その8 階位《レベル》4
昨日の更新分で100回だったんですね。
管理ページが2ページ目になっていたので気が付きました。
更新したはずの今回分が見当たらないので一瞬焦りました(笑)
今日も昨日に引き続いて俺達はダンジョンの六階層に来ていた。
当然目的はマルハレータの階位上げだ。
今もマルハレータはシャルロッテと共に群体百足の群れと戦っている。
昨日に比べると随分と危なげない戦いだ。
二人で戦うというのが結構良いバランスになっているようだ。
本来シャルロッテの階位上げは次の機会にしようと思っていたのだが、これは思わぬところで瓢箪から駒だったな。
そんな風に俺が二人を見守っていると、俺の横でティルシアが「ふうむ」と唸った。
俺はティルシアが釈然としない表情を浮かべている事に気が付いた。
「何だ? 変な声を出して。何か気になる事でもあるのか?」
「変な声とは何だ! 変な声とは! いや、マルハレータ様の戦い方なんだが・・・」
俺の言葉にムッとしたティルシアだったが、すぐに気を取り直した。
「”剣鬼”クラーセン様は彼女が自分と同じスキル『先読み』を持っているからこそ、彼女を弟子に取ったんだよな」
「・・・マルティンはそう言っていたな」
「私には彼女がそれ程のスキルを持っているようには見えないんだが」
「!!」
ティルシアの指摘に俺はハッとした。
確かに。ティルシアの言う通りだ。
二人が危なげなく戦っているので気付かなかったが、元々マルハレータはシャルロッテよりも階位が上だ。
なのに俺から見ても彼女の戦い方はシャルロッテとさほど大差はない。
剣鬼も認めるスキルを持っている割にはパッとしない戦い方だと言えるだろう。
「昨日は慣れない相手に苦戦しているだけかと思っていたが、思い返してみればそれもおかしな話だ。スキル『先読み』がマルティン様がおっしゃるような能力だったら、むしろそういった初見の相手にこそ真価を発揮するんじゃないのか?」
ティルシアの言う事には一理ある。
スキル『先読み』は、一流アスリートの”ゾーン”に入った状態に匹敵するスキルだと聞いている。
こうやって既に手慣れてしまった相手と戦う際にはむしろオーバースペックな能力だ。
ティルシアが言うように、初見の相手やピンチの時にこそ有効なスキルでなければおかしい。
なのにティルシアは昨日、マルハレータの戦いからそれを感じる事が出来なかったと言う。
これは一体どういう事なんだ?
「なあ、ティルシア。マルティンは彼女のスキルについて他に何か言っていなかったのか? 例えば使用するには何か特別な条件が必要だとか」
「・・・いや。そもそもマルティン様のスキル『鑑定』も万能ではないのだ。ハルトが思っている程は貴族相手に無造作には使えないしな。周囲に勘のいい者がいた場合、スキルの使用を察知されてしまう場合があるんだ」
例えばフロリーナの『観察眼』のようなスキルを持つ者がいた場合、何かしらのスキルを使用した事が悟られる可能性があるという。
いくら飛ぶ鳥を落とす勢いのボスマン商会とはいえ、所詮は一介の商会に過ぎない。
貴族相手に怪しげな振る舞いをしたと知れればどんな目に会うか分からないのだろう。
「そもそもあの”剣鬼”クラーセン様が側にいる状況でスキルを使えるか?」
「・・・確かに。こちらがちょっとでもおかしなマネをしたら、それだけで切り殺しかねないヤツだったからな」
俺はDQNがそのまま年を取ったような剣鬼の事を思い出した。
アイツなら後先の考えなしにマルティンを切り殺してもおかしくない。
ダンジョン調査隊がチンピラ揃いなのも、隊を率いる剣鬼の悪影響があるのかもしれない。
「まあ私達があれこれ考える事じゃないだろう。それよりそろそろいいんじゃないか?」
「何がだ? あ、いや、確かにそうだ。おおい! 二人共戻って来い! 少し休憩だ!」
俺の呼びかけに二人は同時に群体百足を押し込むと、タイミング良く後退した。
その動きは手慣れたものだった。
そのせいもあってか、俺はさっきのティルシアの疑問が頭にこびりついて離れなかった。
汗を拭きながら水を飲んでいた二人だったが、その時、ふとシャルロッテが何かに気付いて顔を上げた。
「あっ! コレってひょっとして! ・・・やっぱりそうだ!」
シャルロッテは喜びに顔をほころばせてこちらに振り返ったが、マルハレータが自分を不思議そうに見上げているのに気が付いて、途端に表情を曇らせた。
何だ? 忙しいヤツだな。
「どうした? 何かあったのか?」
「! シャルロッテ、お前ひょっとして?!」
ティルシアの言葉にシャルロッテは恥ずかしそうに頷いた。
どういう事だ?
「階位が4に上がっていた」
「! やったじゃないか、シャルロッテ!」
俺は自分でも意外なほど喜しくなって叫んだ。
そしてマルハレータの姿が目に入り、シャルロッテの表情が冴えない理由に気が付いた。
本来俺達はマルハレータの階位上げに来ている。なのにシャルロッテは自分が先に階位が上がってしまって、申し訳ない気持ちになっているのだ。
「おめでとうシャルロッテ。次は私の番ですね」
「! もちろんですマルハレータ様! アタシの階位が上がったんだから、マルハレータ様の階位もきっとすぐに上がりますよ!」
マルハレータに素直に祝福され、シャルロッテはホッとしたのだろう。
感情が押さえきれずに興奮に頬を赤らめた。
ティルシアは苦笑すると、すぐにでも飛び出しそうなシャルロッテを押さえた。
「気持ちは分かるが落ち着け。今は体を休めろ。マルハレータ様にも休憩は必要なんだぞ」
「あ、ごめんよティルシア姉さん。すみませんマルハレータ様。アタシ気が急いてしまって・・・」
マルハレータはクスリと笑うと小さく頷いた。
「頼もしいです。頼りにしています」
「お任せください!」
再びやる気を漲らせるシャルロッテ。
ティルシアは、処置無し、といった表情で肩をすくめるのだった。
マルハレータ達はあの後、3セット戦いをこなしたが、結局マルハレータの階位が上がる事は無かった。
俺達はダンジョンから出て地上に戻った。
「すみません、マルハレータ様。アタシの力が足りずに」
「シャルロッテのせいではないわ。簡単に階位が上がらない事くらい覚悟しているもの」
階位というのは高階位になればなるほどバカみたいに上がり辛くなる。
俺が階位5のティルシアに、今回の戦いを勧めなかった理由もそれだ。
俺の体感だが、一つ上の階位に上がるためには何十倍もの経験値を必要とする。
もちろんそれも一気に稼いだ場合の話だ。
一晩寝るとその分経験値は大きく目減りしてしまう。
もしゲームならネットで炎上確定のクソ仕様と言ってもいいだろう。
そんな事を俺が考えていたら、いつの間にかシャルロッテが俺のそばまで来ていた。
「ハルト。後で少し話を聞いてもらってもいいかな」
「? ああ構わないが」
何だ? ここで話せない事なのか?
俺は少し考えて、晩飯の後に俺の部屋で話を聞くと告げた。
シャルロッテは頷くと、嬉しそうにマルハレータのそばに戻って行ったのだった。
晩飯後、俺は約束通りシャルロッテの相談を受ける事にした。
その内容は意外なものだった。
「マルハレータ用の武器が欲しいだと?」
「今日、一緒に戦っていて気が付いたんだ。マルハレータ様が今使っている剣はあの人の階位に見合っていないって」
シャルロッテが言うにはマルハレータの武器は、おそらく彼女の階位が2か3の頃に用意したもので、階位4の彼女が使うには小さ過ぎるし、細過ぎるらしい。
「きっと武器が体に合えばマルハレータ様はもっと効率良く戦う事が出来るよ! そうすれば階位も早く上がるんじゃないかな!」
なるほど。そこには気が付かなかった。
まだ幼い彼女が持つには見た目丁度良いサイズの剣だったので特に何の違和感も無かったが、現在のマルハレータの階位は4。
身体能力的には普通の剣を余裕で振り回せる力はあるのだ。
「あの女騎士の剣を借りればいいんじゃないか?」
「伯爵家の娘がそこらの騎士団員の剣なんて使えないよ。せめてミスリル製の剣じゃないと。ティルシア姉さんにも聞いてみたけど、この町のボスマン商会はまだ動いていないんで、手に入れるなら王都から取り寄せになるんじゃないかって言ってた。それ以外の方法で、この町でミスリル製の装備を手に入れようと思ったら・・・」
デ・ベール商会しかない。という事か。
ヤツらから高額商品を買うと考えただけで業腹だし、この話をすればむしろあちらから取り入るチャンスとばかりに装備一式を献上してくるかもしれない。それはそれで厄介極まりない話だ。
「・・・分かった。そういう事なら倉庫から手頃な剣を何か見繕おう。ただし、これはあくまでもボスマン商会からの物とさせてもらうぞ」
俺がミスリル製の装備を溜め込んでいるなんて、誰にも知られる訳にはいかないからな。
後、事後承諾になるがボスマン商会のマルティンに金を出させるつもりだ。誰がタダでくれてやるものか。
シャルロッテは嬉しそうに頷いた。
俺はシャルロッテを引き連れると家の倉庫に向かった。
家の倉庫――正確には倉庫代わりにしている部屋だが――は、アーティファクト製の鍵で封印してある。
以前この鍵をシャルロッテに盗まれて以来、俺は肌身離さず持ち歩くようにしていた。
正直邪魔で仕方が無いので、早くこの部屋の装備を全て片付けてしまいたい。
マルティンはいつになったらこの町にボスマン商会の支店を開くのだろうか。
俺はシャルロッテを入り口の見張りに立たせると部屋の中に入った。
中々掃除も出来ないせいで部屋の空気は埃っぽい。
俺はムズムズする鼻を堪えながら、剣を置いてある棚に向かった。
「階位4といえば大体この町の駐留兵のヤツらと同じくらいか。確かヤツらはこのくらいのサイズの剣を使っていたんだったか。・・・案外重いな」
俺が手に取った剣はブロードソードと呼ばれる剣だ。「ブロード」とは「幅が広い」という意味だが、実際はさほど幅のある剣ではない。
あくまでも細身の剣であるレイピアに対して幅が広いという意味なのだ。
「もっと軽いヤツの方がいいか? いや、俺の階位が1だからそう思うだけで階位4のマルハレータなら問題ないか。だったらいっそもう一回り大きな剣の方がいいのか?」
俺がああでもないこうでもないと悩んでいると、じれったくなったのかあるいは単に興味があったのか、シャルロッテが俺に声を掛けて来た。
「迷っているならアタシが選ぼうか?」
「そうか? まあ俺は剣の事は分からない――誰だ!」
部屋の入り口に立つシャルロッテ。その彼女の背後に誰かの姿を見付けて俺は叫んだ。
ハッと背後を振り返るシャルロッテ。
その時には既に人影は逃げ去っていた。人影――いや、あれは貴族の使用人の着る服だった。
今のはマルハレータの所の女使用人だ!
「女使用人だ! 部屋の中を見られた! 追え! シャルロッテ!」
「わ、分かった!」
くそっ! 完全に油断していた! 俺のミスだ!
次回「ミスリルの剣」