのに便利なようにこうなっていると聞いた事があるが、本当はダンジョン夫(クズ)共が町で迷惑をかけないために隔離するのが目的なのではないかと俺は睨んでいる。


 まだ昼間とあって協会の中は閑散としていた。

 朝や夜はダンジョン夫共でごった返しているのだが、俺はその時間はあまり利用しない。


 俺はスキル:ローグダンジョンRPGの効果で、ダンジョンの外では階位(レベル)が最低ランクの1にリセットされてしまう。

 そのため、同業のヤツらは俺を階位(レベル)1のクソザコ扱いだ。

 ダンジョン夫(クズ)共に絡まれると分かっていて、わざわざ人の多い時間に来る必要はない。

 ティルシアと組むようになってから大分状況もマシにはなったがな。


 俺はカウンターの男――ヤコーブスに挨拶を返すと依頼表に向かった。


 シャルロッテが依頼表を見上げて呟いた。


「今日も随分と依頼が多いね」


 依頼表は依頼の札で隙間なく埋め尽くされていた。

 少し前までならこんな事は無かった。最近ダンジョン夫の数が減ったのが原因だ。

 いや、協会に登録しているダンジョン夫の数自体は変わっていない。

 ヤツらが依頼を受けなくなったのが原因なのだ。


 俺は何となくシャルロッテに非難されているような気がして顔をしかめた。

 もちろんシャルロッテにそんなつもりはないはずだ。これは俺の勝手な被害妄想だ。

 しかし、ダンジョン夫共が依頼を受けなくなる、その間接的な原因を作ったのが俺なのは間違いないのだ。



 二ヶ月ちょっと前。俺は迷宮騎士(ダンジョンナイト)として剣鬼クラーセンを殺した。

 その後は調査隊も引き上げ、しばらくの間は平穏無事な日々が続いた。

 しかし、この間に帝都は大変な事になっていたのだ。


 スタウヴェンのダンジョンをどうにかしなければ危ない。あそこには階位(レベル)9の伝説を持つクラーセンをも葬る迷宮騎士(ダンジョンナイト)という危険なモンスターがいる。


 噂はあっという間に貴族のサロンを席巻した。

 無責任で勝手な噂だ。迷宮騎士(オレ)はモンスターなどではないし、そもそもこの時期でもダンジョンにはいつものようにダンジョン夫達が平気で仕事に入っていたからだ。

 こんなスタウヴェンのダンジョンのどこが危険だと言うのだろうか?

 最近では落ち目で名前を聞かなくなっていたとはいえ、剣鬼クラーセンのネームバリューはそれほどのものだったのだ。


 この噂が広がると、数々の有力貴族が、子飼いの名うての食客や腕自慢の騎士達をこの町へと派遣し始めた。

 クラーセンを殺した迷宮騎士(ダンジョンナイト)を打ち取るためだ。

 もちろんスタウヴェンの住人の安全のためじゃない。自分達の名を上げるためである。

 しばらく他国との戦争も無い。彼らは武勇を上げるチャンスを欲していたのだ。


 こうしてやって来た食客や騎士達が、ダンジョンの案内役として地元のダンジョン夫達を雇った。

 こうなると困るのがダンジョン協会だ。

 彼らがダンジョン夫達の時間を拘束したために、すっかり通常の依頼が滞ってしまったのだ。

 とはいえ彼らのバックに付いているのは帝都の有力貴族である。

 たかだかいち地方都市のダンジョン協会ごときが文句を言えるような相手ではない。


 結局、ダンジョン協会は、今は残ったダンジョン夫達だけで何とかやりくりしながら、彼らが一日も早く迷宮騎士(ダンジョンナイト)を退治して引き上げてくれないかと、一日千秋の思いで待ち続けるしかなかったのであった。



「まあおかげで、こうしてお前の教材には事欠かないんだがな。さあ、明日の俺達の仕事を探してくれ。条件は分かっているよな?」

「うっ。も、勿論分かってるよ」


 シャルロッテはうんうん唸りながら依頼表とにらめっこを始めた。

 最近ではティルシアがマルティンの護衛に取られる事が多いため、こうしてシャルロッテと二人で仕事をする機会が増えている。

 主な仕事場は中層だが、何せ今はダンジョンの中に部外者が多い。

 彼らはダンジョンのしきたりを知らないので、とかくトラブルが後を絶たない。

 ”ダンジョンの中での事は自己責任”とはいえ、それは”誰彼構わず襲って追いはぎをしてもかまわない”という訳では無いのだ。


 ゲームで例えるならば、現在この町のダンジョンは、PKが多発する荒れたサーバーと化している、と言えた。

 それでもゲームなら運営が対応してくれるのだろうが、いくらこの世界がゲームに似ているとはいえ、あくまでも現実の世界だ。

 運営のように思うままにルールを改変出来る存在などはいないのだから、一度こうして荒れると中々元には戻らない。


 ――いや、一人、じゃなくて一柱だけそんな超越的な存在がこのダンジョンにはいる。


 ダンジョンの奥底に存在する原初の神が。


 しかし、原初の神はその力を失っている。

 辛うじてダンジョンの中で生きながらえている状態だ。

 最も、仮にかつての力を取り戻したとしても、ダンジョンの中で好き勝手している人間共を大人しくさせるなどしないだろうが。


 そういえば忙しさにかまけてずっと会いに行っていなかったな。


 かつてはそれこそ週に一度は出向いていたのだが、今では仲間が増えた事と、ダンジョンの階層が増えて気軽に行くには時間がかかるようになった事もあって、ここ暫くはとんとご無沙汰だった。

 最後に会ったのは・・・ まだシャルロッテが仲間になるよりも前だったか。


 そんなに長い間、会っていなかったのか。


 俺は自分でも意外なほど長い期間、原初の神を訪ねていない事に気が付いて、驚きを感じていた。

 近いうちに一度行っておいた方がいいだろうな。


 とは言うものの、今のダンジョンは他所から来たヤツらで少々騒がしい。

 もし、深層に下りて行く所を誰かに見られでもしたら面倒だ。

 そう考えると中々出向く気にもなれなかった。


 早く迷宮騎士(ダンジョンナイト)が打ち取られてこの騒動がひと段落ついてくれないだろうか。

 まあ、その迷宮騎士(ダンジョンナイト)は俺なんだが。



 その時、一人の男が血相を変えて協会に飛び込んで来た。

 男がもたらすのはまごうことなき凶報。

 それはこの異世界フォスの全人類の存続を揺るがす、大事件の幕開けを告げる報告でもあった。

 しかし、この時の俺は事態の深刻さに全く気が付いていなかったのだ。




 カウンターの男――ヤコーブスは男に冷たい視線を送った。


 後で知ったが、男は例のフロリーナが関わった事件の後で、ビビって足抜けした元ダンジョン夫だったんだそうだ。

 今はデ・ベール商会に雇われて、トンネル工事の作業員になっているらしい。

 つまりダンジョン協会にとっては、将来の商売敵に協力している裏切り者という事になるわけだ。

 そう考えれば、この時のヤコーブスの態度も理解出来なくはないだろう。


 とはいえ俺にとっては、協会の敵だろうが味方だろうが関係無い。

 この町ではティルシアとシャルロッテ以外のダンジョン夫はクズでしかないからだ。


迷宮騎士(ダンジョンナイト)が出た!」


 男の言葉にシャルロッテの耳がピクリと動いた。


 そんなはずはない。迷宮騎士(ダンジョンナイト)は俺だ。

 ここにこうして俺がいる以上、男が見たのは何かの見間違いか、あるいは迷宮騎士(ダンジョンナイト)の恰好をしたかたり(・・・)に違いない。

 とはいえ、迷宮騎士(ダンジョンナイト)なんかに成りすまして、そいつに何のメリットがあるのかは分からない。まあ、あんな恰好をするようなヤツがまともな神経の持ち主とは思えないがな。


 俺が言うなって? 俺だって出来ればやりたくは無かったさ。

 あれは俺の黒歴史だ。

 もし過去に戻る事が出来るのなら是非やり直したい。


 男の言葉にヤコーブスの目が細められた。

 このヤコーブスの反応も当然のものだった。

 週に一人はこうして「迷宮騎士(ダンジョンナイト)が出た!」と駆け込んで来るヤツがいるらしい。

 もちろんその全てが報告者の見間違いか勘違いなんだが。


「どうせお前の見間違いだろう」

「違う! 仲間が何人も見ている! 何人も――そうだ! 迷宮騎士(ダンジョンナイト)は一体じゃなかったんだ!」

「「はあっ?!」」


 男の叫びに思わず俺まで声を上げていた。

 さっきまでは適当に聞き流していたが、流石に今の言葉は聞き捨てならない。

 迷宮騎士(ダンジョンナイト)は一体じゃないだと? 俺の偽物は何がしたいんだ?


 シャルロッテは驚きのあまり俺を凝視している。

 いやお前は迷宮騎士(ダンジョンナイト)の正体が俺だって知っているだろうが。

 何で信じられないものを見る目で俺を見ているんだよ。

 俺が何人もいるはずないだろうが。


「一体じゃなきゃ何体いるって言うんだ?」

「何体って・・・ 分からん。数えきれない程沢山の数だ。とにかく俺達は見たんだよ! 大きな穴の中からヤツらが何体も這い上がって来るのを!」


 男は口の端から泡を飛ばしながらまくし立てている。

 その様子は真剣で、嘘をついてこちらをハメようとしているようには見えなかったが・・・ やはり信用出来んな。

 ヤコーブスもそう判断したようだ。カウンターにすがりつく男にすげない態度を取った。


「分かった分かった。でもその情報だけじゃ金は出せんぞ」


 腹立たしい事に迷宮騎士(ダンジョンナイト)には賞金がかけられている。

 かけたのは帝国王家だ。

 何でもこの国始まって以来の最高の賞金金額らしく、その話を聞いたダンジョン夫(ばか)共が目の色を変えていた。

 討伐に繋がる有益な情報をもたらした者にもいくらかの情報料が出るらしい。

 俺としてはせいぜい寝首を掻かれないように注意しないといけないな。


 そんな事を考えながらカウンターを挟んだ二人のやり取りを眺めていると、中学生くらいの見た目の小柄なウサギ耳の少女が協会に飛び込んで来た。


「ハルト! やはりここにいたのか!」

「どうしたティルシア。そんなに慌てて」


 ウサギ少女――ティルシアは息を荒くして額に汗を浮かべている。ここまで全力疾走して来たのだろうか?

 こんな見た目だがティルシアは階位(レベル)5のフィジカルモンスターだ。

 全力で走る彼女にぶつかれば階位(レベル)1の俺などひとたまりもない。

 トラックにはねられて異世界転生ならぬ、ウサギ少女にはねられて異世界転生などギャグにもならない。


 馬鹿な事を考えているのが俺の表情で分かったのだろう。

 ティルシアの眉間に不愉快そうに皺が寄った。マズイな。俺は慌てて彼女に尋ねた。


「俺を捜していたのか?」

「そうだ。急いでボスマン商会に来てくれ。マルティン様がお前を呼んでいる」 

次回「ボスマン商会」

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