シェルターの朝
サイゼリヤに就職したい
部屋の電気をつける。狭くはないが広くもない部屋だ。灰色の壁に白い床。必要最低限のものしか置いてないので、空いたスペースがある。
しかしその床の上に異彩を放つものがひとつ。木製のちゃぶ台である。なんというか、空気とか雰囲気とかに全く合っていない。僕はこういうのが一番嫌いなんだ。
「…8時30分」
と呟いてみる。今日も時間ぴったりだ。
この1週間のことを思い出す。
…いややめた。なんでカロリーメイトを7本も食べなくちゃいけなかったんだ。口の中パッサパサのパサだぞ。変な声出た。「ンゴッ!」って。
「…遅いなあいつら」
結局この七日間、時間通りに起床し続けたのは僕だけだ。全く、あいつらがテキトーなせいで僕はこんな苦ろ
「おっはよーーー!」
…うしてるんだぞ。
「今日はお前が最初か。意外だな」
「意外とは失礼だな~!せっかく最終日だから目覚まし4個もかけたのに」
「『昔の新聞に載ってる四コマ漫画』かよ」
…と、部屋にほぼタックルで入ってきたのは大和田アカリ。スポーツが趣味と話しており、そのせいか肌は小麦色で、快活な印象を与える。
部屋に入って早速何かの素振りを始めた。要するにめんどくさい奴だ。僕はわりと苦手である。しかし…
「なんだその気持ち悪いフォーム。テニス…じゃないよなぁ…」
「半分正解。これね、ラクロスの持ち方なんだよね」
「ラクロスってあのホッケーの従兄弟みたいなやつだろ?何をもって半分正解なんだよ…ところで、ミスズさんたちは?」
「ミスズはねー、あー、えっとね~…シャワー?かな」
要件だけ喋れ。
「やっぱりか…早く済ませてくんねえかなあ」
彼女は、こんな状況下においても自分の見た目を気にするのだ。全く、最近の女といったら…まぁ、美しいのは認めるが。綺麗なシルクのような長い髪。すべすべな白い肌。薄いチークもよく似合っている。…
「うっわ何その顔…キモ…」
「えっちょ、顔に出てた!?」
「ないわー」
ツラ…泣きそうマジで…
と、そこに。
「うわ、ケンイチさん、なんで泣きそうな顔してんすか…キモ…」
まためんどくさいのが…
「るせー!!お前に僕の気持ちがわかってたまるかーっ!」
この生意気な口聞いてんのは臼井キョウヘイ。僕よりは少し年下だが、常にナメた口をきいてくる。
「どーせまたミスズさんのことでしょ?ケンイチさんも凝りませんねえ」
「黙れーっ!俺は今プロジェクトの班長だぞ!!」
「はーっ、ちょっとは大人になってくださいよぉ」
半笑いで言ってくる。こいつそこそこイケメンだから困るんだ。
「それあたしも賛成〜ケンイチくんも大人になんなよ」
なんとアカリまでこちらを煽ってくる。
「うるさいうるさいうるさーい!」
手を振り回して奴らを追っ払う。が、手がなにかに当たる。
「いたっ……グスン」
あっ。
「うわー!ケンイチさん女の子泣かした~っ!」
「いやちが…そんな…だ、大丈夫?ユマちゃん…?いつの間に起きてたんだ」
そこには、ふた周りほど背の低い少女。顔を真っ赤にして、何かを堪えている。
「いたいぃ…」
「ごめんごめんごめん!…ほら、お前らも!」
「いやいや、なんで俺が謝らなくちゃいけないんすか」
「元はと言えばお前がなぁ!」
「いたいよぉ…」
ついに泣き出してしまった。年端も行かない女の子を泣かせるのは、さすがに罪悪感がある。
「大丈夫?ユマちゃん」
アカリがユマを抱きしめる。たまにこっちを向いて冷たい視線を浴びせてくる。泣くぞ僕。泣いちゃうぞ。
「…ぐすん」
この子は上野ユマ。今回のプロジェクトで唯一の小学生だ。まだ9歳である。
「あ…あとでホットケーキ焼いてあげるから!クマさんの形だから!」
必死にフォローしてみるが、
「…わたし、クマさんよりうさぎさんがすき…」
「………」
「完全敗北っすね、ケンイチさん」
「…殺すぞ」
「幼女を『もので釣る』作戦、これって相手を知ってないといけないんですよねえ。敵を知れ。昔の知恵ですけどねえ…」
「…………ころ…こ……うわぁぁぁ」
負けたよ。僕。完全に。
僕は、その場にがくりと座り込んでしまった。
扉が開く。
「おはようございまーす…ってケンイチさん!?なんで座り込んで白目で口金魚みたいにパクパクさせてるんですか!?」
「あ…アワワ…」
時計は、午前8時35分を指していた。