その20 迷宮騎士《ダンジョンナイト》再び
俺はシャルロッテが泣き止むのを待ってから立ち上がった。
「落ち着いたらリビングまで来てくれ。そこでティルシアも交えて説明する」
シャルロッテは泣きはらした目をこすって頷いた。
俺は再び良心の呵責を覚えながらも、彼女の部屋を後にした。
俺が準備を終えてリビングに入ると、ティルシアとシャルロッテはイスに座って俺を待っていた。
俺は抱えていた装備をテーブルの上に置いた。
全てミスリル製の装備だ。
「これは?」
「・・・迷宮騎士の装備だ」
俺はティルシアの疑問に仏頂面で答えた。
ろくに覚えていないコイツを倉庫で探していて遅くなったのだ。
仕方が無いだろう。まさか再びコイツを使う日が来るとは思ってもいなかったのだ。
「これが迷宮騎士の装備か」
「まさか迷宮騎士がハルトだったなんて」
「・・・それくらいでもういいだろう。話を進めたいんだが」
二人の口から迷宮騎士の単語が出る度に、俺の精神がゴリゴリと音を立てて削られていくような気がする。
俺は二人の手から装備を取り上げるとテーブルの上に置き直した。
「俺は急遽ボスマン商会に用事が出来た事にする。お前達も一緒に来てくれ。この装備は目立たないように全員で手分けして運ぼう。ボスマン商会からは俺一人が例の鍵を使ってダンジョンに入る。後は一晩戦って階位を上げ、明日の朝に剣鬼を殺す」
「直接ダンジョンに向かっちゃいけないのかい?」
それは俺も考えた。しかしそれはマズいと気が付いたのだ。
「ひょっとして剣鬼の部下がこの家を見張っているかもしれない」
「そんな?!」
「いや。あり得るな。剣鬼が迷宮騎士に執着しているなら、ハルトが逃げ出さないように警戒しているに違いない」
ティルシアはアゴに拳をあてて考え込んだ。
「それにさっきの剣鬼の話を信じるなら、現在剣鬼以外の人間はハルトが迷宮騎士だと知らない可能性がある。アリバイを作っておいても無駄にはならないだろう」
そう。俺が考えたのも正にその事だ。
おそらく剣鬼も俺が迷宮騎士であると確信を得ている訳では無いのだろう。
もし、剣鬼に確信があるのなら、面倒な搦め手など使わずに真っ直ぐに俺に挑戦してくるに違いない。
何となくだが俺は剣鬼なら絶対にそうするだろうと信じて疑わなかった。
それが変に自信がないものだから、こんな妙な脅迫まがいの方法を取ってしまったのだ。
そもそも剣鬼自身が言っていたではないか、フロリーナの話を”最初は信じられなかった”と。
俺は懐から例の鍵――漆黒の鍵を取り出した。
「この町の下までダンジョンが広がっているのは知っていても、俺がこの鍵でボスマン商会の敷地内からダンジョンに入れる事を知っている者はいない。もし俺を見張っている者がいたとしても、そいつの目には俺は今夜から明日の午前にかけてボスマン商会にいたようにしか見えない」
「後は迷宮騎士が剣鬼を始末すれば、ハルトを疑う者はいなくなるという訳か」
ティルシアの言葉に俺はふと先程のマルハレータとの会話を思い出した。
ティルシアも俺も剣鬼を始末する事を前提に話を進めているが、これを彼女が聞いたらどう思うだろうか?
正気の沙汰とは思えない。そう感じて呆れるに違いないだろう。
俺はそんな彼女の顔がありありと目に浮かぶ気がした。
「ハルト?」
「いや、何でもない。それよりも二人にはボスマン商会に付いて来てもらうつもりだが、マルハレータは今どうしている?」
「マルハレータ様なら部屋にいるよ」
マルハレータは家にいる時には基本的に部屋から出ない。
他人の家をウロウロとうろつくような不躾なマネはしないのだ。
「使用人もいないのでは彼女を一人にはしておけない。シャルロッテ、お前は家に戻って彼女の世話を――」「それなら私がやろう」
「ティルシア姉さん?」
ティルシアの意外な申し出に俺達は目を見張った。
「今回もそうだが、今後マルティン様がこの町に来る事があれば、私はボスマン商会との連絡でハルトのそばを離れる機会が増えるだろう。お前も階位4に上がった事だし、私に代わってハルトの護衛を任せたい」
「そんな・・・アタシなんかが」
ティルシアはシャルロッテを厳しく睨んだ。
「お前もチーム・ローグのメンバーだ。いつまでも甘えていないで自分がやるべき仕事をこなせ」
ティルシアの言葉にシャルロッテはハッと目を見開いた。
「そうだね。アタシもチームメンバーなんだ。――分かったよ姉さん。ハルトはアタシが守ってみせる!」
「任せたぞシャルロッテ。ハルトを守ってやってくれ」
シャルロッテはティルシアから俺の事を任された――チームメンバーとして認められたと知って、喜びと興奮を隠し切れない様子だ。
ティルシアはそんなシャルロッテに先輩風をふかしているようだ。
俺はそんな二人の会話を聞いて何とも言えない微妙な気分になっていた。
二人の言いたい事は分かるが、こんな少女達に守る守ると言われている俺は、男としてどうなんだろうか?
俺は再びマルハレータの姿を脳裏に思い描いた。
この二人の会話を彼女が聞いたらどう思うか?
さっきとは違う方向で、やはり呆れるに違いないだろう。
俺はそんな彼女の顔がありありと目に浮かぶ気がした。
俺は軽く装備を叩いて二人の視線を集めた。
「分かった。マルハレータの相手はティルシアに任せる。それよりも時間が惜しい。準備が出来次第ボスマン商会に向かうぞ」
俺達は装備を荷袋に詰めると、マルハレータを残して家を出たのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
深夜。ふと目を覚ましたマルハレータは、何となく衝動に駆られてベッドから下りて部屋のドアを開けた。
「どうしました?」
部屋の外には小柄なウサギ獣人の少女・ティルシアが、イスを持って来て座っていた。
すぐ横には剣が抜き身の状態で立てかけてある。どうやらマルハレータを護衛しているようだ。
マルハレータはしんと静まり返った家の中を見渡した。
「みんな寝ているんですか?」
「二人はボスマン商会に用事があって出かけています。私はマルハレータ様の護衛のために残りました」
マルハレータはティルシアに振り返って言った。
「本当にハルトは先生の言うように迷宮騎士なんでしょうか」
「私は存じ上げません。クラーセン様の思い違いなのでは?」
サラリと嘘をつくティルシア。
もちろん彼女はハルトが迷宮騎士である事を知っている。
シュミーデルの町からこの町に帰った時に、まだダンジョン協会は迷宮騎士の噂で持ち切りだった。
不思議そうな彼女にハルトは渋々事情を打ち明けたのだ。
あの時の苦虫を嚙み潰したようなハルトの顔を思い出す度に、彼女はこみ上げて来る笑いをこらえるのに苦労していた。
「もし先生が彼を切ったらあなたはどうしますか?」
「失礼ながら、そのような仮定に意味はないのではないでしょうか」
ティルシアはハルトが負けるなどとは毛ほども思っていなかった。
その事を知らないマルハレータは違う意味に捉えたようだ。
「そうですね。ダンジョンの外では最弱、ダンジョンの中では最強、そんな人がいるはずがありませんよね」
マルハレータの視線はある部屋の前で止まった。シャルロッテの部屋だ。
「シャルロッテ。彼女は私に似ているのかもしれません」
マルハレータは今日、一人になって今まで考えていた事をポツリともらした。
「私が幼い頃、屋敷には彼女のような女のネコ科獣人の使用人がいました。私は何となくシャルロッテを彼女に重ねて見ているのかと思っていましたが、違ったようです」
マルハレータは考えをまとめながら言葉を続けた。
「シャルロッテはいつも周囲の顔色を窺っています。私も同じだから分かるのです。周りから嫌われないように、少しでも良く思われるように、そうして諂っていないと自分の居場所がない人間。私達はそういう人間なのです」
ティルシアは何も答えない。しかし、マルハレータはそちらを見ずともスキル『諂い』の能力で彼女の言いたい事が分かっていた。
「あなたは貴族である私と、獣人である彼女とでは立場が違うと言いたいんでしょうね。確かに人間の町で生きる事は獣人にとって大変だと聞きます。しかし、貴族の中でも立場の弱い私などは、やはり貴族社会の中では生き場が無いものなのですよ」
マルハレータはシャルロッテの中に他人に媚び諂う自分の姿を見付けて、彼女から目が離せなくなっていたのだ。
その事を自覚した時、マルハレータは自分の師匠がハルトを切った後、自分の居場所を失ったシャルロッテがどうなるかずっと考えていた。
ティルシアはそんなマルハレータの横顔に言った。
「シャルロッテには私達チームメンバーがいます。私達の中に彼女が居場所を作ったように、私達も彼女の中に居場所を作っているのです。シャルロッテはそれに気が付いていないだけなのです」
「彼女の中にも――」
その考え方は今までのマルハレータに無い発想だった。
しかし、ティルシアの言葉は不思議とマルハレータの心にストンと落ちた。
「私達は他人の中に居場所を探すばかりで、自分の中に他人が居場所を作っている事に気が付いてなかった」
マルハレータはぽつりと呟いた。
眠気は彼女の中からすっかり去ってしまっていた。
次回「剣鬼 vs 迷宮騎士」




