その16 剣鬼の弟子マルハレータ シャルロッテ
◇◇◇◇剣鬼の弟子マルハレータの主観◇◇◇◇
昨日に引き続き、今日も私はダンジョンの六階層に階位上げに来ています。
「マルハレータ様そっちに!」
「分かっています!」
私はネコ科獣人の少女シャルロッテと共に、ダンジョンの通路を埋め尽くす百足のモンスターを相手に剣を振るいます。
その姿と数に昨日は思わず怖気立ったモンスター相手ですが、流石に二日目ともなれば慣れたものです。
――いえ、未だに気持ちが悪くはあるのですが。
「あっ!」
私の振り下ろした剣が百足の体の表面で滑ってしまいました。
咄嗟にシャルロッテが飛び込んでモンスターを蹴り飛ばしてくれました。今のは危ないところでした。
私は急いで剣に付いたモンスターの体液を拭いました。
この剣は私がクラーセン先生に弟子入りした時にお父様からプレゼントされたものです。
非常に高価なミスリルの剣ですが、こうやって連戦が続くと切れ味が落ちて、体が固い相手にははじかれ易くなります。
騎士団の使う大型で厚手の剣ならここまで刃筋を気にしなくても、ある程度は剣の自重で切る事が出来るのでしょうけど・・・
「おおい! 二人共戻って来い! 少し休憩だ!」
その時、男のダンジョン夫――ハルトが私達に声をかけました。
私達はその声が聞こえると共に同時に群体百足を押し込み、安全地帯となる階段まで後退しました。
示し合わせたような絶妙なタイミングに、思わず私達は顔を見合わせて笑みを浮かべたのでした。
休憩中、シャルロッテが急に嬉しそうに顔を上げました。
「あっ! コレってひょっとして! ・・・やっぱりそうだ!」
興奮を隠せないシャルロッテでしたが、私の視線に気が付くと急に表情を曇らせてしまいました。
一体どうしたんでしょうか?
仲間のダンジョン夫達が彼女に尋ねました。
「どうした? 何かあったのか?」
「! シャルロッテ、お前ひょっとして?!」
ウサギ獣人の少女ティルシアの言葉に、シャルロッテは恥ずかしそうに頷きました。
「階位が4に上がっていた」
「! やったじゃないか、シャルロッテ!」
喜ぶ仲間と裏腹にシャルロッテは申し訳なさそうに私の方をチラリと見ました。
正直に言って、彼女の言葉を聞いた瞬間、私に嫉妬の気持ちが湧き上がった事は認めます。
もちろんそれが理不尽な感情だということも分かっています。
シャルロッテは階位3、私は階位4。
一緒に戦っていたら彼女の方が先に階位が上がるのが当然なのです。
しかし、そんな私の醜い感情は、彼女の見せた私を気遣う気持ちの前にあっさりと消えてしまいました。
「おめでとうシャルロッテ。次は私の番ですね」
この時私は心から彼女を祝福する気持ちになっていました。
「! もちろんですマルハレータ様! アタシの階位が上がったんだから、マルハレータ様の階位もきっとすぐに上がりますよ!」
私に褒められてシャルロッテは興奮に耳をピンと立てて立ち上がりました。
そんな彼女を仲間のウサギ獣人の少女が抑えました。
「気持ちは分かるが落ち着け。今は体を休めろ。マルハレータ様にも休憩は必要なんだぞ」
「あ、ごめんよティルシア姉さん。すみませんマルハレータ様。アタシ気が急いてしまって・・・」
私はなんだかたまらなく嬉しくなって、ついクスクスと笑い出してしまうのでした。
結局、その日のうちに私の階位が上がる事はありませんでした。
成果が出なかったからか、シャルロッテは申し訳なさそうにしていましたが、既に気持ちを切り替え、腰を据えて取り組むつもりでいた私は特に気にしてはいませんでした。
彼女達と別れて、フロメナ達と夕食を食べに出ている間も、私は時折今日の事を思い出してはこっそりと楽しい気分に浸っていました。
「アーティファクトの鍵? 随分大袈裟だな」
「ええ。怪しいと思わない?」
今、私達は三人で食事をしています。
と言っても最初に私が食事を終わらせて、今は別のテーブルでベルーナとフロメナが食べている所です。
私は食後のお茶を飲みながら、二人の食事が終わるのを待っていました。
二人は食事をしながらダンジョン夫の――ハルトの家の話題をしているみたいです。
「それだけじゃないわ。アイツ、ダンジョン夫のくせにあんな家を買っている上に、そこに獣人の女を二人も住まわせているのよ。絶対に何かあるわ」
「うう~ん。獣人の女には部屋を貸しているだけだと言っていたぞ」
「馬鹿ね。男が獣人の女に見返りも無く良くする訳ないでしょう。あの鍵の部屋。あそこには絶対に何か人に言えない秘密があるんだわ」
護衛の騎士フロメナは頭が固い所はありますが、良くも悪くも素直で単純な性格です。ハルトの事は見た目通り階位の低いダンジョン夫としか思っていないようです。
逆に使用人ベルーナの方は、要領が良く、悪く言えばずる賢い性格をしています。そんな彼女の目には階位が低いのに家を買って獣人の少女達を囲っているハルトは、さぞ後ろめたい秘密があるように映るのでしょう。
「昼間のうちに何とか覗けないかと色々試したんだけど、あの部屋、窓も潰されちゃっているのよね。鍵も普通の鍵ならともかく、アーティファクト製となれば私じゃ手も出ないし」
「アーティファクトってのはそんなにスゴイのか?」
フロメナの言葉に、私は危うくイスからずっこける所でした。
伯爵家に仕えていながらアーティファクトを知らないってどうなんでしょうか?
「アンタね・・・。はあ。アーティファクトってのはダンジョンから見つかる、今の私達では再現できない高度な道具の総称よ。要は魔道具の高レベル版ってところ。ホラ、明かりの魔道具ってあるじゃない。あれは職人が再現した魔道具だけど、アーティファクトとなればその職人にすら何がどうなっているのか全然分からない代物なわけ」
「それは凄いじゃないか! 明かりの魔道具だって、随分高価な物だぞ」
「そういうコト。アイツはそんな魔道具よりも高価なアーティファクトを使っているのよ。これってアンタだって怪しいと思うでしょ?」
ベルーナの話も最もです。しかし私達がすべきはダンジョンでの階位上げであって、ボスマン商会のダンジョン夫の秘密をコソコソと嗅ぎまわる事ではありません。
丁度二人の食事も終わったようです。私は退席を促す事にしました。
「フロメナ」
「はい。おい、店主! 勘定だ」
「マルハレータ様。私は先に戻って湯の支度をしておきます」
「任せる」
フロメナが勘定を払っている間に、ベルーナは体を拭くための湯を沸かしに戻りました。
思えばこれが私達がベルーナと交わした最後の言葉になったのです。
ダンジョン夫の家が見えて来たその時、家からベルーナが駆け出して来ました。
ベルーナは何だか興奮している様子で、私達が声を掛ける間もなく、どこかに走り去って行ってしまいました。
そんな彼女に続いてネコ科獣人の少女シャルロッテが、こちらは真っ青な顔をして飛び出して来ました。
彼女の鬼気迫る表情に、護衛のフロメナが剣を手に駆け寄りました。
「おい、何を慌てている!」
「! 後で話します、それよりも今は彼女を追わないと!」
ベルーナを追う、という言葉に反応してフロメナが剣を抜き放ちました。
「待て! なぜ私達の仲間を追う! 返答次第ではただではおかんぞ!」
フロメナの剣で目の前を遮られ、シャルロッテが慌てて立ち止まりました。
「そこの二人! 何をしている!」
そこに更にウサギ獣人の少女ティルシアが駆け込み、剣を抜いて二人の間に割って入りました。
「ティルシア姉さん」
「シャルロッテ、使用人はどうした?」
ウサギ獣人の少女の問いかけにシャルロッテはかぶりを振りました。
それを見た彼女の口から小さな舌打ちが漏れました。
どういう事でしょうか?
一体何処に向かってベルーナは走り去り、獣人の少女達は何故ベルーナを追いかけているんでしょうか?
「おい、どうなっているんだ?!」
最後に家からダンジョン夫の男――ハルトが現れました。
ハルトの話を聞いて私は一応納得する事が出来ました。
「一介の平民がこのような分をわきまえない物を持っていれば勘繰る者も出るでしょうね」
「! そう! そうなんだよ! だから誤解は早目に解いておかないと!」
今、私の手には彼から渡されたミスリルの剣があります。
私は武具について造詣が深くはありませんが、そんな私にすらこの剣が中々お目にかかれない逸品である事くらいは分かります。
私は先程のベルーナ達の会話を思い出しました。
彼女はハルトの事を変に疑っていました。
そんな時にこの剣を見たら、彼女はどう思うでしょうか?
それ見た事か! 遂に証拠をつかんだぞ! とでも思った事でしょう。
それにしてもベルーナはどこに行ってしまったのでしょうか?
私達に合流するつもりなら逆の道だったのですが・・・
それはさておき、私はネコ科獣人の少女シャルロッテの方へ向き直りました。
彼女は私と一緒に戦いながら、私の剣が百足のモンスターにはじかれた所を何度か目撃しています。
多分それを見て、新しい剣を用意するように頼んでくれたのでしょう。
「このような一品を用意するのは大変だったでしょう。礼を言います」
「あ、あの、いえ、アタシは、その・・・」
シャルロッテは少し慌てていた様子でしたが、やがて「きょ、恐縮です」と頭を下げました。
私は何とも言えない温かいもので心が満たされた気持ちになりました。
ただ一つだけ気になるのは、彼女がハルトの背中を見ながら何かを言いたそうにしていた所です。
彼女はハルトに対して、強い罪悪感を抱いているようでした。
次回「二人目の行方不明者」




