10-58 異論差し挟むべからず6
先日、生死を賭けた戦闘を行ったばかりの2人が再び顔を合わせるなど不吉な予感しか無いが、戦意を滲ませる悠に対しデメトリウスは首を振った。
「誤解しないで欲しいが、もう君とは金輪際戦う気は無いよ。せっかくの余生が台無しになってしまっては堪らないし、あんな怖い目に遭うのはもう沢山だ」
デメトリウスの声には厭戦気配が色濃く現れており、本当に悠とやり合いたくはないと伝わってきたので、悠は戦意を霧散させて尋ねた。
「ならば俺に何の用だ? こう見えても訓練中で忙しいのだが?」
「いやいやいや、それ以前にその形で街を歩いて来たのかよ!?」
異様な気配を纏うデメトリウスに思わず突っ込むオルレオンだったが、赤い視線がじろりとオルレオンを射竦めた。
「……一度死した身とはいえ探索者風情にぞんざいな口で割り込まれる謂われは無いが?」
元貴族としての威厳と、エンシェントリッチとしての能力である『脅威』――近くに居る者の心に恐怖を植え付ける――によりオルレオンやコローナの体が震えるが、ゲオルグは腹に力を入れて耐えていた。
「ふむ、流石はギルド長。ユウほど平静にはいられないようですが、立派なものです」
「……かの高名なデメトリウス卿にそう評されるとは光栄です。が、ここは探索者ギルドであり、建国の功臣である貴方でも敷地内では一個人です。無闇に力を振りかざすのはご遠慮願いたい」
「私に意見すると?」
探索者の仕事には危険な魔物の排除が当然のように含まれている。ゲオルグの探索者人生の中でもデメトリウスはとびきりの相手だが、探索者ギルドの長としての誇りがゲオルグを支えていた。
「いい加減周囲を威圧するのはやめろ。俺に用があってここまで来たのだろう?」
唯一泰然とデメトリウスの『脅威』を受け流していた悠が先を促すと、デメトリウスは『脅威』を遮断し肩を竦める。
「君に精神異常効果は及ばないと知っているから構わないと思うが……まぁいい、今日やって来たのは他でも無くユウ、君の身の上話などを聞きたくてね。尋常な人間とは一線を画する君に研究者として興が乗ったのだよ。ここにアルトクンも居れば言う事無しだったんだが……」
「今は忙しいと言ったはずだ」
「そ、そうだ!! コイツには今からアンタをボコボコにした技を教えさせるんだからな!」
「黙れ小僧。しかし、それはちょうど良い。私の一番の関心事もそれさ」
オルレオンを黙らせたデメトリウスの用件も同じく物質体制御であると知り、悠は首を傾げた。
「お前は多少なりとも物質体制御を使えるはずだが?」
「物質体制御……聞かない単語だが、出来るからこそ理解出来ないんだよ。私の『超魔甲殻』は魔力が尽きない限り炎と光属性以外の全ての攻撃を100%遮断する事は確認していたはずなのに、君は殴るという非常に原始的な手段で突破して見せた。仮に君が神鋼鉄の武器を持っていても傷付かない自信が私にはあったんだ。それはつまり、同種の力で私の『超魔甲殻』を中和した上に、君の装備が神鋼鉄以上である事を意味していると思うんだが……私の予測は間違っているかな?」
デメトリウスの予測はほぼ事象を正確に見抜いており、研究者としての目が確かである事を伺わせた。
「概ね間違っておらんよ。俺の小手は真龍鉄という金属で出来ている。硬度だけの話であれば神鋼鉄よりも硬いし、殆どの魔法効果も受け付けん。ついでに言えばハリハリの杖やアルトの剣も真龍鉄製だ。効果は異なるがな」
「ではその装備で物質体制御を実現しているのか? ハリーティア・ハリベルやアルトクンならば私を傷付ける事が可能だと?」
「勝敗は別にして、傷付ける事は出来るだろうな。俺の場合は少々事情が異なるが……」
オルレオンが聞き耳を立てていたが、悠は構わずデメトリウスに話した。持っただけ、聞いただけで扱えるほど簡単な技術なら悠はわざわざ修行の為に時間を割いたりはしない。
「フフフ……もはや世界に敵無しと思っていたが、どうやら私が考えるよりも世界は広いようだ。『千変万化』が完成すれば私と『千変万化』だけでもドワーフなど一蹴出来ると思ったが、些か驕りが過ぎたかな……」
額を指で叩き、何事かを考えていたデメトリウスはローブに手を入れると、一枚の紙を取り出した。
「ゲオルグ君、探索者諸君にこれを進呈しよう。私の能力である『超魔甲殻』を魔法として再現したものだ。……完全とは言えないから『魔甲殻』と言うべきだがね。大抵の攻撃の威力を大きく削いでくれる、汎用性の高い防御魔法になったと自負しているよ」
「それは……非常に有り難い申し出ですが……」
デメトリウスが厚意からギルドに技術提供をしてくれたとは思えないゲオルグは訝しさから返答が冴えなかったが、デメトリウスはその理由を述べた。
「こんな姿になっていても私もエルフの端くれ、故国を愛する心はある。君らに損はさせないつもりだ」
表面的に読み取れば愛国心からの行動という事になるのだろうが、後半の台詞からゲオルグは探索者ギルドと通じ、微妙な立場を補強しにやってきたのではないかとゲオルグには思えた。今は流されているがデメトリウスの存在が問題になる可能性は少なからず存在し、少しでも味方を増やす為にギルドを訪れたとしても不思議ではない。むしろこの混乱期を利用して自分の存在を認めさせる腹では無かろうか?
今なら人族という異分子すら受け入れたエルフである。存在を公に出来なかったデメトリウスとしては千載一遇のチャンスであろう。
デメトリウスの表情は読めないが(骨なので尚更だ)、その力と知識は非常に貴重なものであり、ハリハリに並ぶと言っても過言ではない。もし協力が得られるのであればギルドとしてもティアリング家の後ろ盾を得る事になる。
危険はあるが、見返りもまた大きかった。
「……我々に何をお求めですか?」
「これまで通りの関係を。ティアリング家は割と頻繁にギルドに依頼を出していただろう? これまでと同様に引き受けてくれれば構わないさ」
どうやらこれがデメトリウスの目的だったようだ。自分の存在を瑕疵として依頼を断るような事はするなと釘を差しに来たという事だろう。『千変万化』の製作にギルドを利用していた事は疑いないが、それ自体は法に触れる行いでは無いのだ。
「前例の無い事態ですので確約はしかねますが……いえ、分かりました、各ギルド長は私が説得します。今後とも引き続きギルドにご協力をお願い致します」
「こちらこそ」
結局ゲオルグはその要求を呑んだ。デメトリウスは善人では無いが、邪悪でも無いと実際に話してみて感じたからだ。彼にとって今の生は言葉通り余生であり、現世の権力より知的好奇心と個人的欲求を満たす事が最優先事項なのだろう。ならば言葉で交渉も可能なはずである。
「……」
「お前の望みの力は正規の手段で手に入るようだな。目的が達成されるのなら俺にこれ以上聞く必要はあるまい」
「ま、まだだ! 『魔甲殻』は防御魔法なんだろ!? それだけじゃ意味が――」
「攻撃に使いたいのなら接近戦で用いればいいさ。……もっとも、生身のエルフでそれが出来るとは思えないがね」
オルレオンの反論をデメトリウスが遮った。デメトリウスはエルフのフィジカルの弱さを知悉しており、それがただの自殺行為であると断じていた。実際、ゲオルグであっても接近戦をメインに戦えば長くはもたないのだ。
「では鍛えるしかなかろう」
悔しげに顔を歪めるオルレオンに助け船を出したのは他ならぬ悠であった。驚くオルレオンに対し、悠は鞄から取り出した、柄が長く先端の鉄槌部分が少々小ぶりな戦鎚を差し出す。
「お前に覚悟があるのなら『機導兵』を壊せるように仕込んでやる。もう少し後に教えるつもりだったが……」
「……」
悠から差し出された戦鎚を、オルレオンはしっかりと握り締めた。




