エピローグ 階位《レベル》5
今回で第五章が終了します。
俺達は久しぶりにマルハレータの階位を上げるべくダンジョンの六階層に来ていた。
今までと違い、マルハレータの護衛の女騎士はいない。
アイツはボスマン商会のベッドで治療中だ。
剣鬼からの挑戦状にあった、殺すと脅されていた女は実は彼女の事だったのだ。
あの日、剣鬼に女使用人の事を問い詰めた女騎士は、どうやら言葉の選び方を間違えたらしい。
彼女は剣鬼の逆鱗に触れ、バッサリと切られてしまった。
幸いその場で死ぬような事は無かったが、彼女は適当な治療をされた状態で軟禁されていた。
ダンジョンで剣鬼が迷宮騎士に殴り殺されたあの後、ダンジョン調査隊のヤツらは慌てて俺の家までマルハレータを呼びに走った。
ちなみにその時は俺は一晩中ダンジョンで戦っていた疲れで部屋で眠っていた。
だからその時の事は何も知らない。
俺が目を覚ました時には既にマルハレータは家を出た後だったのだ。
マルハレータが調査隊の宿泊所で女騎士を発見した時には、彼女は既に危ない状態だった。
どうやら剣鬼の目を恐れて誰も彼女の看病をしてやらなかったらしい。
怒ったマルハレータは彼らから女騎士を引き取り、ボスマン商会に治療を任せる事にしたのだ。
その流れで分かった話だが、やはり女使用人は剣鬼が口封じに殺したんだそうだ。
あの日彼女は倉庫の中のミスリルの装備を見て、俺が剣鬼の探している迷宮騎士だと察して報告に向かったのだ。
しかし彼女の口から俺の情報が他に漏れるのを剣鬼が嫌った。
俺が階位1のクソザコなのはこの町のダンジョン夫であれば誰でも知っている事だ。
剣鬼にしてみれば、折角迷宮騎士を殺しても、正体が俺と知れれば名を上げるどころか失笑を買うだけだろう。
いくら、俺はダンジョンの中では強くなる、と説明した所で誰が信じるだろうか?
剣鬼にとって迷宮騎士はあくまでも謎の怪人である必要があったのである。
こうして彼女は情報の報酬を得るどころか命を失ってしまった。
死体は顔を潰されてこの町の共同墓地に捨てられていた。
「そろそろ休んだ方がいいんじゃないか?」
「そうだな。二人共休憩だ! 下がれ!」
俺の指示でマルハレータとシャルロッテは同時に階段に駆け込んで来た。
あの日以来、シャルロッテは俺達と積極的に距離を詰めて来るようになった。
俺とティルシアが話している時にも普通に入って来るし、俺に料理をねだるようにもなった。
どれもちょっとした変化だが、それだけに今まで彼女がどれだけ俺達に遠慮していたかが分かるというものだ。
少しでも彼女が溜め込んでいた物を解消してやるため、俺はなるべく彼女の要求には答えてやるようにしている。
だが、それはそれで今度はティルシアのヤツが「ハルトはシャルロッテばかり構いすぎる」とへそを曲げてしまった。
全くお前というヤツは・・・ 少しは今までのシャルロッテの遠慮を見習って欲しいものである。
あの朝、ダンジョンで剣鬼を殴り殺した俺は、ボスマン商会でシャルロッテと合流して家に戻った。
「おかえり」
「ああ。疲れたのでもう寝るよ」
そんな風にティルシアと会話を交わす俺を、マルハレータは「えっ? なんで帰って来ているの?」と不思議そうに見ていた。
俺が寝ている間に調査隊のヤツらが来て、彼女は家を出て行った。
その後二~三日帰って来なかったが、今朝久しぶりに顔を出したのだ。
彼女は自分がいない間に調査隊で起こっていた出来事の話をした上で、途中になっていた階位上げを頼んで来たのだった。
「俺達は別に構わないが、そんな事をしていていいのか?」
「・・・分かりません。今まで私は先生に言われた事をやっていただけでしたから」
マルハレータの表情にはどこか吹っ切れたものがあった。
「これは私の節目です。先生から最後に命じられた事をこなす事で、私は区切りをつけたいと思います。それに今後私は先生の最後の弟子として周囲に見られるようになるでしょう。その際に階位が一つでも上である事は決して無駄ではないでしょうから」
マルハレータにそう言われては俺達に断ることは出来なかった。
シャルロッテが手伝いたそうに俺の方を見ていたしな。
さっきも言ったが、今の俺はなるべく彼女の希望を叶えてやりたいと思っている。
俺は二つ返事で引き受けたのだった。
こうして何セットか群体百足戦をこなした頃、突然マルハレータがハッと目を見開いた。
「階位が上がりました! 階位5になっています!」
彼女は驚いたように自分の体を確認している。
「おめでとうございます! マルハレータ様!」
「シャルロッテ、あなたの協力のおかげです!」
手を握り合って喜ぶ二人だったが、すぐにマルハレータの喜びに陰りが見えた。
「どうしたんですかマルハレータ様?」
「いえ、こんなに早く階位が上がるとは思わなかったものですから」
マルハレータの階位が上がるという事は、俺達とのこの特訓が終わるという事でもある。
彼女は突然の別れに寂しい思いを抱いたのだろう。
「マルハレータ様・・・」
シャルロッテはしょげ返って頭の耳もペタンと垂れている。
俺は彼女の肩を叩いた。
「今日はお祝いに何か美味いモノを作るよ。あの日の約束も果たしていないからな」
「約束?」
俺の言葉にマルハレータは訝し気な表情を浮かべた。
あの日の約束とは、マルハレータから「シャルロッテの話を聞いてやって欲しい」と頼まれたあの時の事だ。
最後にもう一度確認した俺に対してマルハレータは、「では明日の夜も料理を作って下さい」と言ったのだ。
そして俺は「お安い御用だ」と引き受けたのだが、翌日にはマルハレータは調査隊の方へ行ってしまった。
だから結局あの約束は果たせず仕舞でいたのだ。
「ああ、そういえばそんな約束をしていましたね」
「さすがですマルハレータ様!」
「良く言ってくれましたマルハレータ様!」
俺の作る料理に目の無い獣人娘共は大喜びでマルハレータを褒め称えている。
マルハレータは二人にグイグイ詰め寄られて、嬉しそうな迷惑そうな何とも言えない微妙な表情を浮かべた。
「おい、ティルシア。その前にお前は俺と群体百足の後片付けが残っているからな」
マルハレータの階位上げが終わった以上、通路に蠢いているヤツらはもう用済みだ。
誰かが巻き込まれないように片付けていく必要があるだろう。
「任せておけ! すぐに終わらせて買い出しに行くぞ!」
「姉さんアタシも手伝うよ! マルハレータ様も行きましょう!」
「私も? ええ、いいですよ。元々私のために集めたモンスターですからね」
「お前ら・・・ まあ人手が多いに越したことはないか。手分けして片付けるぞ。って、おい、待てよ!」
俺が言い終わる前に少女達は既に階段から飛び出していた。俺は慌てて彼女達の背中を追って走り出した。
やたらと張り切る彼女達によって群体百足は瞬く間に始末され、俺はティルシア達に背中を押されるようにしてダンジョンを後にするのであった。
マルハレータの階位上げが終わって数日。
ダンジョン調査隊は調査を終えて引き上げる事になった。
随分とあっさりしたもんだ。
結局深層には入らず、上層部分を調査しただけで終わったらしい。
ヤツらは何をしに来たんだろうか。
ダンジョンの中をうろついて、町の人間に迷惑をかけまくっただけだったんじゃないだろうか?
「まあダンジョン調査なんてそんなもんだよ。調べたという事実が大事なのさ」
釈然としない俺に対してマルティンが肩をすくめて言った。
「それよりもフロリーナの件は本当に良かったのかい?」
「・・・良くはないが仕方が無い」
結局俺はフロリーナを家に引き取る事にした。
今回の件で分かったが、アイツを自由にさせておいては危険すぎる。
もし王都で別の貴族に剣鬼に言ったような話をされては、今度こそ俺の身の破滅だ。
彼女は今頃宿で自分の荷物を纏めている頃だろう。
俺は今後の生活を憂いてため息をつきたい気分になった。
「マルハレータ様だけどね、ハルト達に感謝しているって言っていたよ」
「そうか。当然その分お前からの報酬に色を付けてもらえるんだよな?」
「何でそうなるのさ! 人からの感謝をお金に変えようだなんて商人だって思わないよ?!」
もちろん俺だってそんな野暮な事は思っていない。
ただちょっと照れ臭かったので悪態をついて誤魔化しただけだ。
「俺の料理で良ければいつでもご馳走すると言っておいてくれ」
「分かった。ていうかマルハレータ様もハルトの料理を食べたんだね」
マルティンは「僕は一度も呼ばれた事がないんだけど」などとぼやいているが、お前に食わせるならマジで金を取るからな。
「何でだよ!」
「お前俺に借りしか作ってないだろうが。貸しを全部返すまで無しだ」
痛い所を突かれたのか、マルティンはモゴモゴと言い訳をしながら誤魔化した。
俺とマルティンの馬鹿話。何の事は無い、これはただの現実逃避だ。
マルティンは既に俺から剣鬼の一件のあらましを聞いている。
調査隊がこんなに急に引き上げる事になったのは、間違いなく剣鬼の死が原因だろう。
それが分かっているからこそ、俺達はあえてそこには触れずにこんな話をしているのだ。
これからどうなるか。
それはこの国の貴族の事情に詳しいマルティンをもってしても予想が付かないという。
俺は”剣鬼”クラーセンのネームバリューを甘く見ていた。
いや、甘く見ていたつもりはない。だがあの時の俺は自分の身を守るために他にとれる手段が無かったのだ。
”剣鬼”クラーセン、迷宮騎士に殺される。
この知らせは瞬く間に帝国中を駆け巡り、やがては王家をも動かす事になるのだった。
これで第五章が終わりました。
舞台がいつもの町に戻ってきて今までの形に戻したわけですが、いかがだったでしょうか。
まあ、総合評価の伸びが微妙な時点でお察しなんですが。
て、前章も同じことを書いてますね。
この作品がダメなのか、「小説家になろう」の読者の皆様の嗜好に合わないのか。
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