2-20 治療5
「あ、悠さん、あの子が起きたんですか?」
居間に行くと、恵が悠を待っていた。
「ああ、峠は越えた。あと2、3日もすれば起き上がれる様になるだろう」
「良かった・・・あ、今摘める物を持って来ますね!」
そう言うと恵は数分厨房に入り、出て来た時にはパンと卵焼き、そして悠好みの熱くて薄めのお茶を用意して来たのだった。
「はいどうぞ。簡単な物で悪いですが・・・」
「いや、ありがたい。ご馳走になる」
悠は空腹だった腹に行儀良く食物を流し込んでいった。パンとお茶の相性はそんなに良くは無かったが、恵の心遣いに感謝して、全て残さずに平らげた。
食後のお茶をもう一杯所望して、悠は治療の経過を語り始めた。
「今治療した少女――樹里亜という名の子だったが、体が良くなったら協力してくれるそうだ。恵の負担が少しでも軽くなるといいが」
「そんな、悠さんは私よりずっと働いてますし!私は家事くらいしか出来ませんから・・・」
「そういう家庭的な技能のある人間は重宝する。特にこの様な世界ではな」
「ありがとうございます。でも・・・私も役に立てるとは思っていなかったので、ちょっと嬉しいです」
恵はこの世界に来た時、その環境に絶望していたのだ。汚い大人達、傷付いた子供達、そして、何の力も無い自分自身に。恵に出来たのは、その身をもって妹の明を庇う事だけだった。
悠と恵の居た世界は個人差はあれど、皆協力しあって生きてきていた。子供達が困っていれば大人の誰かが助けてくれ、子供達もまたそんな大人に感謝の気持ちを持ち、いつしかそんな大人に成長していくのだ。
しかし、この世界では弱い者は虐げられるだけであり、更に異世界人である自分達には酷い差別が向けられていた。悠がもう少し遅れたら、恵もあの世界を拒絶する少女の様になっていたかもしれない。
「人が人の役に立とうとする時に、何の能力も必要無い。人は、一人では生きられないからな」
世界でも有数の力を持つ悠ですら、誰も居ない世界で暮らす気は無かった。耐えられない事は無い。しかし、そんな世界には何の魅力も感じないだろう。裸の王様だと指摘してくれる人すら居ない様な世界は。
「そういえば子供達は?」
「今はこのお屋敷の探検をしているみたいですよ。危ない事はしないように言っておきましたけど・・・」
「まだ外には出ないようにしてくれ。結界はあるが、万一という事もある」
「分かりました」
「ああ、それと渡したい物があるから、俺の部屋に来てくれるか?」
悠は話している内に思いついた事があり、恵を自室に共に来てくれるように頼んだ。
「何ですか?」
「この屋敷を管理している・・・何と言えばいいか分からんが、レイラみたいな存在の者が居るから、恵に紹介しておきたい」
《私はあんなに固くは無いつもりですねどね?》
「怒るな。存在の有り方が似ているだけだろう」
ペンダントを弄りながら話す悠に、レイラみたいな存在という事は、喋るペンダントみたいなものだろうかと恵は考えた。
「えっと・・・その方のお名前は?」
「葵だ。俺が居ない間は恵に預けていこうと思う。この屋敷の事は聞けば大体答えてくれるはずだ」
「助かります。実はお風呂の沸かし方が分からなくて・・・悠さんが入った時は沸いていたんですけど」
この屋敷の風呂は葵が居ないと沸かせないらしい。相変わらず微妙に使い難い設定だった。
食器を下げた二人は悠の部屋へ行き、恵は葵を初対面を果たした。
《こんにちは、お嬢様。私はアオイと申します。お名前を伺ってもよろしいですか?》
「あ、は、はい!わ、私は小鳥遊 恵です!よろしくお願いします!」
恵はその青い水晶球から、何となくレイラを思い出して緊張しながら答えた。東方連合の人間にとって、レイラの様な存在は敬意を払うべき存在なのだ。
《恵様ですね、以後よろしくお願いします》
「葵、今後俺が居ない間は恵に葵を預ける。権限を与える事は可能か?」
《我が主が許可され、また我が主の意思に反しない範囲でなら第二主人として登録可能です。登録されますか?》
「ああ、小鳥遊 恵を第二主人として登録する。俺が居ない時は恵の指示に従ってくれ」
《了解しました。小鳥遊 恵様を第二主人として登録しました。以後、ご命令に従います》
「え、え?あの、悠さん、私みたいな子供がいいんですか?」
「構わない。というか現状、恵以外に任せられる人間が居ない。機能については葵に説明を受けてくれ。さっき言った通り、この屋敷内の事なら分からない事は無いそうだからな」
そう言って悠は水晶球を恵に渡し、思わぬ権限を与えられて恵は挙動不審になっていたが、悠の負担を軽減する為だと自分に言い聞かせて了承した。
「分かりました!私、頑張ります!」
「子供達の場所を把握する事も出来るらしい。屋敷内で迷子になってもそれで探せるはずだ。もっとも、かくれんぼの時に葵に聞くのは反則だがな」
悠が悠なりに緊張をほぐそうとしてくれているのを感じて、別の意味で恵は笑顔になった。
「では俺は4時間ほど睡眠を取る。起きたらまた治療を再開するが、今度はそう時間が掛からんから、夜は皆で食えると思う。その後は悪いが子供達の相手をしてくれるか?あの兵士――ベロウからこの世界の知識を得る為に尋問するつもりなのでな」
「分かりました。ゆっくり休んで下さい。子供達には言っておきますので」
「夕食の時にでも、子供達の自己紹介をして貰おうか。しばらくは一緒に居る事になると思うからな」
「そうですね、一度皆で顔合わせをしておくといいかもしれません。・・・あの兵士さんは居ない方がいいと思いますけど」
恵はベロウに直接何かをされた訳では無いが、クライスに嬲られている時に助けてもくれなかったので、当然好感など抱きようが無い。
「奴は子供達と長く接触させる気は無い。あの様な輩は子供の情操教育に悪いからな。改心するまでこき使ってやるさ」
今日の尋問が済めば、悠はベロウが逃げ出してもほっておくつもりだった。三ヵ月後にノースハイアに行って姿を見かけたら死ぬほど酷い目に遭わせはするだろうが。
話が纏まった所で恵は悠に休んで貰う為に悠の部屋を辞し、悠も軍服を脱いで短い休息に入るのだった。