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その7 即席タッグ

 ダンジョンの安全地帯となる階層間の階段で俺達は一息ついていた。


「ゴメン。ハルト、ティルシア姉さん。アタシつい無我夢中で・・・」


 しょげ返るシャルロッテ。

 シャルロッテは戦いに夢中になって俺の忠告――群体百足は頭を潰さないと簡単には死なない――を忘れてしまったのだ。

 その結果、死に損なった群体百足が辺りに散らばる結果になってしまった。

 増援は呼ばれるわ、経験値は入らないわで、さっきの戦いは失敗だったと言ってもいいだろう。


「次にしくじらなければいい」

「そうだぞシャルロッテ。そのために私とハルトがいるんだ」


 まあ本当はマルハレータの経験値稼ぎに来たので、ティルシアとシャルロッテがここにいるのは全くのイレギュラーなんだがな。


「水を飲んでおけよ。汗を拭くのも忘れるな」


 運動の時は筋肉に回っていた血液は、運動を止めると体の表面に流れるようになる。

 血液を冷やす事で、運動中に体に溜まった体の熱を冷ますためだ。

 この放熱の働きを助けるために汗が吹き出すのだ。


「少し休んだら続けよう。どうだ? まだやれるか?」

「もちろん! 今度は上手くやるよ!」


 シャルロッテはまだまだ元気いっぱい、といった感じだ。

 しかし疲労は判断力を鈍らせる。本人に自覚が出る前に止め時を見極める必要がありそうだ。


 その時、ずっと悔しそうに下唇を噛んでいたマルハレータがパッと顔を上げた。


「次は私もやります!」

「・・・そうしてくれると有り難いが、本当に大丈夫か?」


 マルハレータの顔色は良くない。今も階段の向こうには大量の群体百足がひしめいているのだ。

 そういう意味ではこれが当たり前の反応なのかもしれない。

 ――まあそんなヤワな精神では四十階層以降は渡って行けないがな。

 あれはグロだからな・・・


「どうしたハルト?」

「あ、いや、何でもない。そうだな。無理だと思ったら階段に駆け込むか俺達を呼んでくれ」

「わ・・・分かった」


 いつものように「任せる」じゃないんだな。そんな余裕もないのかもしれない。

 しかしさっきまで怖気づいていたのに、何で急にやると言い出したんだ?


 ひょっとして、剣鬼の弟子の自分が、自分より階位(レベル)の低い獣人に後れを取っているのが許せなかったのかもしれない。


 面倒なヤツだが、そういう理由ならシャルロッテ達に来てもらった甲斐があったというものだ。

 相変わらずそこで震えている女騎士も、少しは主人の姿を見習って欲しいものである。


「マルハレータ様行きましょう!」

「は・・・はい!」


 掛け声をかけると少女二人は階段を飛び出して行った。




 意外な事に即席タッグは案外上手く機能していた。


「シャルロッテ! 止めを!」

「マルハレータ様下がって!」


 最初はギクシャクしていたが、”それどころではない”というギリギリの状況がプラスに働いたのか、二人の動きは時間と共にスムーズになっていった。


「ハルト、そろそろいいんじゃないか?」

「ああそうだな。二人共下がれ!」


 今では俺の声に反応して指示に従う余裕まで見せていた。


「まだやれます!」

「一度に無理をするよりも、ここで休んでおいた方が効率がいいんだ」


 我ながら知った風な事を言っているが、別に明確な根拠があって言っている訳ではない。

 だが無理をさせてこの貴族の娘にケガを負わせる事は出来ない。

 安全マージンは見ておいた方が良いだろう。


「マルハレータ様、水をどうぞ」

「あ、うむ」


 マルハレータは釈然としない顔をしながらも、シャルロッテから手渡された水筒から水を飲んだ。


 そういえば昨日シャルロッテは「貴族は自分のような獣人女が持って来た食事は口にしない」とか言ってなかったか?


 どうやらマルハレータは戦いの疲れと興奮で、獣人から渡された水という事に気が付いていないみたいだ。

 わざわざ教えてやって揉め事を起こす必要もない。

 俺は気が付かなかった事にして二人に向き直った。


「さっきの戦いは大分いい感じだった。だがシャルロッテ、お前はマルハレータ、様をまだ気にし過ぎだ」

「そ、そうかな?」

「待って! シャルロッテは良くやっていた! あなたはその場にいないから分からなかったかもしれないけど!」


 俺は驚きに目を見張った。マルハレータがシャルロッテを庇うような事を言ったからだ。


「あ、いや、悪いと言っている訳じゃないんだ。シャルロッテ。マルハレータ様はお前より階位(レベル)が上だ。お前が消極的になると逆に彼女の積極性を損なう事になる。さっきよりも心持ち攻撃的に動く事を心掛けろ」

「分かった! 次はもっと前に出るようにするよ!」

「! そうね! 私も次はもっと上手くやるわ!」


 二人のこのテンションの高さは少し危うい気もするが、こういう作業的な行為はモチベーションを保つ事が肝心だ。

 惰性で体を動かしていると、どこかで取り返しのつかないミスをする。

 仕事でも戦いでも慣れて疲れて来た時が一番危ない。

 何事も集中力を切らさないのが肝心なのだ。


「もういい時間だ。次で今日は最後にしよう」

「――次の戦いで階位(レベル)を上げてみせます」

「マルハレータ様なら出来ますよ」


 俺の合図で二人は群体百足の群れに飛び込んで行った。




「――よし。こっちは今ので最後だな。ティルシア、そっちはどうだ」

「大丈夫だ。通路の先からの増援もいない。今のうちに移動しよう」


 そう言うとティルシアは階段に女騎士を呼びに行った。

 女騎士か。そういや結局、あいつは何の役にも立たなかったな。 


「・・・階位(レベル)は上がらず仕舞いですか」

「一日や二日で上がるものじゃありませんよ」


 落ち込むマルハレータをシャルロッテが慰めている。

 まあ実際にそうだ。それほどこの世界のレベリングはクソ仕様なのだ。

 しかし後半、二人の動きはかなり良くなっていた。

 こうして群体百足との戦いに慣れていけば、じきに効率良く経験値稼ぎが出来るようになるだろう。


 俺が周囲を警戒していると、ティルシアが女騎士の手を引いて来た。

 女騎士は嫌いなはずの獣人に手を引かれているにもかかわらず、大人しくティルシアに従って歩いている。

 彼女はじっと足元だけを見て、なるべく周囲の百足の残骸を見ないようにしているようだ。


「みんな揃ったしダンジョンから出ようか」

「任せる」


 俺達は百足の死体の転がる六階層を後にした。




 俺達は一度家に帰ると女使用人を連れて再び外に出た。

 マルハレータ達は外で外食を。俺達は食材を買って家で自炊だ。


「家の場所は覚えているよな。玄関に着いたら呼んでくれ」


 マルハレータは何か言いたげな表情でこちらを見ていたが、俺はさほど気にせずに彼女達と別れた。

 正直言ってコイツらには昨日から手間をかけられっぱなしで、一刻も早く解放されたかったのだ。


 マルハレータ達と別れて少し歩いた所でティルシアが俺に声を掛けた。


「ハルト。私はボスマン商会に寄って行くので、買い物はお前達に任せてもいいか?」

「構わないが、俺達も行かなくていいのか?」


 ティルシアは「私の気のせいだといいが」と言うとチラリと後ろを振り返った。


「使用人のあの女。さっき少し様子が気になったのだ。商会に頼んで明日からでも見張りを付けて貰おうと思う」


 俺は驚いて振り返った。しかし既に通りにはマルハレータ達の姿は無かった。

 ティルシアは俺のこの反応も予想して今まで黙っていたのだろう。

 ちなみにシャルロッテは無反応だった。

 どうやら彼女も女使用人の態度が怪しいと感じていたようだ。


「・・・俺だけが鈍いみたいだな」

「女同士だから分かる勘みたいなものだからな」

「ハルトは男だから、女の細かな変化に気が付かなくても無理ないよ」


 不満はあるが、俺も自分が鈍い男だという自覚はある。


 俺は、今のは暗にティルシア達に気の利かない男だと非難されていたんじゃないだろうか? などと被害妄想に囚われながら買い出しに向かうのだった。

次回「階位レベル4」

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