その10 群体百足との闘い
哀れな男が群体百足の群れに飲み込まれる頃。
当然そばに立っている俺も無事ではなく、同様に群体百足に襲われていた。
いやまあ、そうは言っても普通に無事なんだが。
「え~っ。」
ウサギ獣人のティルシアが、群体百足と戦う俺の姿を見て呆れたような声を上げた。
チラリと目をやると「それはないわ~」、とでも言いたそうな表情だ。
・・・コイツだんだん俺に遠慮が無くなってきたな。
ちなみにマルティンも割と困り顔だ。
指揮官のヒゲに至っては
「きっ・・・貴様、マジメにやらんかぁあ!」
お怒りの様子だ。すっかり声が裏返っている。
いや、十分にマジメなんだが?
俺の今の姿は、端的に言えば”超高速タップダンス世界一”だ。
チャカチャカと目にも止まらぬ速さでクソ忙しく足を動かし、時折パッパッと腰のあたりで手を振るっている。
チャカチャカチャカチャカ、パッパッ、チャカチャカ・・・・
おい、コレ滅茶苦茶高度なことしてんだぞ。
俺は襲い来る百足共の頭を的確に踏みつぶす。
階位23の身体能力は伊達じゃない。小型種ごときひと踏みだ。
あまり一か所で踏みつぶしていると足元が悪くなるので、適当に動きながら踏みつぶす。
それがまたダンスを踊っているように見えるのだ。
チャカチャカチャカチャカ、パッパッ、チャカチャカ・・・・
たまに数匹同時に重なることもあり、そういった場合、足によじ登ってくるところを手でサッと払いのける。
むっ、また来たか。サッサッサッ、と。
今度は大型種か。
あー、そういう威嚇とかいいから。早く来い。
もちろんその間も足は変わらず軽快なビートを刻んでいる。
おっと、来たか。
スパン!
ナタで頭を切り落とす。
空いている手で、腿のあたりまで這い上がってきていた小型種をまたサッと払う。
タップの足を止めず、ナタでスパン。タップの足を止めず、ナタでスパン。
チャカチャカチャカチャカ、スパーン、チャカチャカ、スパーン・・・
みるみるうちに群体百足の死骸が周りに増えていくが、一向に数が減らない。
なまじやられた駐留兵の階位が高かったせいか、見たこともないほどの数がこの場に集まっているようだ。
ふむ・・・どうにもキリがないな。
幸いマルティン達は階層間の階段の奥に引っ込んだようだ。
この様子ならこの場を離れても問題ないだろう。
俺は手に持ったナタを一先ず腰に挿した。
そのままぐるりと周りを見渡す。
そして、ひときわ百足密度の高い壁を目標に定めるとーー
ドドドドドドドドド!
一気に壁際まで走り出した。
タップダンスから道路工事の作業現場のような音になる。
イメージとしては高速腿上げ走・・・と言って通じるかどうか。
スゴイ速さで足踏みをしながら、走り回る感じ。
俺はその状態で目的の壁までたどり着くと
「アタタタタタタタタタタタッ!」
一子相伝の暗殺拳ばりに、壁の百足共に高速掌底突きだ。
もちろん足元の百足の相手をしながらの足踏み状態である。
なんだろうね。超駄々っ子みたいな?
さっきから俺カッコ悪すぎじゃないか?
そのまま壁に沿ってしばらく移動、壁に百足のシミを大量に作る。
その時、壁からバラバラと百足が俺の身体に落ちて来た。
流石に空間を埋め尽くすような襲撃は防げない。
俺の上半身は百足に覆われた。
気持ち悪いな。
「フンッ!!」
マッチョが胸の筋肉をピクピク動かす芸?を見たことはあるだろうか?
今の俺くらいの階位があれば、あれを全身レベルで行えるのだ。
俺の階位に応じた超人的な筋肉の収縮は、一瞬のうちに全身を震わせる。
その衝撃は凄まじく、本来なら俺の着ているような安物の防具はこの瞬間に粉々にちぎれ飛んでしまっているだろう。
だがこの防具は見た目こそ安物だが、・・・いや、元は実際に店で買った安物なのだが、深層より下の階層で手に入れた装備強化のスクロールをふんだんに使い、今や”安物の防具+99”へと超進化しているのだ。
なんたるスクロールの無駄遣い。
”安物の防具+99”は俺の肉体から生じる衝撃を見事受け止め、表面をはい回る百足共だけを弾き飛ばした。
あれだ、ピンと張ったナイロンの傘を裏からデコピンして、表面の水滴を弾き飛ばすような感じだ。
外から見たら俺の身体に電気でも流れて、百足共が弾け飛んだように見えただろう。
ちなみにこの防具、ここまで育てるのには俺でも1年以上かかった。
今なら戦車の砲弾を受けても耐えきることが出来るだろう。
俺は再び壁に百足のシミを作る作業に戻る。
大型種がくると素早くナタを引き抜き、頭を切り飛ばし、鞘に戻す。
居合切りみたいだな。
しばらくシミを作っているとやはり降ってきた百足に覆われる。
ふんっ! 気合を入れて弾き飛ばす。
また作業に戻る。
大型種を切り飛ばす。
覆われる。
ふんっ!
作業。
覆。
大。
・・・・。
・・。
無心で作業を続ける俺がふと我に返るといつの間にか俺はタップを踏んでいなかった。
今やわずかに残った小型種を探し回っては踏みつけている状態だった。
周囲に動くものはほとんどない。
辺りは吐き気を催す悪臭が充満している。
周囲を見渡すと百足の死骸に混じって駐留兵のものと思われる装備品の残骸が転がっていた。
・・・俺に踏みしだかれたのかボコボコだ。
俺は悪臭に気分が悪くなりながらも
「腹減った。」
階位の上がったデメリットで激しい空腹を覚えていた。
さて、マルティン達は大丈夫だろうか?
俺は深層に向けて階段を下りた。
途中で壁に大きな血の跡と、その下に転がる駐留兵の死体を見つけた。
「・・・・・。」
俺はその場でしばらく考え、階段を上る時に弾き飛ばした男だということに気が付いた。
やはりあの時に死んでいたんだな。
この世界のヤツらでも人を殺すのは気分が良くないな。
腹が減って気が弱っているせいだろうか、そんな気持ちが俺の心に沸き上がった。
・・・腹が減っているせいに違いない。
俺がこの世界の人間を殺すことに抵抗があるわけがない。
さっき休憩していた場所に俺の荷物はそのままの状態で置いてあった。
俺はその場に座り込むと保存食を取り出して口に運んだ。
クソッ、なんて不味さだ。
だが今は腹を満たさなければいけない。
腹が膨れればいつもの調子に戻るさ。
保存食はいつものように胸糞が悪くなるほどの不味さだった。
次回「ウサギ獣人ティルシア 出会い」




