設定と物語
今回は設定と物語の関係について。
『小説を書こう』のところで少し書きましたが、設定の大半は、読者に見せなくても良いもの、と、私は考えます。(ひとにもよりますので、なんともいえませんが)
設定というのは、いわば『骨』。物語は『筋肉』です。
つまり、小説の表面にあるのは『筋肉』であるべきなのです。『骨』が露出しては、あまりよろしくない。
私を含め、素人小説の場合、小説として欠陥がある場合、ふたつのパターンがあると思います。
まずは、骨がスカスカや、骨のつき方がアンバランスな場合。
要するに、設定不足です。勇者が魔王を倒す話なのに、魔王がどこにいるか作者が決めていないとか、実はAが犯人だった! という、オチなのに、Aが殺害現場に行けそうもないような登場をしていて、その説明が何もない、など、設定がないことで、矛盾がてんこもりだったりする場合ですね。
次は、骨が露出している場合。
ストーリーのない、ただの説明です。
さらに、その部分が、今後の物語に全く関係がない部分であったら、なおさらダメですね。
小説というのが、骨と肉を備えた生物を創造するものとすれば。骨は太く、ぜい肉は少ない鍛え上げられたしなやかな筋肉が理想。皮膚に相当するのが文章力であるなら、荒れたものより、すべすべしている方がいいですよね。
で。素人作品の場合、ふたつのパターンが両方混じっていることもあります。
設定不足で矛盾があるのに、ストーリーでもない説明がある。
これは、正直、内容を理解するのが難しい。
もちろん、設定だけで読ませる作家さんや、ストーリー展開の上手さだけで設定の矛盾なんて蹴飛ばすような作品もあります。
しかし、これは『特別』『特殊』であります。
なろう流にいえば、『チート』作家の特殊スキルですから、普通の素人は真似してはいけません。
まあ、真似できないという方が、正しいですけどね。
ストーリーに関係ない『設定』を見せない勇気と、『設定』とストーリーをからませる工夫をしていくのが大切かな、なんて思います。