剣鬼、散る
交錯する剣閃。鳴り響く金属音は生と死の狭間に、甘美に鳴り響く。
どこまでも冷たい刃に頬が裂かれ、一切の情け容赦なく紅い飛沫が戦場に散る。同時に相手の女剣士の煌やかな銀髪が数本、切っ先に千切れる。
瞬時に剣を引き、後退。生温かい血液が一筋頬を伝う。痛みは感じない。ただ心臓を焼き尽くすような熱狂が脳髄を支配し、極限まで高揚させる。相手の微かな指の動きに緊張し、同時に恐ろしいほど激しく脈打つ心臓の音に聴覚を支配される。
三度の剣戟。
赤銅と銀の切っ先が拮抗し、離れ、また喰らい合う。
相手の剣がこちらの手甲に浅い溝を刻めば、こちらは相手の胸当ての表面をなぞる。滴る汗と浅い切り傷から零れる血液が、虚空に舞い散った。
一迅の風のごとき剣閃を半身を切って躱す。と同時に放った死角からの横薙ぎ。しかし空を斬る剣閃。追撃。全力の踏み込みと共に放つ、必殺の刺突。だが相手は突き上げるような一撃を合わせてくる。互いに回避と攻撃を中途半端に織り交ぜた剣は当然のように必殺には至らず、薄く皮膚を削るに留まった。
高鳴る鼓動と燃え盛る闘争心。
強い、強い、強い。
すでに数十回に及ぶ交錯にも関わらず、まだ目の前に立っている剣士がいる。俺の身に届く切っ先がある。俺を打倒しようとする、強固な意志がある。
こんな相手と戦いたかった。かつて剣を交えた誰よりも強い、そんな相手。まだこの世にいたのだ、これほどの剣士が。それがたまらなく愉快で、たまらなく楽しく、たまらなく愛おしかった。
俺は笑う。剣と剣がぶつかり合い、度重なる全力の剣戟に全身の筋肉が悲鳴を上げる極限の状況で、笑う。
しかしそんな感激すら許さない女剣士の、一撃。
乾いた大地を力強く踏み砕き、あらんかぎりの力を切っ先に乗せて放たれる重い突き。先刻のように中途半端に流そうとすれば弾かれる。かといって全力で防御しても体勢を崩す。それはすなわち、正真正銘必殺の一撃。
だが、俺はなお笑った。
刺突とは点の攻撃。高い威力をただ一点に集中させ、最高の速度と破壊力を生み出す。無論歴戦の剣士となれば、その焦点をそう簡単に外させはしない。にもかかわらず、女剣士の剣は空を突いた。
それも当然だろう。まさか俺が上に逃れるとは考えてもいなかったに違いないのだから。
切っ先が胸を抉る直前、全力で飛び上がる。死すら垣間見るほどの訓練の末に得た脚力は、俺を身長の倍ほどの高さまで持ち上げる。
上、というのは禁じ手だ。確かに相手の一撃を回避することは可能だ。だが、地上に到達するまでの一瞬、致命的なラグが生まれる。跳躍するということは、相手の二撃目を無防備に受け入れることと等しい。
しかし今回に限り、女剣士は二撃目を放てない。
相手に防御を許さないほどの全力の攻撃は、万が一外れれば取り返しのつかない隙を生む。相手が剣を引き戻して迎撃する前に、俺の剣が届く。
勝った。
女剣士はぎりぎりのところで手元に切っ先を引くことには成功する。流石の反応速度というべきだろう。けれど空中から全体重をかけて繰り出す一撃を迎え撃つには、攻撃しかない。これだけの速度と威力をもってすれば生半可な剣ならば防御など叶わずにへし折れ、いかに業物でも受け止めるには能わない。
はたして女剣士の剣は業物であった。俺の剣を腹で受け止めても折れることはない。構わずそのまま一気に刃を押し込んだ。爆発的な威力で相手の剣を押し込む確かな手ごたえ。
しかし。
確かに押し勝ったはずの剣が弾かれる。横向きに弾け飛ぶ剣を離すまいと、空中で体をひねって方向を変える。グリーブが土煙を上げて大地を抉り、なんとか剣を握ったまま着地する。
無傷で再び剣を構える女剣士の姿に、ようやく気付いた。弾かれたのではなく、流された。相手の力を逆に利用して攻撃に転じる技は、武道においてはそう目新しいものではない。しかし剣技において相手の一撃を流し跳ね返すなど、いまだかつて成した剣士は存在したろうか。そんな神業を、目の前の剣士はやってのけた。表情一つ変えず、淡々と剣を構える彼女に、俺は久方ぶりに一つの感情を抱いた。
憧憬。彼女は俺と互角などではなかった、もっともっと遥かな高みに至っている。今の交錯で、俺ははっきりと悟った。だからこそ届きたいと思う。彼女を倒し、さらなる至高へと至りたいと願う。だが――、俺の足は前に進んではくれなかった。
足が痺れていた。全力の攻撃は失敗すれば取り返しのつかない隙を生む。まさしく、今の俺自身のことであった。
女剣士の踏み込みがゆっくりに見える。輝く銀の髪が流れ、澄んだ空のごとき青い瞳がまっすぐ俺をとらえる。肩から肘、肘から指先、指先から剣先へと力が貫く。見事な刺突だった。美しいまでの一閃に、俺はただ見惚れた。鈍く煌めくロングソードは容易く胸当てを貫通し、冷ややかに胸を貫く。大輪の薔薇が開花して、真紅の花弁が大地に散った。
そして、俺は死んだ。