その13 剣鬼の弟子マルハレータ スタウヴェンのダンジョン
◇◇◇◇剣鬼の弟子マルハレータの主観◇◇◇◇
私がクラーセン先生の弟子になって三年。
私は何度も先生とダンジョンに入った事で、階位も4にまで上がりました。
これもお父様達から「流石は剣聖の弟子だ」と褒めてもらいたいからかもしれません。
それというのも私のスキルは『諂い』。
周囲に追従して、媚び諂う事を得意とする能力なのです。
そんなスキルを持つ私が、周囲の期待に応えようとするのは当然の行為だったのでしょう。
そんなある日の事、私はお父様から書斎に呼ばれました。
「お前を呼んだのは他でもない。この度我がロスバルデン家でダンジョンの調査隊を編成する事になった」
現在この帝国で宰相を務めているのは私の伯父さんです。
お父様はその伯父さんから、スタウヴェンという町のダンジョンを調査するように依頼を受けたのだそうです。
「ダンジョンの上部階層が拡張したとの知らせが入ったのだ。お前は知らないと思うが、実はダンジョンという物は極まれに階層が変化する事が知られているのだ」
お父様はそうおっしゃいましたが、私はこの事をクラーセン先生から聞いて知っていました。
一説ではダンジョンは長い年月を生きる植物のような存在で、その芯となる物がダンジョンの最下層に眠っているというのです。
ちなみに先生は何度もダンジョンの奥まで下りましたが、一度もそんなものを見つけた事はないそうです。
なので先生は「誰が言いだしたか知れないが眉唾な説だぜ」と吐き捨てていました。
そうは言うものの、ダンジョンの構造が変化するのは事実らしく、先生も実際に経験した事があるそうです。
ダンジョンはこの国基幹に関わる重要な産業なので、国としてはその情報をあまり公には出来ません、そのため知られていないだけなのだそうです。
先生は「人間ってのは疑心暗鬼にかられる生き物だからな。ダンジョンがただの穴ぼこなら問題ないが、何やら得体のしれない存在となると話は別だ。不安でおちおち枕を高くして眠る事も出来なくなるのさ」と言っていました。
あっ。つい考え事をしてしまいました。
お父様のお話はまだ続いています。ちゃんと聞かないと。
「それでお前にダンジョン調査隊の指揮を任せようと思うのだ」
「私に?!」
後で知ったのですが、どうやらお父様は私を調査隊の責任者にする事で私の名前を国に売り込もうと考えていたようです。
剣聖クラーセンの弟子が調査隊を指揮してダンジョンを調べた、という名目で私に箔を付けるおつもりだったのです。
もちろん、私がクラーセン先生に従って何度もダンジョンに入っていたためにダンジョンに慣れているから、というのもあるのでしょうが。
「現状では階層の広がりは上層と呼ばれる一~三階層に限られるそうだ。その規模はともかく、周囲に与える経済効果はさほど期待出来ないだろう。気負わずに行って来ればいい」
お父様は――というよりは、国としてはこのスタウヴェンのダンジョンの変化にあまり関心は高くないようです。
元々小さなダンジョンの浅い部分の階層が広がった。一応調査は必要、というよりは調査をしたという事実が必要。そんな感じだったみたいです。
「調査には近頃王都で名前を上げているボスマン商会が協力する事になっている。次期会長になる息子が案内してくれるそうだ。マルティンという若者だ、覚えておくといい」
私のスキルに反応がありました。お父様のご様子から、どうやらダンジョン調査よりもこっちの商会の方が本命のようです。
ボスマン商会の次期会長マルティン。彼とのつなぎをつけるために今回の依頼を受けたのでしょう。
クラーセン先生もお父様からの依頼を受けて私に付いて来てくれる事になりました。
先生自身はあまり乗り気ではなさそうでしたが、「スポンサーの依頼だしな」と、渋々重い腰を上げたみたいです。
こうして私はロスバルデン伯爵家の代表として、ダンジョン調査隊を率いてスタウヴェンの町へ向かう事になったのです。
「ようこそロスバルデン様、クラーセン様。私はマルティン・ボスマン。ボスマン商会から調査隊の方々に協力させて頂くためにまいりました。こちらの女性はフロリーナ・フェルヘイ。今はウチの仕事を手伝ってもらっています」
「フロリーナと呼んでください、ロスバルデン様、剣聖様」
スタウヴェンの町で私達を出迎えたのは、一組の男女でした。
若い綺麗な女性と、その女性よりやや若い物腰の柔らかな男性。
女性のフェルヘイという姓には聞き覚えがあります。確かこの辺りの男爵家だったような・・・
「フェルヘイ男爵家の縁者の方ですか?」
「母の実家になります」
やはりそうでしたか。
その時、クラーセン先生がフロリーナさんの顔を覗き込むようにねめつけました。
若い男性――ボスマン商会のマルティンが慌てて先生に尋ねました。
「あ、あの、クラーセン様、彼女が何か?」
「お前、今、俺の事を何かスキルで覗いたな?」
先生の言葉に場の空気が凍り付きました。
フロリーナさんは冷や汗を浮かべながらも、先生に対して気丈に答えました。
「失礼しました。私のスキルは『観察眼』というもので、私が意図しなくても常時働いてしまいますの」
「ふうん。あんた随分珍しいスキルを持っているんだな。ああ、それなら仕方が無いか。俺も昔そのスキルを持っているヤツに会った事があるが、終始こっちの事を覗かれている気がしてケツの穴がムズムズしたもんだ。まあ最後は叩き切ってやったがな」
「・・・切られないように注意しますわ」
「はっ。面白いことを言う姉ちゃんだ。アイツは剣士だから切ったんだよ。俺が剣を持たない女を切るわけがあるかい」
フロリーナさんの返事が気に入ったのか先生は楽しそうに笑うと、離れ際にマルティンの方をジロリと睨んで行きました。
いえ。先生は睨んだつもりはなかったのでしょう。
やぶにらみというか、目付きの悪い人ですから。
しかし、先生の視線が余程怖かったのか、マルティンはそれだけで青ざめて人好きのする笑顔を引きつらせていました。
・・・これってもしかして、彼もスキルで先生に何かしようとしていたんでしょうか?
いえ。珍しいスキル持ちがこの部屋に四人集まるなんて、そんな偶然普通に考えてあり得ません。
大きな商会の御曹司として育てられた彼には先生の眼光は鋭すぎた、ただそれだけだったんだと思います。
この時のやり取りが余程気に入ったのか、それとも『観察眼』というスキルに興味があったのか、先生はそれからは何かとフロリーナさんと話し込むようになりました。
割と気難しい所のある先生がにこやかに会話を交わす姿には違和感がありますが、機嫌が悪いよりはこちらも助かるので、私達はなるべく二人の会話の邪魔をせずにいました。
ダンジョン調査隊、と言えば立派に聞こえますが、要はロスバルデン伯爵家の若手の騎士団員とその従者の集まりです。
彼らが何を調査するのかと言えば、ダンジョンに入ってあちこち見て回りながらモンスターと戦うだけです。
これで何が調査出来るというのでしょうか?
彼ら自身もそう思っているようで、彼らの態度はどこか投げやりで、調査よりも遊び歩く事に力を入れているように見えました。
ひょっとしたらこの町にも遊びに来ている感覚なのかもしれません。
私は、これでは良くないのではないか、と思いつつも、だからと言ってどこで何をどう調べれば良いかなど分かりません。
結局私は彼らのやりたいようにやらせるしかありませんでした。
そんな怠惰な調査にある日変化が訪れました。
その日、クラーセン先生が調査隊のみんなを集めて言ったのです。
「おい、今日からお前達は迷宮騎士を探して来い」
次回「若いダンジョン夫」
 




