その21 剣鬼 vs 迷宮騎士《ダンジョンナイト》
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翌朝。ダンジョンの階段手前の広いスペースにダンジョン調査隊が集まっていた。
仕事に向かうダンジョン夫達が迷惑半分、好奇心半分の表情で彼らを避けて階段に向かっている。
「ちっ。分かり易い場所を選んだつもりだったが、もうちっと人通りから離れた場所にしとけば良かったか」
通りすがりのダンジョン夫達から、興味深そうにチラチラと眺められながら、”剣鬼”クラーセンは表情を歪めた。
「逆に考えればそれだけ目撃者が多いという事にもなる。そう考えりゃ悪い事ばかりじゃねえか」
クラーセンはイライラと白い髭をしごきながらその時を待った。
「うわああああっ!」
突然、悲鳴と共に階段から男達が吐き出された。
さっき横を通って下の階層に降りて行ったダンジョン夫達である。
「来たか!」
クラーセンはニヤリと大きく口元を緩めた。
二階層から階段を上がって来たのは全身白銀のミスリル装備の男?だった。
その体はモンスターの血と体液を浴びて薄汚れている。
抜身の剣を下げて悠々と歩いて来るその姿は、高貴な騎士の亡霊のようにも見えた。
「テメエが迷宮騎士か」
「そう言うお前は何だ」
迷宮騎士の兜の面あてから響く声は、低くこもっていて聞き取り辛かった。
「俺が誰かって? ルートルフ・デル・クラーセン。世間じゃ剣鬼とか剣聖とか呼ばれているようだがよ」
「俺は迷宮騎士。そう呼ばれている」
そう呼ばれているも何も、自分で言いだした名前なのだが、幸いな事にここにそれを知る者はいなかった。
迷宮騎士が自分で認めた事で、周囲の調査隊員と好奇心旺盛な野次馬達にざわめきが広がった。
「俺の挑戦を受けてくれて嬉しいぜ迷宮騎士」
クラーセンは無造作に迷宮騎士との距離を詰めた。
剣呑な気配に、周囲の者達がさらに二人から距離を取った。
「テメエが俺とのサシの勝負を受けるならコイツらには手を出させねえ。もっともテメエは俺に殺される訳だし、逆にテメエが俺を殺せる程の化け物なら、コイツらが何人束になってかかっても手も足も出ねえだろうがな。まあそんな話はどうでもいいか。テメエは俺に切られる。テメエがここに現れた以上、これはもう決められた事だからよ」
クラーセンの挑発に迷宮騎士は何も言い返さない。
その事に少し物足りなさを感じながらもクラーセンは話を続けた。
「テメエがあの世で後悔しないように言っておくが、俺をジジイだと侮っていると痛い目を見るぜ? 若い頃にはかなわねえが、俺は今でも階位8だからな」
階位8という驚異的な数字に野次馬達から驚きの声が上がった。
その声を自分に対する声援とでも感じているのか、クラーセンは益々調子付いて言葉を続けた。
「そして俺には最強のスキル『先読み』がある。コイツがあるから俺は一度として負けた事はねえ。いいか? 階位2とか3とかのクソザコの頃から一度たりとも負け知らずだ。これが何故か分かるか?」
クラーセンはここで大きく溜めると獰猛な笑みを浮かべた。
「こと剣に限ってはスキル『先読み』は階位3相当の力を発揮するからだよ。つまり俺は階位2の頃から階位5相当の剣技を振るう事が出来たのさ」
クラーセンの自信の源、それはスキル『先読み』による圧倒的なアドバンテージだった。
そして階位3相当の力という事は、現在階位8のクラーセンは階位11、階位の限界である階位10を超えた剣技の持ち主という事になる。
つまりクラーセンにかなう人間はこの世界には存在しない事になるのだ。
ダンジョン調査隊の者達も、クラーセンのスキル能力を具体的には聞かされていなかったのだろう。
事情を知った者達から大きな驚きの声が上がった。
迷宮騎士はショックのあまり声も無く立ち尽くしている。
いや、そうではないようだ。
迷宮騎士の様子に違和感を感じてクラーセンは訝し気な表情を浮かべた。
「それで?」
迷宮騎士は低くこもった声で呟いた。
「お前は俺に自慢話がしたいのか?」
「はっ! ぬかせ!」
クラーセンは額に青筋を浮かべると腰の剣をスラリと抜き放った。
高純度のミスリルの輝きに、周囲からは今度は大きなどよめきが上がった。
「テメエが訳も分からずに切られて死んじゃあ気の毒だから、わざわざ説明してやったのよ! オラ、かかって来な! 先手を譲ってやんよ!」
「そうか」
その瞬間、クラーセンは目の前に迷宮騎士が瞬間移動して来たのかと思った。
彼ご自慢のスキル『先読み』をもってしても迷宮騎士の動きが捉えられなかったのだ。
驚愕と同時に彼の肩をかつて感じた事のない強い衝撃が襲った。
「ギャアアアアアッ!!」
「何っ?!」
突然襲った灼熱の痛みにクラーセンは大きな悲鳴を上げた。
クラーセンの肩、鎖骨の下あたりから剣の刃先が生えていた。
迷宮騎士は驚きの声を上げて、折れてしまった自分の剣を見詰めている。
迷宮騎士は目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、袈裟懸けの一刀を放ったのだ。
しかしその剣はクラーセンの高純度なミスリルの鎧によって阻まれてしまった。
剣はクラーセンに致命傷を負わせる前に折れ、結果、クラーセンの肩に折れた剣先を埋め込んだのだった。
不完全とはいえミスリルの鎧を切り裂き、ミスリルの剣が折れるほどの斬撃を放った迷宮騎士の凄まじさ。
信じられない化け物の存在に、クラーセンは血走った眼を限界まで見開いた。
「テ・・・テメエ、今、何をやった?!」
クラーセンは逃げる事も忘れて喘いだ。
もしクラーセンがこの時の迷宮騎士の階位が24だと知ればどんな表情を浮かべただろうか。
迷宮騎士は無言で拳を固めた。
剣が折れた以上殴り殺すしかない。
彼がそう判断したのは間違いないだろう。
「ま・・・待て! 止めろ! お願いだ! 見逃してくれ!」
かつてクラーセンはそう命乞いをする多くの者達から命を奪って来た。
それは彼に挑んで来た剣客であったり、あるいは彼の方から難癖を付けて挑んだ剣術家達であった。
そのいずれの命も彼は無慈悲に奪って来た。
強い者が弱い者の命を奪って何が悪い。
この世は弱肉強食。
弱者は強者の餌食になって当たり前。
それが彼のモットーだった。
しかしそれはスキル『先読み』という圧倒的なアドバンテージの上に立つ者の、身勝手で傲慢な理屈でしか無かった。
自分以上の化け物を前に、クラーセンはその事を初めて思い知らされていた。
つまり彼はハルトあたりに言わせれば、チートをぶん回して他人に対してマウントを取る悪質なプレイヤーそのものだったのである。
「くそっ! こうなりゃテメエも道連れだ! みんな聞け! コイツは――ゴフッ! や、やめ――ガッ! ブッ!」
見苦しくも迷宮騎士の正体をばらそうとしたクラーセンだったが、迷宮騎士の拳を顎に食らって続きを口にする事は出来なかった。
周囲が固唾をのんで見守る中。迷宮騎士はクラーセンを殴り倒すと馬乗りになり、クラーセンの頭部の形が変わるまで殴り続けた。
やがて迷宮騎士が立ち上がった時、クラーセンの頭蓋骨は粉々に粉砕され、頭部はつぶれた肉の塊に変わり果てていた。
いかに階位8とはいえ、こうなれば当然生きていられるはずはない。
周囲の者達が恐れおののき大きく道を開ける中、迷宮騎士は二階層に続く階段へ向かい、その姿をダンジョンの奥に消した。
彼の後を追おうとする者は誰もいなかった。
こうして、かつて階位9に到達したと言われる剣聖と名高い男は、謎の怪人と戦ってその戦いに満ちた波乱の生涯を終えたのであった。
次回で第五章が終了します。
次回「エピローグ 階位5」