その18 剣鬼の弟子マルハレータ 剣聖からの挑戦状
◇◇◇◇剣鬼の弟子マルハレータの主観◇◇◇◇
食事の後、クラーセン先生がこの家を訪ねて来ました。
どうやら先生の目的はこの家のダンジョン夫、ハルトのようです。
弟子を気遣うような方ではないので、私の様子を見に来たという事は無いとは思っていましたが、彼に一体何の用なんでしょうか?
「なあハルトよ。聞いたぜ? なんでもこの家には面白い物をため込んだ倉庫があるそうじゃねえか」
「「「!!」」」
何の話でしょうか?
しかし、先生の言葉に明らかにハルト達の顔色が変わりました。
中でもネコ科獣人の少女シャルロッテのうろたえようは酷く、「どうしよう、アタシのせいだ」と呟き、ガクガクと膝を震わせています。
ウサギ獣人の少女ティルシアが小さく舌打ちしました。
シャルロッテはビクリと身をすくませると泣きそうな顔をして歯を食いしばっています。
そんな彼女の痛々しい姿に私は胸が締め付けらるような痛みを覚えました。
そんな私達をよそに、先生とハルトの話は続きました。
「なあハルトよ。お前迷宮騎士って知っているだろう? 良く知っているはずだよな?」
迷宮騎士。
先生が探している、このダンジョンに現れたという怪人です。
なぜここでその話が出るのでしょうか? 予想外の内容にハルトも戸惑っている様子でした。
「――まあそれでもやる事がないんでしばらく付き合っていたが、そろそろ飽きて来た頃合いだったわけよ。その時この町で面白い話をする女に出会った。ボスマン商会のスキル『観察眼』の娘だ」
ハルトの体が緊張に固くなりました。
先生は彼にとって何か決定的な事を言おうとしている。
私のスキル『諂い』がその事を強く感じました。
私は緊張にゴクリと喉を鳴らしました。
「その話なんだがよ。”町で見た時にはクソザコ”に過ぎない男が、”ダンジョンでは異様な程の強者の気配を纏う”男になるって言うんだ。もちろん最初は信じられなかったぜ」
その瞬間、時間が止まったように感じました。
それほどこの場の緊張感が高まったのです。
ハルトは先生を睨んだまま身じろぎもしません。
ティルシアとシャルロッテはそんなハルトの背中を固唾をのんでじっと見ています。
私は驚きで声も出せませんでした。
先生は今、何と言ったのでしょう。
この町には町中では弱く、ダンジョンの中では誰よりも強い男がいる。
そして先程の「ハルトは迷宮騎士の事を良く知っている」という言葉。
この二つが現す事はただ一つ。
先生はハルトの事を迷宮騎士だと考えている。
でも本当に先生が言っているような事があり得るのでしょうか?
私はハルトとティルシアが百足のモンスターを苦も無く排除している現場を見ています。
二人の実力ならどちらかが迷宮騎士だったとしてもおかしな話ではない・・・のかもしれません。
「何の話だか俺にはさっぱり分からない」
やがてハルトは絞り出すように言いました。
ハルトの返事を予想していたのでしょうか。先生は薄ら笑いを浮かべました。
「まあ俺にとってみれば迷宮騎士の正体なんてどうでもいいんだよ。要は迷宮騎士という化け物さえいれば問題ないのさ。むしろ迷宮騎士の正体を言いふらされちゃ困る訳さ。だってそうだろう? もし迷宮騎士がダンジョンの外ではクソザコなら、俺が倒した時の価値が下がるじゃねえか」
ここで先生は言葉を切るとハルトを睨み返しました。
「迷宮騎士は俺の獲物だ」
その時、私の中にとある疑惑が芽生え、私は雷に撃たれたようなショックを受けました。
先生はハルトを迷宮騎士だと思っています。
しかしもし、そう考えたのが先生だけでは無かったとしたら。
例えば彼が高価なミスリルの剣を所持している所を覗き見てしまった女の使用人とか・・・
もしかしてベルーナは、ハルトが迷宮騎士だと考えて、謝礼を目当てに迷宮騎士を探している先生のもとに報告に向ったのではないでしょうか?
先生は彼女からこの話を聞いてどうしたでしょう?
欲深くお喋りな使用人に金を与えてそのまま返すでしょうか?
・・・
私は先生が躊躇なく人の命を奪う事を知っています。
ひょっとして彼女は既にこの世には――
「そうだとしても俺には関係の無い事だ」
「――ふん。テメエに一つ教えといてやろう。俺にこんな風にガンつけられて逃げ出さねえ時点でテメエはただのザコじゃねえんだよ」
先生の言葉にハルトはショックを受けた様子でした。
先生は懐から折りたたまれた紙を取り出してハルトの足元に放り投げました。
「後で読んどけ」
「・・・俺は簡単な文字しか読めない」
「ちっ! 面倒なヤツだな。おい、マルハレータ。お前ハルトの代わりに読んでやれ」
先生はそう言うとクルリと背を向け、あっさりとこの場から去って行ってしまいました。
先生の姿が通りの向こうに消えると、ハルトから大きなため息が漏れました。
「ひとまず命は繋がったか」
ハルトはそう言うとイヤそうに先生からの手紙を見つめました。
既に辺りは薄暗くなっています。
しかしそんな中でも、手紙に書かれた”挑戦状”という文字はハッキリと読み取れたのでした。
家に戻った我々はさっきのリビングに集まりました。
私は今にも死にそうな顔をしているシャルロッテを気にしながらも、先生の残して行った手紙を読みあげました。
「挑戦状というよりは脅迫状だな」
最後まで聞き終えたティルシアがポツンと呟きました。
確かにそうです。この手紙の内容は彼女が言った通りの物でした。
「明日の朝、ダンジョン一階層の階段手前で待つ。来なければハルトの秘密をバラす。ついでに女も殺す。女って誰だ? 私達の事か?」
自分達が殺されるという言葉をあっけらかんと言い放つティルシア。
しかしこの場合の”女”は多分彼女達の事ではないでしょう。
「きっとベルーナの事だと思います。昨日から帰っていませんからおそらくは・・・」
「ああなる程。あの時ベルーナは剣聖様のところに駆け込んだのか」
ティルシアは大きく頷きました。
「だが、俺達には関係ないだろう」
「それはその・・・ 迷宮騎士は女性の危機に駆け付けるという噂があるので」
ダンジョンで襲われたギルドの女性職員を救った事から、迷宮騎士はダンジョン内で女性が襲われたら助けに来るという話がまことしやかに囁かれているのです。
どうやらハルトにとっては初耳だったらしく、彼は「はあっ?!」と大きな声で叫びました。
「誰がそんな根も葉もない噂を! どうして俺――迷宮騎士がいちいち関係ないヤツまで助けなきゃいけないんだ!」
「自分で騎士とか名乗ったのがいけなかったんじゃないか?」
呆れ顔のティルシアに切り替えされてぐうの音も出ないハルト。
やはり信じがたい話ですが、彼が迷宮騎士で間違いは無いようです。
このうろたえようがその証拠でしょう。
私は下を向いたまま小さくぢぢこまっているシャルロッテが気になって仕方がありませんでした。
「それでどうするハルト」
「・・・少し待て。マルハレータ様」
ハルトは私の方に向き直りました。
「俺と取引をしませんか?」
「取引ですか?」
ハルトは少し言葉を探している様子でしたが、やがて慎重に言葉を選びながら話し始めました。
「俺達の事は――ここで聞いた事は他言無用に願いたい。その代わりその挑戦状にある通り、明日、剣鬼の前に迷宮騎士が行くようにこちらで手配する。つまりアンタの師匠の望みもかなうし、アンタの所の女使用人も助かるという訳だ。どうだろうか?」
私はしばらく考えました。
もちろん私はここで聞いた事を外で言うつもりはありません。
そもそも本当にハルトが迷宮騎士だった場合、先生の挑戦状を受けた時点で彼の命は無いも同然なのです。
死んだ人間の事を後で言いふらしてどうなるものでもないでしょう。
つまりこの取引は彼に取って何の意味も無いものなのです。
なのに何故ハルトはこんな無駄な事を言い出したのでしょうか?
この取引を受けようが受けまいが私達にとっては互いに無意味なはずです。
しかし私はすぐには返事をしませんでした。
代わりに私の口を突いて出たのは別の言葉でした。
「ならば私からも条件があります。少しの時間あなたと二人で話をさせて下さい」
次回「本当の仲間」




