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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-61 異論差し挟むべからず9

「辛気臭ぇなぁ……」


出された料理をつつきつつバローがギルドの中を見回すと、そこにはテーブルに突っ伏す探索者達の姿が散見し、口からは苦鳴が漏れていた。さながらそれはお通夜のような雰囲気である。


「くぬ……くっ……」


盛大に手が震えているオルレオンが両手でフォークを握り、食材を刻む事も出来ずに無理矢理口に押し込んで咀嚼したが、疲労の為に胃が受けつけずに悶絶している。それでも吐き出さないように必死に飲み下す辺りがどこまでも負けず嫌いである。


「バロー、約束の酌だぞ」


「おっ、待ってまし……た……?」


ゲオルグの声に喜色満面で振り返ったバローだったが、そこに居るのは澄ました表情のゲオルグと仏頂面のコローナだけで、肝心の酌をしてくれる妙齢のエルフは居なかった。


「……酌をしてくれる女衆は?」


「それなんだが……ちと今日の鍛練が厳しかったみたいでな、だからここに居るコローナがやってくれるってよ! いやあ助かった助かった!!」


「……」


心を殺した無表情でバローの前にドンとカップを置いたコローナが手にした酒瓶を傾けジョロジョロと不味そうに酒を注ぐ音を、バローはまるで小便のようだと思った。


「……」


注ぎ終わった酒瓶をまたも乱雑にテーブルに置き、鼻を鳴らしてコローナは去っていく。その背中は一切の応答を拒絶していた。


「……さ、約束は果たしたから俺はこの辺で……」


「待てやコラ」


憤怒のオーラを纏うバローに肩を掴まれたゲオルグの頬を一筋の汗が伝う。


「ギルド長が約束破っていいと思ってんのか!?」


「若干修正が必要なのは認めるが嘘じゃ無いだろ?」


「ガキに不味そうに酒注がれて納得出来るか!!」


「あんなちんちくりんでもお前の何倍も生きてるっつーの!!」


「実年齢じゃ無く身体年齢で選べや!!」


醜い言い争いを繰り広げるバローの隣では酒瓶を持ったミルヒが表面張力に挑戦するかのように慎重に酒を注いでいたのだが、誰にも気付かれる事は無かった。


「やれやれ、騒々しい事だ……。そんな事よりもユウ、そろそろ君の話が聞きたいな。私もそれなりに長く生きて来たけれど、君のような異世界人には会った事が無いんだよ。君がどう生き、鍛え、そしてこの世界にやって来て何事を成そうとしているのか、その辺りからじっくりと伺いたいね。ハリーティア・ハリベルは偉大な男だけど、彼ですら君には一目も二目も置いているようだし」


デメトリウスの質問はその場の全てのエルフ達の関心事であった。伝説となっていた大賢者が連れ帰った人族のリーダーと目される悠の存在は、デメトリウスを下した実力と相まって強い興味を引いていたのである。殆どの者達が突っ伏しながらも耳だけがピンと会話を拾おうと悠の方に向けられたが、悠が口を開く前に第三者がその空気に割って入った。




「そういう事でしたらワタクシがお話しさせて頂きましょう。久々に腕が鳴りますよ」




スイングドアを軋ませ杖をリュートに持ち替えたハリハリが現れるとギルドに緊張が走った。立志伝中の大人物であるハリハリを尊敬する者は探索者にも多いのである。続いてアルト、シュルツ、ギルザードが入って来ても、視線の殆どはハリハリが独占しており、その注目度がいかに高いのかを知らしめた。例外は悠に話を振った本人だ。


「やあアルトクン!!」


「わあっ!?」


喜々として手を上げるデメトリウスにアルトが警戒も露わに飛び退く。まさかデメトリウスが居るとは思わなかったのである。


「な、何でここに……!」


「君への愛、かな?」


得意げなデメトリウスにアルトの血の気が引いた。いかにアルトが寛大でも、骨と恋愛は無理だ(それ以前にデメトリウスは性別上は男性である)。


「ささ、アルトクン、まずは座りたまえ。何なら私の膝の上でもいいよ?」


「けけけ結構です!!」


コンコンと自分の膝を叩くデメトリウスの誘いを固辞し、アルトは急いで悠の隣に体を滑り込ませた。


「つれないね、アルトクン……」


「王宮の仕事は片付いたのか?」


「今日の所は、ですね。兵士の志願に意見の具申、嘆願、批判、腕試し、中には不心得者も居ましたが、シュルツ殿とギルザード殿が退けてくれました。探索者の皆さんも手伝ってくれて助かりましたよ」


愛用している帽子を逆さにテーブルに置くと、ハリハリはリュートを軽く爪弾いた。久々にリュートを手に取ったのはハリハリなりのストレス解消法なのだろう。多少疲れてはいるようだが、その顔は生き生きと輝いていた。


「ユウ殿の代わりにワタクシが語る事をお許し願えますか、デメトリウス殿?」


「大賢者が手ずから語ってくれるのであれば私に否は無いよ。拝聴させて頂こう」


「ユウ殿もよろしいですか?」


「構わんが、俺の話にあまり時間を割くなよ。それよりもこの世界に来てからの足跡を語る方が皆に世界が今どういう状況なのかを理解して貰えるだろう」


「ありがとうございます。では、今だけは吟遊詩人、『勇者の歌い手』ハリハリとして皆様に最も新しい人族の英雄譚を語りましょう。『戦神』ユウの物語を……」


恵からも聞いて補強した神崎 悠の物語を、ハリハリはリュートの調べに乗せて語り始めた。




朗々と響くハリハリの語りにエルフ達はそっと耳を傾けた。神崎 悠が如何にして今に至るのか、その生い立ちからこれまでの足跡を辿る物語は、まだエルフの殆どの者が聞いた事の無いものだ。元々好奇心の強い探索者達の興味を引かないはずがなかった。


龍の強襲、竜との出会い、父母との死別、若き修行の日々と悪化する世界情勢、強大な敵の首魁、遂に訪れる最終決戦、辛くも手にした勝利に新たなる使命……悠の依頼通り詳細を省いた内容であっても、窓から差し込む光陽樹サンリーフの光の下に語るハリハリにはある種の荘厳さに満ち、聴いている者達を深く引き込んだ。


ノースハイアを諭し子供達を救い、ミーノスの闇を振り払いアライアットを平定、海王と通じドラゴンを下す。仲間達と力を合わせ世界規模の陰謀を打ち砕いていくユウとその仲間達の活躍に探索者達は時に興奮し、時に倒れていった者達を悼んだ。


ただの空想で済ませるには生々しく、流れる血と涙に現実の温度が通うハリハリの歌は佳境に差し掛かる。


『水将』ナルハとの邂逅、そしてオーニールへ急行し瀕死のアリーシアに命を吹き込む悠とハリハリ。散っていたエルフ達の労苦が報われると、感極まって涙を流す者が続出した。


「かくして一行、生きて懐かしきエルフィンシードの土を踏みたり。尊き花一輪、枯れる事無く安き眠りにつきたもう……」


エルフィンシードに帰還した所でハリハリの語りは止まり、リュートの余韻が長くギルドの中に残った。その余韻が完全に消え去った時、デメトリウスは組んでいた腕を解き、手袋を嵌めた手を打ち合わせ称賛を惜しまなかった。


「……素晴らしい、素晴らしい歌い手だ、ハリーティア……いや、ハリハリ。もし私にまだ流す涙があれば、きっと滂沱と流していただろう。今日ほどそれを残念に思った事は無いよ」


「その言葉が何よりの賛辞ですよ、デメトリウス殿」


デメトリウスとハリハリのやり取りで我に返った探索者達もようやく拍手し、ハリハリの帽子に金貨銀貨を投げ入れた。当のデメトリウスも懐を探り、金貨を布袋ごとハリハリの帽子の上に乗せる。


「ユウ、君もよくよく数奇な運命の持ち主のようだ。神なる存在に選ばれた気分はどんなものかな? もし果たせれば人の身で叶う事なら思うがままではないかね?」


「別に探索者と変わらんよ。依頼があって、それを果たす。ただそれだけだ。別に叶えて貰いたい願いも無いな」


「少しくらいはあるだろう? 俗で月並みだが金に女に力に命……どれも生きている間は誰もが欲しくて堪らないはずだ」


デメトリウスの言葉にバローはうんうんと頷いていたが、悠の隣に座るアルトと目が合うと軽く肩を竦めて苦笑し合った。他力本願の欲望など、悠と最も縁遠い物である。


「金は稼げばいい。惚れた女くらい自分で探して口説けばいい。力は鍛えればいいし、寿命が尽きたら死ねばいい。わざわざ世界まで救って求めるほどの物とは思えんよ。デメトリウス、その内の幾つかを手に入れているお前はこの上何が欲しい?」


「……」


デメトリウスの視線がアルトに向けられ、アルトは急いで悠の陰に隠れたが、それを見てデメトリウスは首を振った。


「どうやら愚問だったか。誰かに従順にされたアルトクンなんて興醒めもいい所だ。知識欲はあるけど、全ての事に簡単に答えが出る様では何の楽しみも無いか……。フフ、願いが叶った事が絶望を呼ぶとは誰も思うまいね」


「そういう事だ。だから願いは自分の力で叶えなければならんのだよ」


欲望を突き詰めると、その先にあるのは極めた事に対する空虚が待っている。使い切れない金は使い切れず、従順な異性も与えられた者ではただの人形に等しい。全てを滅ぼすほどの力は自分自身をも滅ぼし、永遠の命は容易に生きる目的を見失わせる。絶頂感は最初だけで、残るのは空しさである。


悠は、デメトリウスはそれらの一部を手に入れたゆえに知っているのだ。欲望を満たすだけでは真の幸せは得られないのだと。持たざる者には傲慢にも見えるかもしれないが、持ってみて初めて分かる事もあるのである。


「ああ、楽しい、こんなに楽しいのは久方ぶりだ……。話を聞いて知りたい事がもっともっと増えてしまったよ。ユウ、今夜は気の済むまで付き合ってくれるかい?」


「それは御免被る。俺は忙しいと言っただろう?」


悠のコップに酒を注ぎながらデメトリウスは大袈裟に嘆いてみせた。


「全く、そこは嘘でも承諾してくれたまえよ。まるで私が我儘みたいじゃないか!」


「まるでそうでは無いように聞こえるが?」


「分かった分かった、ほどほどにするさ。ではまずは君の相棒の事から……」


ギルドの夜はまだまだ終わりそうに無かった。

エルフには最初から包み隠さずという方針です。既に上層部も押さえ、ハリハリのコネもあるので隠す必要性があまり無い上に国難で後が無い状態ですから。


骨氏は興味津々みたいですね。

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