その9 ミスリルの剣
倉庫でマルハレータに渡す剣を物色していた俺は、部屋を覗き込む影に気が付いた。
影は俺に発見された事に気が付いて、素早く逃げ出した。
マルハレータの所の女使用人だ。
「女使用人だ! 部屋の中を見られた! 追え! シャルロッテ!」
「わ、分かった!」
俺の指示を受けて、部屋の入り口で見張っていたシャルロッテが慌てて女使用人の後を追った。
間に合うか? 完全に油断していた。
マルハレータ達は食事は外で食べている。
女騎士のヤツが獣人のティルシア達と一緒に食事をとる事を嫌がったためだ。
だが、どうやら女使用人は一足先に家に戻っていたらしい。
そこでアイツは俺達が倉庫で何かしているのに気が付き、こっそりのぞき見する事にしたのだろう。
一応念のために入り口にはシャルロッテを立たせておいたが、シャルロッテはマルハレータに渡す剣が気になって見張りがおろそかになったようだ。
いや、立たせておくだけで、見張っておくようにちゃんと言っていなかった俺のミスだ。
俺は最初に手に取った剣を鞘に収めると、急いで部屋を出た。
別に剣は後にしても良かったのだが、この時の俺はかなり焦っていたようだ。
俺は鍵を掛けるのももどかしく、シャルロッテの後を追った。
「ハルト! どうした?!」
俺の声を聞きつけてティルシアが自分の部屋から出て来た。
異常を察したのか既に手には剣を持っている。
相変わらず非常事態には頼れるヤツだ。
「女使用人に倉庫の中を見られた! 今、シャルロッテが追っている!」
「! ちっ! アイツか」
ティルシアは一言吐き捨てると俺を抜き去り、風のような速さで玄関を飛び出して行った。
俺は重たい剣に難儀しながら彼女の後を追った。
家の外ではティルシアと女騎士が剣を手ににらみ合っていた。
ティルシアの背後にはシャルロッテが、女騎士の背後にはマルハレータが、それぞれ困った顔で二人を見ている。
女使用人の姿は見当たらない。
どういう状況なんだ?
「おい、どうなっているんだ?!」
俺の言葉に女騎士が反応した。
「そこのネコ科獣人がベルーナを追っていたので話を聞いていた所だ」
「そっちがいきなり剣を抜いて来たんだ!」
なるほど。この女騎士は同僚の女使用人――ベルーナだっけ? どうでもいいか。女使用人がシャルロッテに追われているのを見て、問答無用で剣を抜いたのだろう。
シャルロッテは丸腰だ。驚いて立ち止まった所で女使用人を逃がしてしまった。
そこにティルシアが駆け付けて剣を抜き、二人の間に割って入った。
大体そんな所だろう。
「シャルロッテ、こっちに来い。ティルシアもだ。マルハレータ、様、俺はあの使用人に話があるだけだ」
「だからといって獣人に追わせるのか?!」
こちらの言葉に噛みついて来る女騎士。
うるさいな。俺はお前に話しているんじゃないんだよ。
「マルハレータ様。あの使用人に俺から話があると伝えてもらえないだろうか」
「ダメだ! なぜマルハレータ様がお前の言う事を聞かねばならん!」
「もういいでしょう。下がりなさいフロメナ」
主人に窘められて渋々剣を収める女騎士。
その時俺は自分が後生大事に剣を抱えていた事に今更ながらに気が付いた。
俺はマルハレータに剣を差し出した。
俺の動きに女騎士がピクリと反応したが、特に咎める事は無かった。
「これは?」
「シャルロッテがあんたに渡そうと用意した剣だ。――いや違う。用意したのは俺達じゃない。ボスマン商会だ」
マルハレータはシャルロッテの方をチラリと見ると俺の手から剣を受け取った。
鞘から少し刀身を抜いたマルハレータが目を細めた。
「これは・・・ ミスリルの剣。それもかなり良い物ですね。ひょっとしてプラス武器でしょうか?」
ミスリルのプラス武器という言葉に女騎士がギョッとした。
この世界の武器や防具にはプラス・マイナスの効果が付いたものがある。
武器の場合、プラス効果だと切れ味が増し、マイナスだと逆に下がる。
プラスの効果の付いた武器は珍しく、同じ鋼のロングソードでもプラス武器だと途端に値段は跳ね上がる。
珍しい上に性能まで良いんだ。誰もが欲しがるから値が吊り上がる。当たり前だ。
ミスリルのプラス装備ともなればその価値は計り知れない。
物によっては国の宝物庫に収められるような代物なのだ。
しかし、適当に選んだ剣がよりにもよってプラス装備だったのか。
全く。ツイてない時はとことんツイていないものだ。
「く・・・詳しい事は知らない。俺にはミスリルの装備なんて縁のない代物だからな。大方マルティンのヤツがアンタ――マルハレータ様のために気を利かせたんじゃないか? そ・・・それよりさっきの話だが、その剣を見てあの女が何か勘違いしたみたいなんだ。」
俺は背中にイヤな汗をかきながら、懸命に言い訳の言葉を探した。
「ええと、アイツが勘違いしたままだと不味いんだ。俺がそんな剣を隠し持っていると思われたら、その、余計なトラブルに巻き込まれてしまうかもしれない。だから慌てて声を掛けようとしたんだが、逃げられてしまったんだ」
どうだろう。無理のない話だろうか?
マルハレータは剣を鞘に収めると「ああっ」――女騎士が残念そうな声を出したが無視だ無視――俺の方を見た。
「一介の平民がこのような分をわきまえない物を持っていれば勘繰る者も出るでしょうね」
「! そう! そうなんだよ! だから誤解は早目に解いておかないと!」
願っても無い言葉に、ここしかないと俺は食い付いた。
マルハレータは女騎士に剣を預けると――今にも剣に頬ずりをしそうな女騎士は無視――シャルロッテに向き直った。
「このような一品を用意するのは大変だったでしょう。礼を言います」
「あ、あの、いえ、アタシは、その・・・」
シャルロッテの目は落ち着かなげに俺とマルハレータの間を行き来した。
俺は小さく頷いて、取り合えず礼を受けておけと目で伝えた。
「きょ、恐縮です」
「ベルーナは戻り次第、そちらに向かうように伝えます。それでよろしいですね?」
俺は女騎士がまた何かゴネやしないかと身構えていたが、女騎士は手の中の剣に夢中で俺達の会話が耳に入っていない様子だ。
そういう意味ではこの剣を選んで正解だったのかもしれない。
俺は少しだけホッとした。
「そうだ。出来るだけ早い方が助かる」
「無論です。分かっています」
そう言ってマルハレータは黙り込んだ。
俺はティルシアに肘で小突かれてハッとした。
「じゃあ家に入ろうか」
「任せる」
俺達は連れ立って家に戻った。
俺は一先ず目途が立った事に少しだけだが安心した。
だから俺は、俺の後ろでシャルロッテが青白い顔で申し訳なさそうに俺を見ていた事も、そのシャルロッテをマルハレータがじっと見ていた事にも気が付かなかった。
後は女使用人にどう言って誤魔化すか。
それはヤツがどこまで倉庫の中を見たかにもよる。
まずはそれを上手く聞き出す所から始めなけらばいけない。
俺は口がたつ方じゃない。正直言って自信はないが、だからと言ってやらないと最悪、身の破滅だ。
俺は緊張に胃を痛くしながら女使用人が戻って来るのを待った。
しかしその夜、女使用人は戻って来なかった。
それどころか彼女は二度とマルハレータの元に戻る事は無かったのだった。
次回「漠然とした不安」