10-59 異論差し挟むべからず7
戦鎚と言えば重量武器の最たる物の一つであるが、悠の持ち込んだ戦鎚はエルフでもギリギリで持ち上げられるサイズに軽量化が施されており、オルレオンが持ってもフラつくような事は無かった。
「ゲオルグ、デメトリウス、俺は他の者達の所に戻るが?」
「ああ、俺もそろそろ戻るぜ。……デメトリウス卿は?」
「最初に言った通り私の用件はユウから話を聞く事だから手が空くまで見学させて貰おうか。大手を振って外を見回るのなんて久しぶりでね」
暗に帰って欲しいと言いたげなゲオルグをさっくりと無視し、デメトリウスはカタカタと笑った。
「……コローナ、デメトリウス卿の案内を頼んだぞ」
「わ、私ですか!?」
「俺もまだ途中なんだよ。ユウも居るから大丈夫だろ……多分」
後半の台詞に諦観が透けていたが、大口のスポンサーを放っておく訳にも行かず、ゲオルグは溜息を吐いて踵を返した。ゲオルグもこの機会にバローから少しでも技術を吸収せねばならない事に変わりはないのである。
ゲオルグと別れ、ボーラの練習を続ける探索者達の所まで戻った悠はその上達具合をざっと確認し頷いた。
思っていたよりも上達が早いのだ。エルフは弓と同様に投擲武器にもある程度適性があるのかもしれない。
「注目!」
悠の声が響くと、探索者達は一斉に手を止め、悠に視線を向けたが、その隣に居るデメトリウスを見て思わず退いた。恐ろしい外見と昨日の実力を思い出せば、熟練の探索者であろうと腰が引けるのも無理は無い。
「ああ、私の事は気にしないでくれたまえ。愛らしい骨の置物と思ってくれればいいさ」
無茶振りである。
「心配するな、邪魔はさせん。ボーラを完全に絡められるようになった者は次の段階に入るぞ。刺さっている棍を抜け」
悠が地面に突き刺した棍はガッチリと食い込んでいて引き抜くのには難儀したが、30人ほどが棍を抜いて手に取った。
「的は……そうだな、デメトリウス、魔法には自信があるのだろう? ちょっと手伝え」
「私に何をしろと?」
「別に難しい事では無い。このくらいの高さでなるべく堅い壁を作ってくれ。百人が並んでもはみ出ない長さでな」
「……普通の魔法使いなら十分に難しい事だと思うがね……」
ただの壁と言ってもそれだけの規模で行えば普通は魔力が保たないし、堅く作れば更に魔力を消費してしまう。一度でそれが実現可能であれば『土将』レベルであると言っても差し支えない。
「出来ないのか?」
「普通ならと言っただろう? 私を見くびらないでくれたまえ!」
悠の挑発に乗ったデメトリウスが地面に手を付くと、悠が指定した高さの壁が屹立した。しかし、その長さは指定した長さの3分の1といった所であろうか。
それをもう2回繰り返し、デメトリウスは悠の指定通りの石壁を作り上げた。
悠はその壁を軽く叩き、硬度を確認して頷く。
「流石はエンシェントリッチ、エルフと比べても膨大な魔力だな。では次に……」
「私は君のお手伝いさんじゃ無いんだがね……」
「早く終わらせたいなら協力しろ。今度は一人用のサイズで可能な限り硬度を上げて作ってくれ」
愚痴りながらもデメトリウスはもう一度石壁を作り出し、更に幾つかの硬度強化を行い、鉄よりも堅い壁を作成した。
「よし、棍を持っている者達は石壁の前に並べ!」
悠の号令で探索者達が並ぶと、悠は『浮遊投影』で語りかける。
「剣術組は基礎の基礎からやっているが、俺もそれに異論は無い。ただし、こちらは基礎でありながらも『機導兵』を破壊する事が出来るように教えるつもりだ。俺の構えをそのまま真似、壁に向けて構えろ。壁の上に棍の先端が当たるようにな」
悠が自分も棍を持ち両手で握って構えると、探索者達も同じ様に壁に向けて構えた。
「この壁は『機導兵』の体高とほぼ同じ高さに合わせてある。つまり、このまま振り下ろせば頭部に打撃を加える事が出来るという事だ。斬る突くという動作よりも、叩くという動作は比較的に容易だ、まずは確実に『機導兵』に力を叩き付ける動作を覚えて貰うぞ」
棍を振り被った悠が、ゆっくりと、しかし真っすぐに振り下ろす動作を探索者達は目に焼き付けた。
「自分の視線の中心に当たる部分に何か目印をつけ、常にその部分を叩き続けろ。速さよりも正確さを心掛けるように。これが出来んと次の段階に移れんからな。始め!」
探索者達が壁を叩き始めると、悠はオルレオンに向き直った。
「オルレオン、大口を叩いた貴様はもう一段階高度な鍛練をやって貰うぞ。その渡した戦鎚で同じ事をやれ。確実に面で壁の上面に当て続けろ」
「フン、そのくらい誰だって出来るぜ!」
腰を落とし、戦鎚を振り被ったオルレオンだったが、それを振り下ろすと、戦鎚は僅かに逸れ、鈍い音を立てて弾かれた。
「うっ!?」
腕に走る痺れにオルレオンの顔が歪む。
「しっかりと面で捉えなければ衝撃は自分に返って来るぞ。実戦でそんなヘマをすればその時点で終わりだと思え」
丸い棍ならば真っすぐに振りさえすれば衝撃は少ないが、戦鎚のように打撃面が限られていると打撃の難易度は跳ね上がる。加えてエルフは重量武器を扱う事がほぼ無いのでオルレオンのようにインパクトの瞬間、僅かに鎚の重さに体が流れてしまうのである。
それを真っすぐに振り抜くには筋力か、さもなくば技術で補うしかないのだ。
「……ユウ、こんな事を練習したくらいで『機導兵』とは倒せる代物なのかね? 先ほど見た残骸は魔銀製、しかもドワーフ謹製だ。その硬度は人族の魔銀よりも上と私は見ているが?」
「このままでは無理だろうな。俺も手合わせして分かったが、ドワーフの製錬能力は相当に高いと見た。ただ叩いた程度では壊すまでに百も打たねばなるまい」
デメトリウスの疑念に悠は肯定を返した。エルフの製錬能力と身体能力ではどう考えても打撃力が足りないのだ。
「だが、『魔甲殻』を使えば多少は魔銀に干渉して硬度を下げる事が出来るはずだ。これだけでは心許ないと思っていたので助かった」
そう言って悠が取り出したのはオルレオンに渡した物と同じ戦鎚である。
「……先に小さい鉄槌を付けただけの戦鎚に見えるが?」
エルフが扱えるギリギリの重量にする為とはいえ、これでは大した威力も出るまい。実際に振ってみたが、エンシェントリッチとして膂力が大幅に強化されているデメトリウスには物足りない事甚だしかった。
「これは筋力が無い者の為の武器だからな。いくら堅くてもまともに振れなければ意味をなさん」
謎めいた悠の発言にデメトリウスは自分で石壁を作り叩いてみたが、やはり仕掛けが理解出来ずに首を捻った。その間に悠はコローナを手招きし、更にもう一本取り出して図面と共に手渡す。
「コローナ、これと同じ物を提携している鍛冶工房に作って貰ってくれ。支払いは俺が立て替える。貨幣は違うが金の価値は変わらんだろう?」
「えっと……まぁ、お支払い頂けるなら……」
突然の申し出に戸惑うコローナに、悠は金貨の詰まった布袋と鞄を差し出した。
「材料から用意しては相当金が掛かるかもしれんが、この鞄に大体の材料は揃えてある。足りない時はまた言ってくれ。なるべく早く正確に作れる者に頼んでくれれば有り難い」
「はぁ……?」
図面を見ても専門外であるコローナには分からないが、とにかく同じ物を作ればいいという事だろうと頷いた。ギルドに武器を卸して貰っている鍛冶工房はこの国でも選りすぐりの工房である。
「後はひたすら振るのみだ。俺が納得するレベルに達するまで訓練は終わらんと思えよ!」
首を捻っていたデメトリウスから戦鎚を取り上げると悠は大きく跳び上がってから、まるで定規で引いたかのように戦鎚を垂直に振り下ろす。
ズドッ!!!!!
一瞬の停滞も無く粉砕された強化済みの石壁に探索者達の顔から血の気が引くが、悠は戦鎚を杖に仁王立ちして言い放った。
「ここまでしろとは言わんが、最終的には壁を割る程度は全員に出来るようになって貰う。……安心しろ、俺が教える以上、落伍者など許さん」
物理的に許して貰えそうに無い気配に、探索者達は青い顔のまま必死に棍を振り続けたが、デメトリウスだけは一人疑問を抱いていた。
「……ふむ、説明がつかないな。ユウが類稀なる戦士だとしてもあの戦鎚で出る威力とは思えないが……」
強化した石壁は魔銀に伍する硬度になっているのをデメトリウスは知っている。悠が本気だったようにも思えず、疑問は深まるばかりだ。
だが、それがこの上無く面白い。
「やはり閉じこもって研究しているだけではいけないね。あと千年くらいは生きるとしようか……。ザルバドール様は気の短い方だったが、クラウディーネも一緒ならそのくらいは待って下さるはずさ」
言い訳染みた独り言を呟き、デメトリウスは愉快そうにカタカタと笑った。




