その10 漠然とした不安
結局、一晩待ってもマルハレータの所の女使用人は戻って来なかった。
一晩中待ちぼうけを食わされた俺は、念のために聞きに行った先で、女騎士に横柄な態度で追い返されてしまった。
ここでこうして気をもんでいても仕方が無い。
俺達は今日もダンジョンに入って、マルハレータの階位上げを続ける事にした。
結局、今日もマルハレータの階位は上がらなかった。
まあそれはいい。元々長期戦を考えていたからだ。
「マルハレータ様、すみませんでした」
「構いません。階位が上がったばかりで体が馴染んでいないのでしょう。私も以前に同じ経験をしています」
シャルロッテが申し訳なさそうにマルハレータに頭を下げた。
確かに今日のシャルロッテは全く冴えなかった。
せっかくマルハレータが新しい剣を手に入れて攻撃力が上がっても、それに付いて行けずに、むしろ足を引っ張る始末だった。
「明日はちゃんとやります」
「ふんっ。そもそも獣人がマルハレータ様と一緒に戦う事がおこがましいのだ!」
偉そうにケチを付ける女騎士だが、お前が百足嫌いじゃなければシャルロッテが戦う必要は無いんだぞ?
いい加減に苦手を克服すれば良いだろうに、コイツはいつまで階段の奥で縮こまっているつもりなんだ。
そんな事で本当にマルハレータの護衛と言えるんだろうか。
「おいシャルロッテ」
「! なっ・・・なんだいハルト?!」
俺に声を掛けられてビクリと身をすくめるシャルロッテ。
今日のシャルロッテは一日中こんな感じだ。
心ここにあらずと言えばいいのか、何かに怯えていると言えばいいのか。
「何を驚いているんだ? まあいい。お前が戦っている間にティルシアと話していたんだが、マルハレータ、様の剣の事でちょっとマルティンに話があるんだ。ボスマン商会に寄って帰るが構わないよな」
「あ、ああ、もちろんいいよ」
シャルロッテは俺の視線から隠れるように体を縮こませながら慌てて答えた。
・・・? 変なヤツだな。本当にどうしたんだ?
そんなシャルロッテをマルハレータはじっと見つめていた。
俺達はマルハレータ達と別れてボスマン商会へとやって来た。
「――というわけで、マルハレータに渡した剣はお前が用意した事にしておいてくれ」
「はあ・・・ ミスリルのプラス武器なんてどこから手に入れた事にすればいいのやら・・・」
俺の説明を聞いてマルティンは大きなため息をついた。
大袈裟だな。大手商会のボスマン商会ならミスリルの装備だって扱っているだろうに。
「あのね。そんな一級品、市場に出回れば絶対に話題になるんだよ。全く、なんでよりにもよってそんな物を渡しちゃうかなぁ」
「シュミーデルのダンジョンで見つかった事にすればいいだろう。あそこはボスマン商会の縄張りみたいなもんじゃないか」
シュミーデルは先日俺達が潜入捜査をしていた町だ。
実際に行ってみて分かった事だが、あそこはほぼボスマン商会が牛耳っていると言っても良かった。
「あそこはミスリルの装備品が出にくいダンジョンなんだよ。・・・まあ、仕方が無いか。本当に困るんだよね、こういう事をされると」
マルティンはまだブツブツと文句を言っている。
しかしそうか、シュミーデルのダンジョンではミスリルの装備品は出にくいのか。
そういえば三大クランのクラン・ドルヒ&シルトのリーダーは、ボスマン商会からミスリルの装備を入手していた。
シュミーデルのダンジョンで出るなら、ヤツらがわざわざ時間と手間をかけるはずがない。
ダンジョンによって装備の出る出辛いがあるのか。こういった所も妙にゲームっぽいんだな。
マルティンはまだ諦めきれないのか俺に尋ねてきた。
「それって本当にプラス武器だったのかい? 念のために観ておきたいんだけど」
どうやらマルティンは自分のスキル『鑑定』で剣を確認したいらしい。
だがもうあの剣は俺の手元には無いからな。
「その辺は任せた。そっちで好きにやってくれ。もう相手には渡してあるんだ。今更ちょっと返してくれとは言えないだろ?」
「う~ん。どうにかして見せてもらえるように頼んでみるか・・・」
マルティンが腕組みして唸った所で俺の話は終了だ。
俺はここから引き上げる事にした。
「んっ? 丁度話が終わった所だったか?」
このタイミングでティルシアとシャルロッテが部屋に入って来た。
二人は、というかティルシアが他に用事があるので席を外して、シャルロッテはそれに付いて行ったのだ。
「ハルト。ベルーナの足取りが途切れた」
ベルーナ? 誰の事だ?
心当たりの無い名前に首を傾げる俺を見て、ティルシアは呆れ顔になった。
「・・・マルハレータ様の使用人の名前だ。以前、動きが怪しいから監視を付けると言っただろうが」
女使用人の事か! そういえばティルシアがそんな話をしていたな。
「足取りが途切れたとはどういう事だ? 監視が見失ったのか?」
「ダンジョン調査隊に合流した所までは分かっている。しかし、その後姿を消してしまったんだ」
姿を消した、か。監視に気付かれないようにこっそりこの町を出たか、あるいは――
「私の勘だが、おそらく既に殺されているな」
やはりティルシアもそう思ったか。
俺はあの白髪の老人――”剣鬼”クラーセンを思い出した。
おそらくアイツが殺したに違いない。
この時、何故か俺達は剣鬼が殺したと確信していた。
アイツならやりかねない。そう思わせる何かがヤツにはあったのだ。
「まああくまでも私の勘であって、証拠があるわけじゃない。監視の者には引き続き捜査を依頼している。ひょっとしたらどこかで見つかるかもしれないしな」
「・・・分かった。一先ずは行方不明としておこう」
望み薄だがな。
だがなぜ剣鬼は女使用人を殺した。
その理由が分からない。
「これ以上こんな所で話していても仕方が無い。家に帰るとしようか」
「・・・そっちから訪ねて来ておいて”こんな所”呼ばわりはないんじゃないかな」
俺の言葉にマルティンが文句を言った。
まあ確かに今のは俺の失言だ。
「すまん。つい」
「余計酷くない?!」
そう思うなら早くここで店を開いてくれ。
いつまで開店準備中でほっておくつもりなんだ。
「・・・まあそうなんだけど。王都の方もまだまだ色々と面倒なんだよ」
『鑑定』と『交渉術』。二つのスキルを持つマルティンは、ボスマン商会でもエースでありジョーカーでもあるのだろう。
中々体が自由にならないようだ。
マルティンも自分の今の立場に内心もどかしさを感じているのか、難しい表情を浮かべている。
俺はマルティンを励ましてやる事にした。
「早くこの町に来て俺に楽をさせてくれ」
「何だか余計に頑張る気力を失くしちゃったよ」
マルティンは大きなため息をついた。
外に出ると既に夕日が町を赤く染めていた。
さすがに今から買い出しをして食事を作り始めると遅くなりすぎるか。
「今日は外で食って帰ろう」
「・・・そうだな」
ティルシアは不満そうに眉をひそめたが、文句を言う事は無かった。
その時、ティルシアが何かに気が付いた。
「おい、あれはマルハレータ様じゃないか?」
確かに。街角で一人ポツンと佇んでいるのはマルハレータだった。
だがなぜ一人なんだ? 女騎士は主人を置いて何処に行った?
「マルハレータ、様。こんな所でどうしたんだ?」
マルハレータは俺達を見ると困ったような顔をした。
「フロメナが戻って来ないのです。ベルーナの事を聞きに調査隊の宿舎に向かったのですが・・・」
どうやら女騎士は女使用人の事を聞きに調査隊の宿舎に向かって戻って来ないようだ。
俺は良くない予感にティルシアと顔を見合わせた。
調査隊に何かが起こっている? 間違いなく事態の中心にいるのは剣鬼だ。
俺は周囲を見渡すと声をひそめてマルハレータに囁いた。
「一先ず家に戻ろう。アイツもここにアンタの姿がなければ家に戻るはずだ」
「・・・任せる」
女使用人に続いて女騎士。二人の配下を失ってマルハレータも心細かったのだろう。
彼女は素直に俺の言葉に従った。
「ティルシア」
「分かっている。シャルロッテ、私は家まで先行する。お前は周囲に不審者がいないか注意していろ」
「わ、分かったよ」
剣に手を掛けて駆け出すティルシア。俺は彼女の背中を見送りながら漠然とした不安を覚えていた。
次回「崩壊する足元」




