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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-57 異論差し挟むべからず5

他の者よりも短剣を扱う事において経験があったゲオルグはバローに許可を貰い、ギルド長として悠が教えている内容をチェックしにやって来た時にそれを偶然見かけ絶句した。


「な……!?」


膝を付き、両手を掲げる仕草はエルフにとって特別な意味を持つ礼である。掲げた両手は己自身を差し出す事を示し、完全なる上下関係を願うものなのだ。つまり、相手が受ければヴェロニカの全てを悠の物にしてもそれは合意済みという事と見なされるのである。古来、師弟関係を結ぶ際などに用いられてきたが、現在では殆ど廃れて知る者も少ない礼の一つだった。


ヴェロニカはパーティーの副リーダーを務めているだけあって、探索者の中では真面目で身持ちの固い女性である。軽々に男遊びなどをするタイプでは無く、目を傷めて苦しかった時でも絶対に自分を安売りするような事はやらなかったのだ。ヴェロニカに憧れている者は男女問わず多く、今でも高嶺の花として咲き誇っているのだった。


そのヴェロニカがよりによって今日初めて出会った人族に服従礼を施すなど、ゲオルグにとってはアリーシアが負けたと聞いた時と同じくらい青天の霹靂というべき珍事であった。


しかもヴェロニカの手の上には指輪が乗っており、ゲオルグは危うく転倒しかけてしまった。エルフ社会で約束事に指輪を差し出すとは、「死が2人を分かつまでこの約束は遵守される」という絶対の誓約である。ただの友人や知り合いでは決して用いられる物ではないし、特に相手が異性であり、加えてこのシチュエーションであれば、「私の事を一生好きにして構いません」という意味になるのだった。指輪を用いた約束事を破棄する者はエルフ社会では最大の侮蔑対象になり、一生ついて回る汚名として語り継がれ、探索者ならばランクの制限は勿論、信用ならない者として依頼すら回って来なくなるのだ。


状況はよく分からないが、明らかにヴェロニカはやり過ぎであると焦ったゲオルグは慌てて2人の前に飛び出した。


「待て待て待て!! ヴェロニカ、お前何やってんだよ!?」


「ギルド長? ……悪いけど邪魔しないで」


「邪魔するに決まってんだろ! こんなトコを誰かに見られたら血の雨が降るだろうが! お前は自分が何をしているのか本気で分かってんのか!?」


「分かってるわ。教官、これは服従礼と言いまして、教官がお受け下されば私は教官の――」


「待てって言ってんだろうが!!!」


人間の目から見てエルフがどれだけ魅力的に見えるかゲオルグは多少なりとも知っていた。好きにしてもいい、容姿に優れた異性が手に入るとなれば大抵の男は喜んで受けるだろう。しかも絶対服従である。ヴェロニカにそんな説明をされて悠が乗り気にでもなったらゲオルグとしては非常に困るのだ。なんとか誤魔化して翻意させねばとゲオルグが苦悩していると、悠が口を開いた。


「……話には聞いた事があるが、これは服従礼という物だろう?」


「なっ!? お、お前知ってんのか!?」


「ハリハリにエルフ社会の礼儀作法は一通り聞いたからな。殆ど廃れているとは聞いていたが……まあ、どんな意味があっても俺の返答は変わらん」


ゲオルグが止める暇もなく、悠の手がヴェロニカの指輪に伸びる。受け取ってしまえば誓約は成され、ヴェロニカは――


だが、悠の手はヴェロニカの左手の下に入り、そのままヴェロニカの手を握った。


「教官?」


「悪いがお前の専属になっている時間は無い。俺にはやらねばならん事があるのでな。仮にも嫁入り前の娘が誤解されるような事をしてはならん」


誤解しようのない拒絶にショックを受け項垂れるヴェロニカの右手に鎖鞭を握らせ、悠はヴェロニカの肩に手を置いた。


「が、それだけの覚悟をしているのは伝わった。こんな事をせずとも俺が教えられる事は教えてやる」


「あ、ありがとうございます!!」


「礼はいいから早く立って『月輪』の練習を始めろ。エルフの時は長いが時間は有限だぞ」


「はい!」


弟子入りは拒否されたが、今後も教えてくれるという言質を得てヴェロニカは早速新しい得物の習熟に向けて動き出した。


そんな2人をゲオルグは何とも言えない顔で眺めていたが、ヴェロニカの姿に注視する悠にくしゃりと髪を掻き混ぜる。


「……ちょっとは惜しいと思わねぇか?」


「高嶺の花は高嶺で咲いていてこそ他の者の目に眩しく映るものだ。この国に来たばかりの俺が戯れに手折っていい類の女ではあるまい」


「……ハハ、ヴェロニカの好みってのは男共の長年の疑問だったが、誰にも靡かねぇワケだ。お前みたいなのはエルフにゃ居ねぇよ。こっちは女が多いから心配して見に来たが、余計なお世話だったな」


「余計な気を回している者は一人では無いようだがな」


と、悠が探索者の練習用では無い長いボーラを取り出すと、軽く頭上で振り回してから少し離れた場所にある樹に向かって投げつけた。


「どわっ!?」


一瞬で巻き付いた樹の陰から悲鳴が上がり、悠とゲオルグが歩み寄ると、そこには縄に縛り付けられたオルレオンの姿があった。


「何してんだオルレオン……」


「お、オレは別に……クソッ、何で『希薄レアファイ』を使ってんのに……!」


どうやらわざわざ魔法を使ってまで覗いていたようだが、悠がヴェロニカに手を伸ばした時に気配が漏れ、悠に気取られたのだとは気付いていないようだ。


「って、そんな事はどうでもいいだろ!!」


「良くないが? そもそも出来るようになったのか?」


「たりめーだ!!」


豪語するオルレオンに、悠は拘束を解くとボーラを3つ取り出して押し付けた。


「ならば口先だけでは無いと証明してみろ」


オルレオンから離れ棍を突き刺す悠にオルレオンは鼻を鳴らし、投擲姿勢に入った。


「フン、こんなモンで手間取るかよ!!」


オルレオンの両手から放たれたボーラはそれぞれ逆回転で棍の根元近くに巻き付き、最後の一投は人間で言えば首に当たる位置に絡みついた。意外と言うのは失礼かもしれないが、文句の付けようのない見事な手腕である。


「おっ? 上手いじゃねぇかオルレオン。なぁユウ?」


「そうだな、いい腕をしている」


「こ、これくらい出来て当然なんだよ!!」


否定的な意見を覚悟していたオルレオンは予想外の肯定的な意見に声を詰まらせたが、オルレオンはそもそも少年時代にこのボーラに関しては習熟していた。


貧しい家庭に育ったオルレオンは戦争で父を失い、病弱な母と幼い兄弟達を養う為に狩りで生計を立てていたのである。一撃で獲物を絶命させるほどの強弓を引く事の出来なかったオルレオンはとにかく獲物を逃さない為に色々な策を練って狩りに当たったのだ。ボーラや罠の設置はその時に培った技術であった。


だが、オルレオン自身はその極貧時代の事を嫌悪しており、弓や魔法に習熟した今はそれらを封印している。悠の言葉に「紐遊び」と反発したのも過去への嫌悪感からである。


「オレが知りたいのはこんな手慰みじゃねえ。もっと確実に敵を殺す技だ!! 魔法を掴み取り、物理攻撃が効かないはずのアンデッドを殴り倒したアレを教えろ!!」


その反動からか、オルレオンは無謀なほど勇敢に戦う事を好んだ。教官に気に食わないはずの悠を選んだのも、悠の使う物質体制御マテリアルコントロールを欲しての事だったのだ。オルレオンはエルフには非常に稀な事に、物理格闘に忌避感を持たないエルフなのだった。


だが、悠は首を振った。


「あれは教えられる類の技では無い。それにエルフであるお前が剛の技を修めても自己満足にしかならんぞ。体術を志すなら柔の技を覚えるのだな」


「出し惜しみする気かよ!!」


引き下がらないオルレオンに悠はどう説明したものかと考えた。悠が物質体制御を行えるのはレイラの存在があってこそであり、万人が扱う為の技術では無いのだ。言うなれば感覚的に使っていると言うのが最も近い。真龍鉄があれば擬似的に扱えるかもしれないが、そこまで悠がオルレオンに施す義理は無く、ヴェロニカに比べて自制心に乏しく見えるオルレオンには手に余るであろう。


だが、そこに予想外の客人が現れた。


「ゲオルグ様ゲオルグ様ゲオルグ様ーーーッ!!!」


「何だよ騒々しい……っ!?」


大声を上げて駆け寄って来るコローナに目を向けたゲオルグは思わず腰に差していた短剣を抜き放って身構えた。コローナの背後にぴったりとくっついて宙を滑るように移動している人物が誰なのかを知るゆえの警戒である。


「お前は……」




「やあ、こちらに居ると聞いてお邪魔したよ。昨日は随分な目に遭わせてくれたね、ユウ?」




フードの奥から覗く淀んだ赤光が一瞬輝きを増し、その人物は――エンシェントリッチ、デメトリウス・ティアリングはカタカタと笑った。

唐突にデメトリウス登場。

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