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剣闘場の拳闘士 1 拳闘士と娘 

 ハイレーン帝国の西側にあるこのジェファーニア王国は、取り立てて名産があるわけでもなく、特に肥沃といわけでもなく、目立つところのない小さな国だ。

 ただ、一つだけ。王都近くにある都市の、剣闘場だけが他の国々にも有名だった。


 剣闘場。歴史は古く、そこの闘士達は剣だけを手に闘ってきた。

 だが、ここに一人だけ例外がいる。

 男の名はアレン。

 彼はこの剣闘場で唯一、剣ではなく、己の拳でもって闘う拳闘士だ。


 アレンが闘技場に降り立つとまずは野太い男の声援が上がる。

「アレンー!鉄の籠手!」

「負けんじゃねぇぞ!」

 齢四十近く。もう引退していてもおかしくないロートルが、若い闘士を相手に拳一つで闘う姿は多くの男の心をがっちり掴んでいた。

対して女の声援は少ない。そもそも闘技場に来る女自体少ないし、来たとしても若くて顔のいい青年闘士を応援に来る。

 とはいえ、アレンにも全く女性ファンがいないわけでもない。

 歳の割には引き締まった体格、老獪な雰囲気、腰には下げているのに絶対に抜かない県の謎、そして親友の忘れ形見である娘を育てているところ……そういった所に引かれるマニアックな女性ファンもいる。


 今日もアレンはその二つ名のもとになった鉄の籠手を両の腕に身に付け、腰には決して抜かない剣を下げ、対戦相手の前に立っていた。

 今回の対戦相手はボルス。ベテランの域の闘士ではあるが、アレンより若い。対戦成績はアレンの方が勝ち数が多いが、ここ最近はボルスの連勝中だ。


「今日はもらったぜ。よう相棒」

「そうもいかねぇさ。娘にイイモノ食わせてやらねぇといけねぇ。」

 にやりと笑うボルスを気だるそうに流すアレン。そのやりとりに一層もりあがる観客。

 両者が間合いをとり、審判が合図をすると試合が始まった。


 勝敗をわけるルールは、相手が行動不能になるか、致命傷を与える攻撃だと、審判が判断するまで。

 昔はファーストブラッド、最初に血を流した方の負け、という単純なものだったが、今は剣の刃は鋳潰してある。切られても怪我をすることはあっても死ぬことは……よほど運が悪くない限り、ない。観客も安心して見ていられるというものだ。


 試合は一進一退。アレンが籠手で剣を受ける度、歓声があがった。

 単純な拳技以外にも、足技、投げ技を駆使するアレンの試合は見応え充分。この試合も大量のおひねりがとんだ。


 アレンがボルスを投げ飛ばす。

「くそっやらせるか!」

 ボルスはどうにか身をひねってその後の絞め技から逃げ出した。絞め技を食らってしまうと「致命傷の攻撃」と判断され、負けてしまう。ボルスは流れるような受け身一回転で弾き飛ばされた剣を拾うと、勢いまま、アレンに切りかかる!

 鮮やかな動き、今歓声をもらうのはボルスの番になっていた。

 この剣闘場の観客が好むのは派手で見応えのある試合だ。勝ち負けよりもよっぽど大事なことだった。

ボルスの大上段からの攻撃は、しかしながら、アレンの籠手に止められた。舌打ちするボルス。アレンはそのまま剣を受け流し、体を回転させる勢いで足を高くあげ、後ろ回し蹴りでボルスの側頭部を狙う。派手なやりとりに興奮する観客。

 はたしてー


「おとーさーん」

 アレンが闘技場を出ると、彼の娘のカヤが駆け寄ってきた。

 生まれて直ぐに病で母を亡くし、二歳の時に戦で父を亡くした。以来10年、アレンの元で彼の養女として暮らしてきた。

「おう」

「負けちゃったね」

「んー、まあな」

 先程の試合、アレンの後ろ回し蹴りが決まるより早く、ボルスの剣がアレンの胴を薙いでいた。

 とはいえ二人に悲壮感はない。勝ったり負けたりは闘技場の常である。


「よ、カヤちゃん」

 アレンの後ろからボルスが出てきた。

「こんばんは!」

 勝ったり負けたりが常である以上、試合が終わった闘士達にわだかまりはない。……が。

「お前、止めるんならもっとちゃんと止めろよ。脇腹いてえぞ」

 アレンが大袈裟に腹をおさえる。

 この剣闘場において、攻撃は寸止めが基本だ。がつんと当てなくても有効打と判断されれば勝敗がつく。

「ちょっと、いや大袈裟だろ……いやほんと。鎖帷子着てたんだろ!?」

 ボルスがカヤの心配そうな顔に耐えかねて焦り出す。

 アレンはカヤににやりと笑うと、大丈夫だというように頭をなでた。

「俺はいいけどな。慣れてるし。若いのなら受け損ねてあばら折りかねん。」

「……だな。気を付けるわ」

「おう。

じゃいくか。カヤ、今日はボルスがメシおごってくれるぞ、やったな」

「おいおい、メシじゃなくて酒だろ?」

 勝者が敗者に酒を一杯おごる、というのはこの剣闘場の古くからの習わしだ。

「しょうがねぇだろ?うちのカヤはまだ酒は飲めねぇんだから」

「あーはいはい、わかったよ、この親バカめ」

 ボルスはカヤに向かい、仰々しく礼をする。

「不肖ボルス、カヤ姫様に晩飯を奢らせてもらいます」

「ありがとう、ボルスさん……」

 姫と呼ばれ、カヤは照れたように笑った。


 アレンとボルスの下宿に近い、いつもの酒場はいつも通りに混んでいた。

「カヤちゃん、いらっしゃい!ろくでなしどももね!」

 年々太っていく名物女将が三人を出迎える。

「空いているところ座っとくれ!」

 と言って空いている席がないことに気がついた女将は、テーブルでだらだらとカードをしていた若い闘士達ににどすどすと足音を向ける。

「あんたたち!明日は試合だろう!?とっとと帰って明日に備えな!」

 若い彼らは不満そうな表情を見せたが、入り口で立ちっぱなしになっている先輩達に気がつくと、そそくさと席を立った。

 勘定を済ませ、アレンとボルスに軽く挨拶をする。

「どうもっす」「すいません」

「おう、わりいな」

「明日がんばれよ」

「ありがとうございます!がんばってください!」

 若者達を見送って、アレン達は空いたテーブルにつく。

 女将ががしゃがしゃとその上を片付けながら、

「何にする?カヤちゃんには大好きな芋もちのスープがあるよ!」

「やったあ!スープお願いします!」

 カヤが嬉しそうに注文すると、ボルス。

「なんでい、もっと高いものでもいいんだぜ?」

「ありがとうございます。でも芋もちのスープ、大好きだから」

「うれしいねぇ、うちのチビも喜ぶよ!カヤちゃんのために朝からせっせと餅作ってたからさ!」

「うるせぇ!ババア!声がでけぇぞ!」

 厨房からこちらの様子をうかがっていたらしい少年がスープを入れた器を持ってこちらにやってきた。女将の息子で、年の頃はカヤと変わらず、あまりこういうことでからかわれたくないお年頃である。

「ほらよ」

 ぶっきらぼうに器をテーブルに置く。ここいらで採れる芋を蒸かして潰し、小麦の粉をまぶす。中に挽き肉と野菜のくずで作った団子を入れ、芋の潰したもので包んだらもう一度蒸かし、野菜と骨で出汁を取ったスープに入れる。

 この地方の伝統料理だ。

「ありがとう、ダン。

……ん、おいしい」

「あ、当たり前だ!」

 カヤの笑顔に照れて目を反らすダン。

 しかし少年が緊張しているのは好きな娘の前にいるからだけではない。

「おいおいどうするよ?カヤちゃんが嫁にいっちまうぜ?」

「勘弁してくれよ、まだはえぇ」

 この街の少年達にとって、闘士達は憧れの存在なのだ。

 ……例え自分の恋路をからかっていたとしても。

「おとうさん、ダンが困っているじゃん……」

 そう言ったカヤ本人も困ったようにもじもじしていた。

「ふふふ、お嫁さんにははやいかねぇ?ほら!お客さんに酒持ってきな!」

 女将がにやにや笑いながら息子の尻を叩く。「叩くんじゃねえ!」ダンは母親に怒りながらも、どこかほっとしたように厨房に戻っていった。


「ここに嫁いだら、カヤちゃん、女将さんみたくぶくぶく太っちまうな」

 ここの女将が太ったのは、厨房を任されている夫で店主の料理が旨かったせい、というのは女将の鉄板ネタだ。

 実際、このランクの酒場にしては料理が旨いし、どうやら息子にもその腕は引き継がれているようだ。

「もう、ボルスさんひどい……」

「おいおい、ボルス。そのくらいにしといてくれ。俺が寂しくなる」

 父親も一緒にからかってこられるとたまらない。

 カヤは頬をふくらませた。

 そんな、いつも通りの和やかな会話は突然の来客により途切れた。

「あ、あの、鉄の籠手のアレン、さんですか?」

見ると、どうやらこの街の者ではなさそうな青年がこちらに話しかけてきた。

「ん……」

 短く答えると青年は興奮したように、

「俺、ファンなんです!」

「そりゃどうも」

「あなたの話は俺の村にもよく伝わってきてて、今日はじめて試合見たんです!で、え、えー」

 そこで今日の試合の結果を思い出して若干口ごもったが、

「かっこよかったです!」

 勢いでごまかした。

「……おう」

 少しひいたが、貫禄でごまかすアレン。にやにやする本日の勝利者ボルス。単に父が誉められてうれしくてにこにこするカヤ。

「そ、それでですね……」

「なんだ?」

「サインはむりだぞ。こいつ字が書けねぇから」

「てめぇの名前くらいは書けらあ」

「お父さん、私が代わりに書くよ!」

 それでは意味がない。

 ボルスが堪えきれず爆笑した。

「サインではなくて!聞きたいことがあって!……ありまして!

その剣のことですが、何で使わなくなったんですか?」

 ボルスとカヤはアレンの顔を見た。問われた本人は憮然とした顔をつくりながら、

「娘の寝る時間だ。そろそろ帰るわ、ボルス、すまんな」

「いいってことよ」

 席を立ち、女将に勘定を渡して出口に向かう。カヤも立ち上がり、ボルスに礼を言い、青年に会釈をしてアレンを追った。

「え!あの!戦争で嫌なものを見たから抜けなくなったとか!友達の形見の剣だとかいろいろきいたんですけど、本当は……」

「……兄さん」

 ボルスが青年を制した。

「いろいろ聞くのは野暮ってもんだ」

 そこで青年も我に返り、周囲の自分を見る冷たい視線に気がつく。

「はい……」

 そして気の毒なほど、肩を落とした。


 次の日、アレンの姿はアリーナにあった。

 日中、試合のないときは闘技場のアリーナは闘士達の修練場になる。アレンは毎日ここで修練をすることを日課にしていた。

 体は資本。彼ぐらいの年齢になるとその言葉が骨身に染みてくる。

「アレンさん。おっす」

「おう」

 日課をこなしていると、エイクが話しかけてきた。若い、今売り出し中の闘士で、次の対戦相手だ。

「アレンさん、俺の剣は籠手でガツンと受けないでくださいっす。剣に傷がついちまう!」

 そういえば、こいつはやたらと装飾が凝った剣を使っていたな、とアレンは思い出した。

 試合中に使う剣は刃がいつぶしてあったら何でもよい。闘技場で用意している剣もあるが、自分で用意する闘士もいる。たいがいは手に馴染むものがいいという理由だが、目立つために変わった剣を使う闘士もいる。

「ボルスさんも剣に傷がついたと愚痴ってたっす」

 あの時の舌打ちはそういうことか。

「ふうん、ま、諦めろや」

「えー、高かったんすよ、これ」

「闘士の剣なんて傷ついてなんぼだろ」

「アレンさんに言われたくないっす」

 アレンは肩をすくめた。

「あ、あと投げ技もやめてくださいっす!おれ、受け身苦手で……」

「ほう、じゃ受け身の練習するか?」

 よっぽど、苦手なのか、エイクは全身で拒否をした。

「いやいやいや、いいっす!いいっすよ!

そういえば、支配人が呼んでたっすよ!」

「おう、そういうことは早く言え」


 支配人はオーナーの娘で、若いながらもなかなかの手腕で、留守がちな父親に代わり、この闘技場をまとめあげている。

 アレンが部屋に入ると、支配人のフィリカは、いつもどおり、書類に囲まれて金の勘定をしていた。

「アレン、貴方。昨日、酒場でもめたそうじゃない」

「もめちゃいねぇさ」

 アレンはこの一回りは年下の娘に頭があがらなかった。

「ならいいけど……ばれないようにしないとね、貴方が剣を使わない理由」

「ばれようがねぇだろ」

 ため息をつきながら、アレンはソファに座った。

「理由なんて、ないんだから」


 10年前のあの日、親友が死んでカヤがひとりぼっちになってしまい、孤児院に行くと知ったあの日、アレンはカヤを娘として引き取ることを決めた。

 彼は孤児院育ちだが、孤児院にいい印象を持っていなかった。

 たがそこで困ったことがあった。食い扶持の稼ぎ方だ。

 それまでアレンは剣を使って金を稼いできた。それ以外の生き方を知らなければ、それ以外にも金を稼ぐ方法も持っていなかった。

 たが、それ以外の生き方をしたかった。しなければならなくなった。この娘をまた一人ぼっちにしないために。

 剣による生き方は常に死の危険がつきまとう。娘のためにリスクは避けたかった。

 貧しくても剣を捨てた生き方をしよう。そう覚悟を決めていた時、フィリカが一つの提案をしてきた。

「剣を使わない剣闘士にならない?」

 何を馬鹿な、意味がわからないという顔をすると、

「剣を使う剣闘士の中で一人だけ剣を使わない剣闘士がいたらすごく目立つし、話題になるわ。きっと人気になるわよ!そしたらカヤちゃん一人養うなんてわけないわ!」

 そして次の言葉が決めてとなった。

「素手で戦う闘士なんて戦争には呼ばれないから!」


 彼も親友も、もともと剣闘士としてこの闘技場て働いていた。

 今回の戦争にあたり、国からの懇願に近い要請があり、二人とも出征した。そして、彼だけ帰ってきた。


 フィリカの手腕にもよるが、目論見通り、アレンは人気闘士になった。おかげで数年後、カヤが一人立ちする時にはそれなりの額を持たせられそうだ。

 人気になるにつれ、彼が剣を抜かない理由について、いろいろな憶測が流れたが、彼はフィリカの言う通り、それについては何も言わなかった。その真相がわからないところが、さらに人気を呼んだ。

 たまに、ものすごく、否定したくなるトンデモない噂もあるが……


 修練を終えたアレンが神殿に行くとちょうど学校を終えたカヤが出てきた。

 神殿では週三回ほど無償で学校を開いており、街や周辺地域の子供に文字の読み書きや計算、歴史等を教えている。

 ろくに教育を受けたことがないアレンより、カヤの方が読み書きができるのはそういうわけだ。

「どうだった?」

「今日もがんばったよ!ダンがすごいんだよ、計算が早いんだ。」

「商売やってる家の子だからなあ」

「でもよく間違うんだ」

「だめじゃねえか」

 まだまだ嫁にはやれねぇな。アレンは一人で頷いた。

「……?

そういえばね、ダンかお店に来ていた目利きの商人さんから聞いたんだけと」

「うん?」

「お父さんの剣には魔王が封じられているんだって!」

「……」

 闘技場の支給品の剣を見て、本気で言っているのならそいつは商売人失格だ。さてはダンのやつ、からかわれたな?と思いつつ、

「……さあなあ」

「また教えてくれないんだ!」

 娘のふくれつらをつつきつつ、仲のよい親子は家路についた。


 次の試合には投げ技で勝った。


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