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龍の女王と狼の青年  作者: 雪見だいふく
1/1

復讐の始まり




「私よりその人間の女を選ぶか」

よく通る女の低い声が広間に響く。


「……女王陛下」

男は隣の女を囲うようにし、発言した女を見上げた。

いつも穏やかな目の奥には、強い意志が見える。


意思は曲げぬか――――


女王は冷たい視線で彼らを見つめ、静かに目を閉じた。


「もうよい。どこへでも()け」







◇◇◇






あの出来事から3年後―――


かつて許嫁だった男を失い、女王はがむしゃらに働いた。

周りからは新しい許嫁をと進められるが、もうよい。


女王が(おさ)めているこの国は、龍王(りゅうおう)である女王と、獣の民で(つむ)がれてきた。

獣の(なり)ではあるが、人間の姿にも化けることができ、人間界に自由に行き来することができた。

しかし、人間との交わりは禁じており、(おきて)を破った者は追放もしくは女王の手によって殺される。

これを破った最初の者は、許嫁だった。


許嫁は女王の幼なじみであり、騎士であり、幼い頃から分かち合い、時には(いつく)しみあってきた。

だがそう思っていたのは、女王だけだったのかもしれない。


許嫁は追放の身となり、今ごろは人間の女と幸せにやっていることだろう。

女王は目を閉じて密かに嘆息した。






ある日、国の結界を破った侵入者が発見され、女王は捕らえられた男を謁見(えっけん)の間で顔を会わす。

すると、女王は驚く。なぜなら、男は元許嫁だったからだ。


「女王陛下……」


男の弱々しい声が、女王の耳に届く。

3年前よりもやつれ、常に微笑んでいた男の面影はなかった。

穏やかな緑の瞳も(よど)み、艶やかな黒髪もぼさぼさだった。


「何故ここにいる。フォイユ」


女王の冷たい視線を受け、男は傷ついたように女王を見上げた。

手を後ろに縛られ、膝立ちをさせられている男は、目にかかる前髪をそのままに女王に()びるような視線を向ける。


「お願いします。もう私には…ここにしか居場所がないのです」


懇願するように頭を下げた男に、女王は冷たく見下ろし背を向けた。


「この男を牢に閉じ込めよ。私の許可が下りるまで決して出すな」

「はっ」


女王の命令で周りにいた獣たちが、男を連れていく。


「待ってください!女王陛下!私は…」


男の言葉を最後まで言わせず、扉が閉まった。

女王は上座で背を向けたまま、痛む胸を押さえつけ目を伏せた。


何故戻ってきた。フォイユ…。

―――…何故












その夜、全ての公務が終わり、私室に戻ろうとした時、蛇が廊下の奥からにゅるにゅるとやって来る。

女王の目の前までくると、腰まである色素の薄い長い髪に、色素の薄い切れ目の瞳、長身の青年の姿になる。


「御公務お疲れ様でございました。陛下」


丁寧すぎる敬語に、(うやうや)しいお辞儀をするこの男は、この国の宰相であり、蛇の属性を持つ。


「ああ。して、何用だ」

「相変わらずつれないお返事。お話ししたいことがございますので、少々よろしいでしょうか」


気味悪い蛇のにっこり笑顔に、女王は悪寒し眉をひそめた。




客間に案内され、青年が女王を探るように見つめた。


「…何だ」

「いえ。あなたはまた同じ過ちを繰り返すのかと思いまして」

「どういう意味だ」

「許嫁が帰ってきたそうですね。何故その場で殺さず、牢にやったのですか?まだ未練がおありですか」

「ばかな」

「でしょうね。再び許嫁にするなどはしないでしょう。今日は忠告にやって参りましたが、あなたが同じ過ちを繰り返すのならば、こちらも考えがございますので」


宰相の笑う顔立ちは苦手だ。

許嫁が追放された後、この青年が次の許嫁にと進められたが、女王は断固拒否した。

そもそも蛇と龍は相性が悪い。


女王が青年の動向を警戒していると、青年はくすくす笑う。


「いやですね。そんなに怯えないでくださいよ。今すぐ()らいたくなるじゃないですか」

「っ…」


ぞくりとする笑みに女王は扉へと向かう。

しかし、逃げられず背後から腰を抱かれる。


「離せ!」

「エリザベス様。いい加減お覚悟を。蛇は短気なのですよ」


低い男の声が耳元で囁かれ、女王は抵抗を強くする。

すると、あっさりと腰を離され、女王はその隙に扉の外へと出た。








私室に戻ると、女王は一気に力を抜いた。

力を抜いたせいで耳が徐々に大きくなり、魚のヒレのような形に変わった。

本来は龍の姿なのでまだ一部だが、完全な龍になる時は大事な儀式の時だけだ。


はあとため息を吐くと、懐かしい気配が窓の外からしてきた。



この気配…――――


女王が窓まで小走りで駆け寄り、外を見ると一匹の大きな狼がこちらを見ていた。

女王の胸はどきんどきんと高鳴り、窓をそうっと開けると、暗闇の中でも分かる緑の瞳が細められる。


「…フォイユ」


女王の小さな声が、澄んだ空気にのってゆく。

その声を聞き取った狼は、耳をピクリとさせ人間の姿になっていく。


昼間見た淀んでいた緑の瞳は、夜の空気のせいか穏やかになっていた。艶やかな黒髪もさらさらで、前髪が風に揺れている。

狼とは思えないほど、穏やかな目付きをする目の前の青年に、女王は彼に見惚れていた。


「女王陛下…」

「…っ。何しに来た」


青年の心地よい声で女王ははっとなり、慌てて背を向け室内に入る。

しかし、青年は入らずベランダで立ち尽くしていた。


「どうした。入らないのか」

「……では」


おずおずと青年は室内に入り、居心地悪そうに窓際に立っていた。

女王は好きにさせ、自分は服を(くつろ)げソファーに座る。


「それで?何用だ。お前が牢から出てくるのは想定外だったが」

「……お詫びを。本当に、本当にすまない。エリザベス」

「今さらだな」

「……」


青年は女王を見ずに、床を見つめたまま黙る。

女王は彼が何を考えているのか読めず、じっと見つめる。

すると、青年がふと顔を上げ、女王を見つめ返すと目を開いた。


「っ…!っ…!」

「…なんだ」


真っ赤になる彼の様子に、女王は(いぶか)しげに見た。

口をぱくぱくさせる彼の視線をたどると、開いた服から胸の谷間が大胆にさらけ出されていた。


「ああ、力を抜いたからな。胸が大きくなったのか。別に女の胸など見慣れているだろう」

「っ!そんなわけないだろう!」


顔や耳、首まで真っ赤にさせる青年に、女王は驚いた。


「何を言っている?人間の女と契りを交わしたのだろう?」

「っそれは…。とにかく隠してくれ。目のやり場に困る」


そっぽを向く青年に、女王はおかしな奴だなと思いつつ服を少しだけ正した。


「それで?謝るだけか?」

「違う。戻ってきたのには本当に居場所がなかったからだ」

「馴染めなかったのか」

「違う。彼女が亡くなったからだ」

「そうか。それは残念だったな。で、お前は何しに戻ってきた」

「……もう一度、ここで暮らしたい。都合のいいことだと分かっている。待遇は劣悪でも構わない。こき使ってくれてもいい。ただ…、あなたの側にいたい」


真っ直ぐに見つめてくる瞳に、女王の心は少しだけ動かされたが、青年を見る目は冷たかった。


「…良かろう。私の側でこき使ってやろう。ただし、弱音をはいたりしたら今度こそこの国には入れないと思え。よいな」

「…はい!」


緑の瞳に活気が戻り、青年は大きく返事をし、片手を胸の前に置き敬礼をする。

女王は静かに見つめ、明日からの生活を密かに楽しみにしていた。





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