その19 本当の仲間
「ならば私からも条件があります。少しの時間あなたと二人で話をさせて下さい」
マルハレータの返事は意外なものだった。
いや、意外でもない、のか?
マルハレータが一体何の条件を持ち出すのか?
正直言って俺には全く予測が付かなかった。
俺はティルシアが何か言いたげな目でこちらを見ているのを感じた。
ティルシアの心配は分かる。マルハレータは知り過ぎている。
――やはりこの家に泊めるんじゃなかった。
だが今更言っても仕方が無い事だ。
自分でも際どい綱渡りをしている自覚は十分にある。
だが、よもや伯爵家の娘を、「秘密を知ったから」という理由で始末してしまう訳にはいかないだろう。
始末出来ない以上、彼女の口から俺の情報が拡散するのをどうにかして防がなければならない。
そういう意味では彼女から何かしら条件を出してくるのは逆にチャンスとも言える。
自分にも利があるならば裏切らないかもしれない。
あやふやな根拠だが、100%彼女の善意に期待するよりはいくらかマシというものだ。
俺は覚悟を決めてマルハレータに返事をした。
「分かった。話を聞こう」
俺の返事を受けて、ティルシアとシャルロッテが部屋を出て行った。
リビングに残っているのは俺とマルハレータの二人だけだ。
彼女が話し出す前に一度今の状況を頭の中で整理しよう。
まず、彼女は俺についてどれだけの事を知っているだろうか?
さっき俺と剣鬼が話しているのを聞いていた感じからすると、内容の大半を彼女は知らないように思えた。
つまり彼女の知識は、さっきの会話の内容がほぼほぼ全てと考えても良いだろう。
彼女は――そして剣鬼も、俺のスキル『ローグダンジョンRPG』の能力を知っているわけではない。これは間違いないだろう。
フロリーナがスキル『観察眼』で得たあやふやな情報から、俺が迷宮騎士ではないかと推測しているに過ぎないのだ。
そうでなければ剣鬼がこんな形で「挑戦状」など送るはずがない。
ダンジョンの中では剣鬼だろうが俺にかなうわけがないからだ。
俺が剣鬼なら間違いなくダンジョンの外、俺がクソザコ階位1のうちに勝負を挑む。
それをしないどころか、今夜一晩俺に階位を上げる時間を与えた時点で情報の欠落は決定的だ。
思えば剣鬼の息は酒臭かった。一晩寝て酒を抜いてから戦おう、とか考えていたのだろう。
その油断がお前の命取りになるのだ。
まだギリギリ。首の皮一枚で俺が助かる道はある。
このマルハレータとの交渉で失敗しなければ、その確率がさらに高まるに違いない。
俺は気合を入れ直すとマルハレータに向き直った。
「シャルロッテの話を聞いてあげて下さい」
「・・・えっ?」
マルハレータの条件は俺が予想だにしないものだった。
「それで、他には何か?」
「仮にあったとして、言っても仕方が無いでしょう」
どういう意味だ?
彼女の言葉に俺はすっかり混乱してしまった。
俺の戸惑いを察したのか、マルハレータは少し考えて言葉を続けた。
「あなたが何であろうと、死んでしまえばもう二度とシャルロッテはあなたに何も伝える事が出来なくなります。彼女はこの後一生心に重荷を背負って生きる事になるでしょう」
なる程。そういえばシャルロッテは今朝から少し様子がおかしかった。
だがそれと俺が死ぬ事に何の関係が――
そこまで考えて、俺は初めてマルハレータの考えが理解出来た。
分かってしまえばなんて事は無い。マルハレータは明日、俺が剣鬼に切られて死ぬと思っているのだ。
だから死ぬ前にシャルロッテと話をしてわだかまりを解いておけ、と言っているのだろう。
普通に考えれば確かに彼女の言っている事は正しい。
かつては階位9に到達したと言われる、生きる伝説の男から挑戦状を叩き付けられたのだ。
どう考えても俺が死ぬのは当たり前、決定事項だ。
誰に聞いてもそう答えるのは間違いないだろう。
・・・
まあコチラとしては願ったりかなったりだ。
俺は覚悟を決めていた分だけ肩すかしを食ったような気になった。
俺は頷くと、念のために最後にもう一度だけ確認しておく事にした。
「分かった。それよりも本当にそれだけでいいのか?」
マルハレータは少し考えてから言った。
「では明日の夜も料理を作って下さい」
「お安い御用だ」
マルハレータは寂しそうに微笑んだ。決してかなわぬ約束だとでも思ったのだろう。
マルハレータとの条件通り、俺はシャルロッテと話をするべく彼女の部屋に向かった。
明日の朝まで時間は限られている。あまり悠長にしてはいられない。
「シャルロッテ、俺だ。ハルトだ。少し話がある」
俺が彼女の部屋をノックすると中からバタバタと暴れるような音がした。
・・・
まだだろうか?
しばらくして音が止むと、ドアが少しだけ開かれた。
「あっ、あ、ハルト、何の用だい?」
「何の用って――」
ここで俺は自分の失敗に気が付いた。マルハレータからシャルロッテの話を聞いてやって欲しいと言われて来たのに、俺は「話がある」と自分の方にこそ話があるかのように言ってしまったのだ。
・・・まあいいか。
どのみちそろそろシャルロッテには、俺の秘密を話しておかなければいけないと思っていた所だ。
何となくタイミングを逃して伸び伸びになっていたが、これもいい機会だろう。
それに俺の方から先に話をする事でシャルロッテの方も話しやすくなるかもしれない。
「話があるんだが・・・ 部屋に入って大丈夫か? ダメなら俺の部屋でもいいが」
「だ・・・大丈夫だよ! 入ってくれてもいいよ!」
そういえばコイツの部屋に入るのは初めてだな。さて、何から話せばいいものか。
俺はそんな事を考えながら、シャルロッテの部屋に招き入れられたのだった。
シャルロッテの部屋はまあまあ散らかっていた。
さっきドタバタしていたが、まさかわざわざ散らかしていた訳じゃないよな?
それとも片付けてこのありさまなのだろうか?
「あ、あまり見られるとちょっと・・・」
「ああ、すまん。そうだな。さて、何から話すか・・・」
俺は床に座り込むと少し頭の中で考えを整理した。
「先ずは俺のスキルの事から話すべきだろうな。俺のスキルは『ローグダンジョンRPG』だ。その能力は――」
こうして俺は自分のスキルの能力から始まり、ティルシアと出会うきっかけになったマルティン捜索の一件を話し、その後ボスマン商会と協力する事になった経緯を話し、フロリーナのスキル『観察眼』の説明をした上で、今回の一件で彼女には俺の階位の上限突破がバレている可能性があることも話した。
もちろん俺が日本からの転移者である事は黙ったままだ。
それだけはティルシアにも教えていない俺の秘密だからだ。
――もっとも彼女はマルティンあたりから既に聞かされているかもしれないが。
最後に迷宮騎士の話をした所で俺の話は終わった。
俺の拙い説明では伝わり辛い所もあっただろうが、シャルロッテは時には驚き、時には納得しながらも最後まで大人しく話を聞いてくれた。
「――そういうわけで、今回の件はおそらくフロリーナのお喋りが原因だろう。いずれは何か手を打たなきゃいけないが、一先ずは明日の朝の剣鬼との勝負だ。さっきも言ったが、俺はこれからスキル『ローグダンジョンRPG』で階位を上げるために、ダンジョンに入らないといけない。お前にも手伝ってもらう事になるが、文句なら剣鬼に――おい、どうした?!」
シャルロッテは今までずっと黙って俺の話を聞いていたが、これからの予定を話そうとしたこのタイミングでポロポロと涙をこぼし始めたのだ。
「おい、一体何が――」
「ごめん、ごめんよハルト。違うんだよ、アタシ嬉しくて」
シャルロッテは涙を拭いながら、俺に詫び続けた。
嗚咽混じりの彼女の話。それは俺が思ってもいなかったものだった。
シャルロッテは元々暗殺者集団のスパイとして俺達の所に潜り込んでいた。
その暗殺者集団は既に俺によって全滅しているが、彼女は今もその事で俺に対してずっと後ろめたい思いを抱いていたんだそうだ。
だから俺がスキルの事をシャルロッテに誤魔化していても、ボスマン商会との関係を詳しく説明せずにはぐらかしていても、彼女は「仕方が無い事だ」とそれを尋ねる事が出来なかった。
そんな中、昨夜自分のミスでとうとう取り返しのつかない事になってしまった。
自分がちゃんと倉庫の外を見張っていれば、女使用人の後を早く追いかけていれば、こんな事にはならなかったに違いない。
シャルロッテはそんな自責の念に駆られて、まともに俺の顔を見る事も出来なくなっていたんだそうだ。
・・・どうりで今日一日彼女の様子が変だったわけだ。
俺は別にシャルロッテのせいだとは思っていなかったが、どうやら彼女はそう思い込んでいたようだ。
この国で自分の居場所が無くなるのが怖かった、という思いもあったのだろう。
彼女はここでは良い子になるしかなかったのだ。
そう言われてみると心当たりが無くはない。
俺は先日の上層の採取の試験結果を真剣な表情で待つ彼女の姿を思い出した。
思えばシャルロッテはいつも熱心にダンジョン夫の仕事を覚えようとしていた。何となくこなしていくティルシアなんかとは随分と違っていた。
真面目な性格なのだろう、と今までは特に気にもしていなかったが、あれは”真面目”というよりは”懸命”だったのかもしれない。
俺は散らかった部屋の中を軽く見回した。
本当のシャルロッテは、こうして少しズボラな享楽的な性格なのかもしれない。
俺の前ではシャルロッテはずっと猫を被っていたのだ。
今日、俺は彼女に、今まで隠していた秘密を打ち明けた。
彼女はようやく俺に信じてもらえた、受け入れられたと実感したことで安堵したのだ。
そして本当の仲間になれたという喜びに、彼女はこみ上げて来る涙を抑える事が出来なくなったのだ。
・・・いや、俺としてはもういつ打ち明けても良いと思っていたものを、今まで何となくその機会を逃していただけなのだが。
こんなに思い悩んでいると知っていたなら、もっと早く伝えてやれば良かった。
俺は申し訳なさと罪悪感に胸の痛みを覚えながら、いつまでも涙の止まらないシャルロッテの肩を不器用に抱いてやるのだった。
次回「迷宮騎士再び」




