悪くないは難しい
悪いものを悪いというのは、簡単なのであります。
逆に、無実を無実と言いきるのはとても難しいことです。
悪は簡単、正義は難しい、これに通じるものがありますね。
悪役令嬢ものに見られますいわゆる『ざまあ』展開。
いとも簡単に冤罪が晴れる展開が多いわけですが、現実に『無罪』を勝ち取ろうと思ったら、とても大変であります。
無罪を勝ち取るために一番簡単なのは、『真犯人』を見つけること。
悪役令嬢系は、たいてい、ヒロインと呼ばれる悪役さん(ややこしい)が、真犯人のことが多いわけです。
で、たいてい『虚偽の諫言』で陥れられた主人公が、多少の(失礼)物的証拠を積み上げて逆に犯人をつるし上げるわけです。
この場合、大切なのは、『噂話』を否定するだけではだめです。何か『事件』があったのであれば、それの『真犯人』を突き止めるだけの証拠を握るか、もしくは完全なアリバイを手に入れるしかない。
ここをしっかりおさえてない作品は、ただのパターンを踏まえているだけの作品で、「ざまあ大好き」という方々だけに愛好される作品になってしまう。
ざまあ展開というのは、『名探偵、みなをあつめて、さて、と言い』の単純化した形です。
面白さを追及するなら、『推理物』の研究も必要なのかなあと思います。
ちなみに、悪いものを悪いというのは簡単ですが、悪いものがはっきりとしない場合(真犯人が見つからない場合)無罪というのは、勝ち取るのが難しいです。
例えば。ちょっとジャンルが違いますけれども。
体内にできた腫瘍を摘出したとします。がん細胞が見つかれば、即、ガンであります。
しかし、その腫瘍の一部をみて、ガンが見つからないからと言って、その腫瘍は『ガンでない』と言い切ることはできません。『ガンでない』と言い切るためには、細胞を一つ一つ精査していかねばなりません。
もう一例あげます。
浮気をしていない専業主婦が浮気をしていないと証明するのは、とてもたいへんです。
「家に一人でいる」時間が多ければ、アリバイを証明してくれるひとはほとんどいません。
昔は、電話に出ていればある程度在宅の証明ができましたが、携帯電話の普及で、電話はアリバイ証明に使えなくなりました。外出していない証明、来客がいない証明の両方が必要で、家に痕跡がないくらいでは、証拠にはなりません。
悪いものには原因があります。でも、悪くないものというのは、すべての可能性を疑い、その可能性を排除した後でないと、言いきることはできません。
何かを悪い! と断定するより、何かを悪くない! と証明するほうが難しいのです。