その14 剣鬼の弟子マルハレータ 若いダンジョン夫
◇◇◇◇剣鬼の弟子マルハレータの主観◇◇◇◇
迷宮騎士。
それは一月ほど前にこのスタウヴェンのダンジョンに現れた、全身ミスリル装備の怪人なんだそうです。
彼?は、調査のためにダンジョンに入っていたダンジョン協会の職員を助け、四人の乱暴なダンジョン夫達を殺したという事です。
「現場はダンジョンの一階層。その時以来、迷宮騎士の姿を見た者はいないそうだ」
全身ミスリル・・・ひょっとしてモンスターでしょうか?
私は別のダンジョンで中身が空っぽの鎧型のモンスターと戦った事があります。
その鎧は木と皮の鎧でしたが、高レベルのモンスターならミスリル製でもおかしくないのかもしれません。
「その可能性はある。というか俺も迷宮騎士はモンスターじゃないかと考えている。しかし、そうすると一階層で見つかったというのが解せない。このダンジョンの一階層にはスライムの他は猿のモンスターくらいしかいねえ。そんな高レベルのモンスターがうろついているのは不自然だ」
どうやらクラーセン先生は、迷宮騎士は深層と呼ばれる下層からやって来たと考えたようです。
モンスターは縄張りが決まっていて、異なる階層に移動する事はありません。
しかし、何事にも例外というものがあります。先生は迷宮騎士はその例外に当たると考えているみたいです。
「発見者の話だと、普通の人間のように会話が出来たそうだ」
「それって、中身が人間なんじゃないですか?」
騎士団員の言葉にクラーセン先生は吐き捨てるように言いました。
「そんな事俺が知るか! だがその可能性も考えるべきだろう。と言っても迷宮騎士の装備は全身ミスリル製らしいからな。そんじょそこらのヤツが揃えられるシロモンじゃねえ。そうなってくると中身は誰だって話だよな」
クラーセン先生はブツブツと何人かの名前を呟きました。
「後は黒鉄マッキ、美男爵ボルラック・・・ダメだ。俺の知っているヤツで心当たりはねえ。――まあいい。そんな訳だからお前ら今日からは一階層を目ん玉をひん剥いて捜しやがれ。おい、マルハレータ、お前今階位はいくつだ?」
「階位4です」
「4か・・・ 深層のモンスター相手にはちと不安だな」
クラーセン先生は初日にこのダンジョンの最下層となる九階層まで下りたそうです。
なんでも九階層に下りたもののすぐに戻って来たんだそうです。
翌日ケロッとした顔で戻って来て、そんな事を言っていました。
「面白いモンスターがいなかったから飽きた」などと文句を言っていました。
「よし、お前は階位を5に上げろ。一階層で見つからなかったら次は深層を捜すしかねえ。それまでに深層のモンスターと戦える階位にしておくんだ」
「分かりました」
こうしてダンジョン調査隊は一階層で迷宮騎士捜しを。私は中層で階位上げをする事になりました。
しかしこれはどちらも上手く進まず、先生はイライラとする毎日を送る事になりました。
「ダメだ。このままじゃ埒が明かねえ!」
三日もすると早くも先生の苛立ちが爆発しました。
「隅々まで捜せと言っただろうが!」
「しかし、存外広いダンジョンで・・・」
言い訳をした騎士団員の顔に先生の拳が叩き込まれました。
うかつな騎士団員は、その場でグルリと半回転して頭から地面に倒れました。
老人から放たれたパンチとは思えない威力です。
それもそのはず、最盛期には及ばないとはいえ、クラーセン先生は今も階位8を保っているのです。
階位4や5程度の騎士団員では、先生の足元にも及びません。
今のも先生が全力で殴っていれば、それだけで彼は死んでしまっていたでしょう。
「全く。マルハレータの階位上げも成果なしだしよぉ」
「す・・・すみません」
私は慌てて頭を下げました。
先生はしばらく黙って私の頭を見ていましたが、やがて顎鬚をしごきつつ天井を見上げました。
「ボスマン商会の所のガキに聞いてみるか。後、スキル『観察眼』の娘。ひょっとしたらこのダンジョンならではの効率的な階位上げの方法を知っているかもしれん」
この後、スキル『観察眼』の娘ことフロリーナさんからの提案で、町のダンジョン夫の人に私の階位上げを手伝ってもらう事になったのでした。
「コイツらが話に出ていたダンジョン夫か? ふうん。確かに弱そうだ」
「・・・」
ボスマン商会にやって来たのはまだ若いダンジョン夫でした。後ろにネコ科獣人の少女を連れています。
私の心臓がドキリと跳ねました。
私がずっと幼い頃、私の世話をしてくれていた使用人の女性が、彼女によく似たネコ科の獣人だったのです。
獣人の中でもネコ科とイヌ科の獣人は比較的人間の町に溶け込んでいます。
今思えば、屋敷で誰からも相手にされない私の面倒を見るのは、彼女のような立場の者しかいなかったのでしょう。
もちろんあの時の彼女は、そこの彼女とは年齢も違えば顔立ちも違います。
まごうことなき別人ですが、同じネコ科の獣人という事で何か雰囲気に通じるものがあったのでしょうか。
私は彼女から目が離せなくなってしまいました。
「どういう事だ? 俺にダンジョン調査隊に入れと言うのか?」
「誰がお前みたいな得体の知れぬ者を俺の隊に入れるか! 調子に乗るな!」
ハッと気が付くと、若いダンジョン夫にクラーセン先生が怒鳴っていました。
どうしたんでしょうか。確かに先生は短気だし気難しい所がありますが、これほど怒りっぽい人ではないと思うのですが・・・
「・・・ほう。自信があるようだな」
「・・・自信なんてない。仕事の条件を確認したかっただけだ」
張り詰めていた空気が弛みました。どうやら荒事にはならずに済んだようです。
先生はこの場は収める事にした――というよりも、むしろ先生は彼の事が気になっているみたいです。
強い相手にしか興味の無い先生にしては珍しい事です。
「それで、俺の用事はこれで終わったのか?」
「まだ僕から少し話したい事があるから隣の部屋で待っていてくれないか? クラーセン卿、先程の話ですが」
「ああ、あれでいい。明日からの事だが――」
隣の部屋に二人が去ると、先生はボスマン商会のマルティンと明日の打ち合わせを始めました。
とはいえ毎日のように入っているダンジョンです。二人の打ち合わせはすぐに終わり、マルティンも隣の部屋へ去って行きました。
残ったフロリーナさんが先生に尋ねました。
「剣聖様、先程はなぜあれほどハルトに絡んだんですの?」
「いや、なに。あれほど癪に障る男には久しぶりに会ったからな」
先生が言うには、あの若いダンジョン夫――ハルトが弱いのは間違いがないそうです。
だというのに彼は先生に対して怯えを抱いてなかったというのです。
そうだったでしょうか?
「そうでしたか? 私の目にはハルトは十分剣聖様を恐れているように見えましたよ」
「俺の方がアイツより遥かに強い。そんな相手を恐れるのは当然だ。しかしアイツは違う。恐れてはいても怯えてはいなかった。まるで”今はかなわないから危険だ”とでも思っているように見えたんだよ。俺の事をそんな風に見るヤツはもう何十年もいなかったぜ」
私は先生の言葉の意味が理解出来ませんでした。
怖いから怯えるのは当たり前。その二つの感情は私にはセットになっているとしか思えなかったからです。
先生はフロリーナさんの方を見てニヤリと笑いました。
「全く信じていなかったが、これはひょっとするとお前の言う通りなのかもしれん」
「まあ酷い。あんなに熱心に聞いていたのに全く信じていなかったなんて」
フロリーナさんの恨み節を先生はカラカラと笑って流しました。
そして信じられない事を言いました。
「そう言うな。誰が、”外では最弱だがダンジョンの中でのみ無類の強者になる”などという馬鹿げた者の話を聞かされて、すぐに信じるかよ」
次回「階位上げ」




