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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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閑話 鐘よ鐘よ1

バローのシリアス系閑話を書いていたら思いの外長くなったので分割します。

部屋の中は最初から殺気に満ちていた。部屋に居並ぶ者達に友好的な気配は皆無であり、一番奥の椅子に腰掛けた男の言葉がそれを裏付ける。


「ゲオルグさんよ……アンタの顔を立てて集まりはしたが、オレらは国の犬になる気はねぇぜ」


開口一番、釘を差してくる男にゲオルグは肩を竦めてみせた。


「それは俺に言われても困るな。俺は裏を取り仕切ってる頭目達に会いたいってバローが言うから会談を設定しただけで、あんたらに何かしたい訳じゃ無いんだ。連れて来た時点で俺の仕事は終わりだよ」


「……なら、遠慮はいらんな」


男が手を上げると、部屋を囲んでいた護衛達の殺気が膨れ上がった。その殺気が収束する先はつまらなそうな顔で部屋の中の者達を検分しているバローである。


「バロー殿……」


張り詰めた空気に反応したミルヒが魔法の発動準備に入るがバローは軽く手を振り、大きく溜息を吐いた。


「チッ、小悪党の上に男ばっかりかよ、ゲオルグ?」


「俺も全員と顔見知りじゃないんでね。それに、護衛は探索者で言えばⅤ(フィフス)くらいはやると思うぞ?」


「じゃあお前だったら手間取るか?」


「まさか」


緊張感の欠片もなく人を食った態度のバローとゲオルグに男達の気配がいよいよ剣呑な物にすり替わっていった。決して仲良くも無い国の関係者かつ人族に舐められて怒りを感じないエルフは居ない。


「自分の置かれている状況を理解してんのか? オレが一声掛ければ五体満足じゃ帰れないんだぜ?」


「へー、そう?」


「テメェ!!」


まるで興味の無さそうなバローに業を煮やした護衛の一人が隣のミルヒに手を伸ばそうとした瞬間、部屋に一陣の風が吹いた。


「うっ!?」


護衛は自分の首の隣に突如として出現した刃に伸ばした手を硬直させ立ち尽くす。視線で辿れば、その刃はバローの手に繋がっていた。


「どうでもいいが、俺の連れに気安く触んじゃねぇよ」


誰一人反応出来ない抜刀速度に男達が冷や汗を流す中、バローの言葉は続く。


「やり合いたいなら別に俺は構わんぜ。包囲したつもりらしいが、お前らが本気だと分かった瞬間、全員ぶった切るだけだ。それでシルフィードの裏の掃除はお終い、かえって手間が省けるわな?」


ニヤリと獰猛に笑うバローに男達は本気だと悟って唾を呑み込んだ。常識的に考えれば一度で全員を斬るなど絶対に出来ないはずだが、眼前のバローにはそれを実行するという凄味が感じられたのだ。経験上、こういう相手は恐ろしく危険であった。


しかし、裏稼業で弱みを見せるのは厳禁である。


「ならば試して――」




ピッ。




刹那、僅かな風切り音が流れたかと思うと、男達の頭上を何かが通り過ぎる気配が走った。バローの手が一瞬霞んだように見えたが、男達には分からない。


「な、にを……」


「後ろの壁を見てみろよ」


空いた手でちょいちょいと後方を差したバローから注意を逸らさないようにして男達は背後の壁を見て驚愕した。


彼らの身長よりもほんの少し上にうっすらと一本の線が引かれている。さっきまでは絶対に存在しなかった傷だ。


誰が? そんなものは決まっている。


「こちとら大賢者って呼ばれてるハリハリと頻繁に手合わせしてるんだぜ? お前らがのんびり魔法を発動するまでに5回殺せると思っとけ」


今バローが手にしているのは龍鉄でも真龍鉄でもない、神鋼鉄オリハルコンの剣である。単純に魔力マナを斬撃に変えるこの剣の方がこの狭い室内では速度で勝るからだ。実際、この部屋でバローの極小威力に絞った『無明絶影』に辛うじて反応出来たのはゲオルグだけであった。


「で、だ」


沈黙を破る事も出来ない男達にバローは剣を突き付けた。


「俺の要求は単純なモンだよ。この中で殺人、誘拐、強盗……簡単に言やぁ重犯罪を生業にしてる奴らはこの場で足を洗いな。国の混乱に乗じて好き勝手する外道は許さねえ。大体、生きる国が無くなって困るのはお前らも一緒だろ?」


バローの目的は裏社会の撲滅では無く、悪辣な組織の排除であった。表社会に馴染めない者の受け皿として裏社会は必要だが、最低限の人倫すら守れない者はただの害悪でしかないからだ。


「人族ごときに心配される謂われはない!!」


「心配してんじゃねえ、これから始まる戦争の邪魔をすんなって言ってんだよ。庶民が安心して暮らせなけりゃおちおち戦ってもいられねえ。それと……」


バローは突き付けた剣を男の背後に向けた。


「『希薄レアファイ』じゃ完全には隠れられねぇぞ。こっちを見定めてるつもりか? いい加減ちゃんと話が出来る奴を出して欲しいね。……本当の頭目は壁の後ろに居るんだろ?」


バローの台詞に男達は今度こそ本物の驚愕を表し、ゲオルグを睨み付けたが、ゲオルグは小さく首を振った。


「俺は何も言ってねぇよ。ただ、間抜けは見つかったみたいだけどな」


「どういう事ですか?」


ミルヒの質問にバローは視線を壁に固定したまま答えた。


「ゲオルグは一度もこいつらが頭目本人だとは言ってねぇし、壁を傷付けられただけで動揺し過ぎだ。なら危ない役割は幹部にでも任せて、本物は後ろで高みの見物してるんだろ。交渉が決裂するなら後ろから俺達を暗殺するつもりだったのかもな」


バローがそれに気付いたのは『無明絶影』が壁に到達した時、驚いたせいか僅かな物音が壁の中から聞こえたからだ。エルフの耳でもその音を拾う事は困難であっただろうが、集中している時のバローの身体能力は常人レベルを遥かに超越していた。


「別に逃げてもいいぜ。俺一人にビビッて逃げた腰抜けだって事は声高に喧伝させて貰うけどな!」


命と同等に面子を重んじる裏稼業でそんな事をされれば組織にとって致命傷である。一度舐められてしまえば誰も彼らを恐れなくなってしまうからだ。


当然、そんな事をすればバローにも苛烈な報復が行われる可能性は高いが、バローにとってエルフィンシードは定住の地では無いので構わないし、襲って来た者達を斬り伏せる自信は十分にあった。




「随分と勇ましいこと」




壁の中から誰かの声が届いたかと思うと、キィンという甲高い音と共に壁の一部が粉々に崩れ落ちる。


舞う埃の中から現れたのは両頬に傷を持つ美女である。目の下から顎の輪郭まで続く傷はまるで涙を流しているようにも見えた。


彼女を取り巻く者達は全員女性であり、友好的では無い表情でバローを睨んでいる。


「あまり苛めないでやって下さいな。男衆は挑発に弱いのですから」


「……男性上位社会でも無いエルフで男しか居ねぇのは妙だと思ったら、頭目連中は全員女かよ。ようやく楽しくなってきたな」


傷の女に笑いかけ、バローは剣を腰に戻した。


「こりゃあ驚いた……シルフィードの裏を仕切る『泣き女バンシー』レインと『姉妹シスターズ』が勢揃いとは」


「ゲオルグさんが呼んだんじゃあないですか。『幻影ミラージュ』に呼び出しを食らって無視出来るほど私は豪胆じゃありませんよ?」


「と言いつつもお前は来ないんじゃないかと思ってたよ。ユマかミオが来れば御の字かなと」


どうやら旧知の間柄らしいゲオルグとレインだが、言葉ほどに気安い空気が流れていない事が両者の関係を物語っているようであった。ユマとミオとはレインの両隣の者達の事であろう。


「ベイリング、他の者と一緒に下がりなさい」


「……はい」


レインの言葉に従い、頭目のフリをしていたベイリングと呼ばれた男が一礼して席を空けた。部屋を出る際、バローに殺気のこもった視線を向けたが、バローは既にレインしか見ていない。


「あんたが頭目か?」


「ええ、バロー様。私はレインと申します。『剣魔術ソードマジック』の妙技、とくと拝見させて頂きました。魔法より、矢より速い斬撃とは面白いですね?」


「まだまだ余裕ありますってツラに見えるがな?」


「済みません、笑い顔は生まれつきでして」


どちらも笑っているが、バローとレインの間に蟠る空気は先ほどの散漫な殺気の比では無く、2人の側に居たミルヒとレインの取り巻き達は唾も飲み込めないほどの重圧を味わっていた。


(この女……!)


軍に所属しているミルヒはレインが物腰ほどに嫋やかな女性ではないと確信した。両脇に侍る取り巻きの2人も男衆も、金や権力などでレインに従っているのでは無く、まさに実力で彼女は裏社会のトップとして君臨しているのだろう。彼女から感じる重圧はミルヒの上司であり『水将』であるナルハにも劣らないものだ。おそらくは何らかの魔法の使い手なのだろうが、現時点ではミルヒには分からなかった。

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