その12 剣鬼の弟子マルハレータ 諂《へつら》い
◇◇◇◇剣鬼の弟子マルハレータの主観◇◇◇◇
私の名前はマルハレータ。
ロスバルデン伯爵家の三女です。
私のお母様はお父様の側室で、お母様にとっては私が最初の子供――長女になります。
そのため幼い頃は随分愛されて育ったみたいです。
みたいです。と、過去形で話すのは、私が物心ついた頃には既に私には弟が産まれていて、お母様の愛情はもっぱらその弟に注がれていたからです。
そのためか私の世話は主に使用人の女性がやってくれていたようです。
ネコ科獣人の女性でしたが、まだ幼い私は、いつも優しくしてくれる彼女の事を母親だと勘違いしていました。
その事を知ったお母様はその女性をクビにしました。
その時私は初めて、このいつも着飾った女性が自分の本当のお母様だと知りました。
そんな環境で育ったせいか、私は物心がつく頃には自分でも自覚する程、周囲の大人からの視線に敏感になっていました。
良く言えば聞き分けの良い素直な良い子に、悪く言えばいつも大人の顔色を窺って媚びへつらう子供に。そういう少女に私は育っていました。
そんな性格だったせいでしょうか。ある日私にスキルが生えました。
しかし、私は自分のスキルの事が恥ずかしくて、誰にも打ち明ける事が出来ませんでした。
とはいっても、そこは所詮は子供の隠し事。周囲には私が何かを秘密にしているというのは明らかだったようです。
やがて私はお母様から詰問される事になりました。
「マルハレータ。あなた何か隠し事をしていますね?」
「あっ、それは・・・はい」
大人に対して素直な私は、嘘をついたり誤魔化したりすることが出来ませんでした。
「正直におっしゃい! 何があったの?!」
「その・・・ スキルが生えました」
私の言葉にお母様は驚きました。スキルというのは生えると言われています。
スキルを得る人間はそもそもの数が少ないため、発生する条件やルールはハッキリと分かってはいません。
基本的にスキルはその人の能力を上乗せするもので、本人の個性や特技に応じた物が生えやすいという話です。
ロスバルデン伯爵家でも現在はスキルを持った人はいませんでした。
お母様は興奮気味に私に詰め寄りました。
「一体どういうスキルなの?」
「それはその・・・ 私・・・にも・・・分からなくて・・・ ごめんなさい」
この時私は分からないと嘘をつきました。
大人に対して嘘をつくという行為は私の心に大きな負担をかけました。
しかし私はどうしても自分のスキル名を口に出す勇気が無かったのです。
私が正直な事を知っているお母様は、私の言葉を疑いませんでした。
その事がさらに私を苦しめ、そして尚更正直に言い出せなくして行きました。
私はお母様に問われるまま、ポツリポツリとスキルの能力を説明しました。
お母様は私の話を聞き終えると興奮して言いました。
「それはきっと『先読み』のスキルに違いないわ! ああ、どうしましょう! 私の子があの剣聖クラーセンと同じスキルを得たなんて!」
お母様は私のスキルを『先読み』と思ったようです。
もちろん私のスキルは『先読み』ではありません。
どうやらたまたま私のスキルの特徴が、その『先読み』というスキルと似ていたのでしょう。
しかし私は喜んでいるお母様の勘違いを正す事が出来ませんでした。
この時お母様に打ち明けなかった事を私は今でも後悔しています。
でももう一度やり直す事が出来たとしても、やはり私は打ち明けられないでしょう。
私はそういう子供なのです。
あの後、お母様がお父様に話されたらしく、いつの間にか私のスキルは『先読み』という事になってしまいました。
この取り返しのつかない事態に、私は怯えながら耐える事しか出来ませんでした。
大人に逆らえない私は、それでも周囲の期待に応えるという選択肢しか無かったのです。
そんなある日、ウチに目つきの鋭いお爺さんがやってきました。
「あんたの娘に俺と同じスキルが生えたと聞いてやって来たんだ」
「ほほう。剣聖殿のお耳に入りましたか」
「御託はいい。用件を言おう。あんたの娘を俺の弟子に欲しい」
お父様はあっさりとこのお爺さんの申し出を受けました。
お爺さんは私に自己紹介をしました。
「お前が俺と同じ『先読み』のスキルを持つ嬢ちゃんか。俺はルートルフ・デル・クラーセン。人によっては剣聖とか剣鬼とか呼ぶヤツもいる。まあお前の好きに呼べばいい。それと――おい待て」
ここでお爺さん――クラーセン先生は声をひそめて私にだけ聞こえる声で言いました。
「お前、『先読み』を持っているなんて嘘だな? 親をたばかるとは悪いガキだぜ」
私はハッと息を吞みました。恐怖と緊張のせいでしょうか? まるで雲の上に乗っているみたいに足元がフワフワとして定まりません。握った手が汗で湿るのを感じました。
クラーセン先生は心の奥底まで覗き込むような鋭い視線で私を睨みました。
私はその眼光に射すくめられたみたいに動けなくなってしまいました。
「どうしてスキルが生えたなんて嘘をついた?」
「・・・スキルは持っています。お母様が勘違いをされたのです」
私は事情を正直に話しました。
スキルは生えたけど、恥ずかしくて誰にも言えなかった事。そのせいでお母様に勘違いされた事。その間違いを正せなかった事。
私は、今まで誰にも言えなかった秘密を、今日会ったばかりのクラーセン先生に対してはスラスラと話せる事が不思議でなりませんでした。
後で思えば、クラーセン先生の特殊な価値観――相手の家柄や立場など関係ない。純粋に強いか弱いか――が、ずっと伯爵家内の世界しか知らなかった私にとっては頼もしく映ったのでしょう。
クラーセン先生は私の話を黙って聞いていました。
「事情は分かった。で? お前の本当のスキル名は何なんだ?」
「・・・それは」
この一言を言うのは私にとって非常に勇気を必要としました。
しかし、結局私はクラーセン先生の圧力に負けて答えたのです。
「『諂い』です」
「? 『諂い』? 聞いた事のないスキルだな。・・・まあいい」
ちなみに後日、クラーセン先生がこっそり調べて来た所、『諂い』は他人に気に入られるように振る舞うのが上手になるスキルだと分かりました。
・・・やっぱりそういうスキルだったんですね。『諂い』という言葉からそんな所ではないかと思っていました。
おそらく私の周囲の大人に対しておもねる姿勢がスキルとなって現れてしまったのでしょう。
私はそんな自分が恥ずかしくなってしまいましたが、クラーセン先生はむしろ面白そうにしていました。
彼が言うには「みんな俺に諂いやがるからな。俺から見れば周囲のヤツらは全員『諂い』のスキルを持っているようなもんだ」との事でした。
クラーセン先生は顔を上げるとお父様に向き直りました。
「気に入った。是非コイツを俺の弟子にしたい」
「そうですか。よろしくお願いします」
お父様は顔をほころばせてお喜びになりました。
こんなお父様の顔を見るのは初めてで私はポカンとしてしまいました。
そしてそんなお父様に笑い返しながら、クラーセン先生はつまらなさそうにポツリと呟きました。
「弟子を育てて名を上げるのは失敗か。だがこの世に『先読み』のスキルを持つのが俺だけだけってのも良いだろう。やはり俺がこの世界で最強の剣士なんだな」
クラーセン先生の呟きは小さく、そばにいた私に辛うじて聞き取れたほどでした。
こうして私はクラーセン先生の唯一の弟子となったのです。
クラーセン先生は私の指導者としてお屋敷で生活する事になりました。
次回「スタウヴェンのダンジョン」
 




